BBQ(バーベキューパーティー)
アランは友人の到着と同時に、BBQのための火を熾しはじめた。
こういうタイミングは、慣れていなければなかなか測れない。
私は手際よく準備を進めるアランを横目に見ながら、お皿を並べるのやシャンペンを継いだりするのに気を配っていた。日本では、そうするのが普通のことだと思う。
ところが、やって来た二人はまったく動かない。じっと座ってアランや私の動く様子を見ながら、お酒を飲み、会話を楽しんでいた。
(これが取るべき普通の態度なのかしら?)
欧州へ引っ越して来てまだ浅い私には、判断がつかない。
アランは気を悪くするでもなく、むしろ嬉々として見える様子で働いている。
イザベラが「かすみも、こっちで座っていればいいのよ。アランは手際よく一人で出来るから」と言った。
すると横にいたアルベールが、「いいじゃないか。かすみの好きなようにさせてあげれば」と言う。
日本語ならニュアンスで、もっと明確に彼らの意図を理解することができたかもしれないけれど、フランス語訛りの英語のニュアンスは全くつかめない。
(私のしていることは、間違っているのかしら?)
例えば本当に邪魔だったり、勝手に動くことがアランの彼女のような振る舞いで厚かましかったり、或いは、二人が動かないのに自分だけ動くことがアンバランスで良くないなど、考えられないこともない。
私は宙に浮いた形の自分の身の置き場に困り、言い訳を考えた。
「私、動いていることが好きなのです」
「あら、そうなの? じゃあ、アランと同じね。彼もねぇ、いつもじっとしていなくて、ナーバス気味なのよ」
「そうなのですか?」
「えぇ、その内にあなたにも分かるわ」
「イザベラ。そのくらいにしておいた方がいいぞ。アランは今、ハサミを持っているんだから」
「あら。それは怖いわ」
そう言って、二人は楽しそうに笑っていた。
私は、何となく分かった。つまり動いても動かなくてもいいわけで、自分の行動は自分で決めればいいのだ。
日本人は、こちらの人よりも機微に長けているように思う。一生懸命、意図を汲もうとしなくても、アランの動きを見ていれば、次に何が欲しいのかが自然にわかることも多い。
もちろん、それは料理の経験ということもあるかもしれないけれど、お肉が焼けそうだったら、それを乗せるお皿が必要なのは、すぐにわかるはずだ、と私は思う。
アランは、それらのほとんどを既に自分の周辺に準備していたので、私に分かりやすいのは当然だった。
それであれこれ訊かなくても、必要なものを差し出すことができた。
「これ、使いますか?」と言って調味料を渡すと、アランがにっこりと笑った。
その様子を見ていたアルベールが、「君たちの作業を見ているとさぁ、初めてだというのに、とてもいいコンビネーションだよねぇ」とからかうように言う。
こちらの人が、からかうことが好きなのはもう分かっている。でも私の方にはそれにどう対応したらよいかの準備ができていなかった。
ただ笑って誤魔化す。それ以上の対応ができない。日本と同じでよいのかどうかを常に迷いながらの行動だ。それだけで十分に疲れる気がした。
でもアランは、他のヨーロピアンに比べると、そこが少し違うような気がする。アジア人女性が好きというだけあって、アジア的なメンタリティーを少しは理解してくれているのかもしれない。
笑顔を向けてくれること。それだけで私は救われるのだ。
途中「僕たちも何かつまもうよ」と言い、アランの作ったミニピザとゴートチーズのディップをつまみながらシャンペンを飲んだ。
その時にアランが、今朝起きた事件のことを話した。
「いや、最初にお隣さんを招待したって聞いたから、またアランが良からぬ考えを起こして女性をここへ連れて来たのかと思ったら、そういう事情だったんだな。じゃあ、かすみ。たくさん食べなくちゃダメだよ。塀を壊されちゃったんだから償ってもらわなくちゃ」
アルベールが言うので、みんながそれぞれの思いで笑った。
他人と一緒に何かをすることは楽しい。
今朝、誘われた時には簡単に承諾をして軽率かもしれないと思ったけれど、来てみてよかったと思う。
やがてお肉が焼けた。
私は用意しておいたサラダに調味料を合わせた。
何か入れ物に移そうかと思ったけれど、銘々皿にはお肉以外に煮物せられるスペースがあったので、そこへ載せようかと思った時、アランが私の手を止めて「セルフサービスでいいんだよ」と言った。
そうか、日本とは違うんだと思い、焼けたお肉のプレートの隣に置いた。
アランは、赤ワインを抜き、新しいグラスを持って来ると、シャンペングラスと交換した。
「サンテー(健康に)」と今度はフランス語で言ってからグラスを合わせた。
何だか、私は不思議の国にでも迷い込んだような気がしていた。
当然のことだけど、周囲は外国人だけ。そして私はその中の一員として自分の場所を確保できているような感じがしている。
急なことで心の準備ができていなかったから、ということも考えられるけれど、何だか自分を演じているもう一人の自分がいて、心と体が別のものような奇妙な違和感を感じていた。
アルコールのせいかもしれないとも思う。
でも決して酔ってはいない。ゆっくりのペースで長時間に渡って飲んでいるので量は進んでいるかもしれなかったけれど、水も飲んでいるので酩酊している感覚はなかった。
その内にこの違和感は消えるだろうとも思ったけれど、パーティーの終わりまで消えなかった。
翌日が月曜日なので、9時過ぎには、コーヒーとイザベラ達の持って来たティラアミスでデザートを済ませ、パーティーをお開きとした後、アルベールとイザベラは私にもキスの挨拶をして帰って行った。
私は、アランの後片付けを手伝った。と言っても手際のいいアランは、既にほとんどの食器を水洗いして洗浄機に入れてあったので、私のサラダボウルと残りの物を片づけ、汚れたテーブルを拭くと簡単に終わってしまった。
「ありがとう。かすみのおかげで早く片付いたよ」
「どういたしまして。こちらこそ楽しかったわ。どうも、ありがとう」
「ねぇ。後は、部屋に帰っても眠るだけでしょ? ダイジェスティフ(食後に飲むお酒/リキュールやブランデーなどちょっときついお酒のことが多い)を飲んで行かない?」
「ん~、そうですね」
「迷うくらいなら、飲んで行ってよ」
「そうね。ごちそうになるわ」
私が迷ったのは、アランも男性なので、ずるずると変なことになってはいけないという警戒心からだった。
こういうところまでは、きっと彼も読んでいるだろう。但し、その後彼がどうしたいと考えているかについては、私が読まなければならないことだと思う。