北条時宗に転生してしまったゴリゴリ理系の俺、どうにかしないとこのままじゃ元寇で日本が滅ぶ 〜日本史、やっときゃよかったなぁ〜
えーと。
俺はさっきまでシミュレーション実験をしていて。
深夜の研究室で一人、速馬ダービーしながらポチポチやってたはずだ。
なのに、なんで?
「時宗様、ご起床の刻にございます」
プロレスラーみたいなやつが枕元に座っている……。
誰だトキムネって。
イケメンが出てくるゲームのキャラ名みたいだ。
ある意味キラキラネームってのか。
黙っているとプロレスラーがもう一回声を張り上げた。
「時宗様ァァ!! ご起床でございます!!!」
うるせえ!
だが、声を張り上げられるような俺ではない。
いやいやいや、見も知らずのプロレスラーにツッコミできるほど、理性捨ててないんだわ。
だって絶対ヤバイでしょ?
俺はゴクッと唾を飲み込んだ。
こんなん……腕とか俺の五倍くらいあんじゃね?
丸太だろ?
丸太でぶん殴られるリスクを冒してまでツッコミたくはない。
「時宗様? もはや体がお優れになられないのでは」
暗闇の中でろうそくを持ったレスラーがボソボソと喋る。
いや、そうじゃなくて、人違いです。
「俺は――」
地を這うような低音だ。
夜明け前の部屋にビリビリ響くような、男~って感じの声。
え、誰?
「あ、あー……」
「時宗様どうされました! お気を確かに! 夢見が悪うございましたか!?」
レスラーがカッと目を見開く。
ろうそくに照らされて化け物そのものだ。
白目が多くて怖い。
髭面のレスラーはガタガタッと下がると、
「薬師、いや、祈祷師を呼んで参りまする!」
と戸を閉めた。
ピシャァァァンッとすごい音がする。
近所迷惑だ。きっとこの建物には朝に騒音のお知らせが貼られるに違いないが、俺ではない。
あの筋肉髭面レスラーのせいだ。
レスラーが置いて行ったのか、ろうそくが皿みたいなのに乗って床にあった。
おい、危ねぇな。
木の床だろ。燃えたらどうすんだ。
にしても、THE和風って感じの部屋だ。
銀縁の楕円の鏡が置いてあった。
その横に刀もある。時代劇かよ。
「ん……」
鏡にぼや~んと浮かび上がる、筋肉モリモリの男。
眉毛がキリッとして、強い視線。
なかなかシュッとしている。
「……誰ですか?」
お化けか?
いや、エグジイルか?
ジーソウルブラザーズか?
男の口が動く。
「すみません、あの~、ちょっとこわいんで……エッヘッヘ……その、俺のマネすんのやめてもらっていいですかね」
前の男が卑屈な表情を浮かべる。
そんな、ネズミコゾウみたいな顔すんのやめてほしい。
イケメンにはイケメンの表情ってもんがあるだろ。
「あのー、っていうかここどこなんですかね? 旅館?」
イケメンは卑屈な表情をやめない。
うーん、鼓膜がぶるぶるする。
腹にくるような低音ヴォイスだ。
ん?
っていうか俺の声はどこだ?
「……」
いや、待て待て。
俺の本体はどこだ?
「あ、あ、あ、あの」
震える低音。
弱気とコミュ障の塊のような喋り方。
や、どう考えても似合わないだろ?
イケメン武士と理系の俺。
「わっ……ワ・レ・ワ・レ・ハ・ウ・チュ・ウ・ジ・ン・ダ」
一言一句同じ言葉を、目の前の細マッチョイケメンが喋る。
「お、俺?」
鏡を指さすとイケメンも俺を指し返してくる。
俺があいつであいつが俺で。
「えーーーー!!!!」
バゴォーン!!
「ご乱心じゃ! 時宗様がご乱心ですぞ!」
レスラーが今度は木戸を蹴り破って入って来た。
迷惑すぎる。
「昨日の狩りの熊の霊がとりついたのやもしれぬ! いや、切り捨てた蒙古の使者の呪いか!? 祈祷を! 祈祷をはよう!」
「いえ、安達殿! 我ら禅宗では祈祷はいたしませぬ」
「ええい、そんなものは知らぬ! 疾くどうにかせい!」
坊さんっぽいじいさんが出てきてオロオロしている。
レスラーは安達というらしい。
俺をキッと見据えておっさん、もとい安達さんは言った。
「悪霊よ、そちらにおわすは北条時宗様なるぞ! 出ぬというならば出させてみせるぞ!」
やばい。
このままだと火でもつけられそうだ。
「あー……アタマがワレルようにイタイー」
俺は頭を抱えて、ゆっくり床に横になった。
「北条様!」
「時宗様!」
だめだ。
気のせいでも何でもなかった。
絶対ホウジョウって言ったし、トキムネって言ってる。
北条時宗ってあれじゃん。
あの……なんか……武士の人……じゃん。
何した人だっけ?
橋の上で笛吹いて戦ったやつだったか?
それともナントカの乱みたいなのやったやつだっけ?
奥さんが鬼みたいな武士か?
いや、あれは武士の奥さん、奥さんが武士だったか?
というかホウジョウトキムネの時代っていつだ?
自慢じゃないが、ゴリッゴリの理系なので日本史なんて知識は持ち合わせていない。
小学校6年生のときの記憶が最後といっていい。
いや、そんなことよりイオンとか元素とか、オームとか積分のが大事だった。
少なくとも俺にとっては。
だが、俺はこれまでの自分の考え方を、今、初めて後悔していた。
「日本史、もっとやっときゃよかった……」
夜明けにどこかで鳴いた鶏がコッケーと俺を笑った。
「オンコロコロ……」
畳の上で頭を抱えて寝転ぶ俺に向かって、レスラーが何やら呪文のようなものを叫び始めた。
やめてほしい。
坊さんが安達さんの袖にすがる。
「安達様ッ、それは別宗派の呪文にございます! 我らは神ではなく仏に帰依しておりまするゆえ」
「ええい、ではそなたがやるがいい!」
「やろうとしているのですが、安達様が邪魔なのです!」
「俺のせいだと申すか! 生臭坊主!」
「生臭とは何ですか生臭とは!」
おい、やめろ。
人の上で口論しないで欲しい。
俺はすかさずガバッと身を起こした。
正直は美徳だ。
「ま、待った! やめて! 俺、悪霊じゃないんです! 悪いもんじゃなくて! ただの……その……シミュレーションの実験してただけで!」
「シミュレ……ション?」
安達の太い眉毛が交差し、
「それは蒙古の妖術か!?」
と唸った。
モーコ?
妖怪か?
九尾の?
「ああ、そう! その、モーコです!」
うわ、やっべぇ。
なんかフラグ立てちゃった気がする。
安達さんのこめかみにビキビキビキッと青筋がたった。
モーコじゃないよ、妖狐だよ。
ちがうって俺。
やばい、安達さんドチャクソ怒ってんじゃん。
俺は必死で言い募る。
「違います違います! 俺、モーコじゃなくて、トキムネでもないんです」
「時宗様ではござらんと?」
「時宗様の中に、えっと……俺が入っちゃってるだけで……」
「なんと!? 時宗様に憑依を……!? 」
「ちょ、いや霊とかじゃなくて……」
坊主がピクッと反応した。
「……もしかすると……これは、仏の思し召しかもしれませぬぞ。今こそ、時宗様に天命がくだった証では……」
「な、なんの天命よ!?」
「蒙古退ける策を授かりし者とでも申せましょうな」
「あの、そのモーコってのは?」
「フビライ率いる異国の民のことです」
蒙古……?
それは俺でも聞いたことあるぞ。
あれだ。日本史の年号で「いい国つくろう」ってやつ。
え、ってことは今マジで鎌倉時代……??
しかも俺、よりによってその「時宗」って人の中に入ってるわけ?
よりによってこの歴史的クライマックスの主役に!?
やばい。
完全にやばい。
これは――。
これは早急に日本史の教科書を入手しないといけないやつだ!!
「すみません、誰か、えっと……書物? その、蒙古がいつ攻めてくるかとか、書いてあるやつないですか!? あと元寇って2回あるんですか!?」
「予言書!? そんなものはありませぬ! そして、げ、元寇……!? そのような言葉を知っておられるとは……やはり神懸かりにございまする……!」
うわあ、ハードル上がっただけだった。
やっべええええ。
もういい、何でもいいから未来の俺、頼むから早く起きてくれ。
目ぇ覚ませ、科学の力でこの夢から脱出するんだ……!
俺が額を押さえたままうずくまると、坊主がつぶやいた。
「これはもしや祟りでは」
安達がうなずく。
「仏道への忠義が試されているやもしれぬ。無学祖元殿のところへお連れし、一刻も早く禅の深い修行を!」
「いやあああぁああああああ!!!!」
やめてくれ……それ絶対、地獄のフラグぅぅぅぅ!!
俺の鎌倉ライフ、波乱の幕開けだった。