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友情スキルは友好度と共に!  作者: 生ハム
千里眼の継承者ノ章

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9/11

千里ノ里の巫女!

 

「ワシは千里 虎兵衛(せんり とらべえ)。千里一族の名を継ぐ者じゃ」


 別の場所に飛ばされた未知の森の中で出会った坊主頭の青年は千里 虎兵衛と名乗った。

 ということは虎兵衛さんも僕達と同じ分家の人なのか。でも親族の中に虎兵衛なんて名前の人はいないし会ったこともない。


 いたとしたら夏休みの千里家の集まりに来てなければおかしいと思った。


「初対面のワシにいきなりこんなことを言われても戸惑うだけじゃな。とにかくワシについてこい。里に案内してやる。妹が楽市に会いたがっておってな」

「僕に何故?」


「そりゃ会ってからのお楽しみじゃ。とにかく今ワシが言えることは、ワシの妹はすごいということだけじゃ」


 虎兵衛は自身の坊主頭を撫でながら言った。

「私達もついて行っていいですか?」


 龍子姉さんが恐る恐る虎兵衛に聞く。きっと話に入れず蚊帳の外だったのでここに放置されると思ったのだろう。


「当たり前じゃ。楽市の親族じゃろ。一人違う奴も混じってるがおまけじゃ」

「さっき四人の勇者達とか言ってませんでした?」


「あれは妹が予言でそういう表現をしたから言っただけじゃ」


 僕は予言のことを訊いてみた。


「虎兵衛さんの妹さんは予言ができるんですか?」

「その通りじゃ。でもワシはこれ以上は語らん。妹が自己紹介も含めて全部自分でしゃべりたいそうじゃからな」


 楽市、楽座、龍子、牙城は虎兵衛を先頭に鬱蒼と繁る森の中を進んで行く。

「どうやら迎えが来たみたいじゃ」


 遠くの木々の隙間から人影が来るのがわかった。近づいてきたのは長髪に筋肉質で野性的な風貌の男だった。槍を持ち強面の眉間に皺を寄せていた。

「遅かったので迎えに来た。山の主にやられたと思ったぞ」

「心配かけて悪かったのう」


 野性的な男が僕達を見る。


「この者達は?」

「ワシの妹が予言した選ばれし勇者達じゃ」

「運命に導かれた者達か」


「あの虎兵衛さん、この人は?」

 僕は訊いた。


「紹介が遅れたのう。こやつは里で狩猟頭をしておる、千里 鷹左右衛門(せんり たかざえもん)じゃ。気難しくて、たまに意味不明なことを言うが根はいい奴なんじゃ。鷹左右衛門、楽市とその御一行様じゃ。失礼の無いようにな」


「…わかったぞ虎兵衛。俺は鷹左右衛門だ。よろしくな」

「よ、よろしくお願いします」

(この人も千里家の人?僕が知らないだけで分家が沢山あるんだな)

 

 僕は鷹左右衛門さんの迫力に気圧され及び腰ながらも握手をした。声が裏返ってなかっただろうか。


 鷹左右衛門さんを加えた一行は里を目指す。しばらく歩いていると小さな川があり、木製の水車小屋が現れた。川の流れが動力の水車がくるくると回転していた。

「里の入り口にある水車じゃ。里は目と鼻の先じゃ」


 少し歩いて行くと広大な畑があり、その向こう側には大きな町があった。背景には山々が連なっており、雄大な自然と共存していることを感じさせた。


「ここがワシの故郷、千里ノ里(せんりのさと)じゃ。楽市がずっと住んでもいいくらい良いところじゃろ」

(千里ノ里という場所があるなんて今まで聞いたこと無いな)


「確かに良いところですね」


 楽市はお世辞でも何でもなく本気で言った。故郷の八咫烏町(やたがらすちょう)に雰囲気が似ていたからだ。


 小さな堀と石垣で囲われた里の入り口から入ろうとすると人だかりができていた。


「余所者が来るって言うんで集まって来たんじゃ。あまりおぬし達のことをよく思ってない奴もいるから気をつけろ」

「そうなんですか?」

「そうなんじゃ。例えば…」


退()いた退いた!邪魔や!」


 その時人だかりをかき分けながら誰かがこっちに向かって来るのがわかった。手には時代劇でよく見る、十手(じって)という鉄の武器が握られていた。よく見ると着物を着て黒縁の眼鏡をかけていた。


「お前達があの狂った巫女が言ってた余所者か。悪いがこの里から早く出て行け!元の場所に帰るんや!」

「ワシの妹は狂っとらんし、選ばれし勇者達に失礼じゃ」


「何が選ばれし勇者だ!余所者は(ぜに)や物盗むって相場が決まっとるんや。この千里 猿助(せんり さるすけ)様の目は誤魔化されへんのや」

「楽市、紹介しよう。この危ない眼鏡は千里 猿助じゃ。里の自警団の団長をやっておる」


「おい無視するな!出て行けと言うとるんや!」

「…猿助に構ってる暇はないんじゃ。鷹左右衛門、頼む。他の者達も解散じゃ」

「了解した」


 猿助が鷹左右衛門に腕を掴まれてどこかに連行されて行った。他の里の人達もそれに続いて行き、それぞれ里に散っていった。


 


 里の中に入ると意外にもしっかりとした建物が多かった。石垣と白い漆塗りの壁と瓦屋根で構成された立派な塀が家々を囲んでいた。


「ここが妹の屋敷じゃ。大きいじゃろ」

「すごい屋敷ですね」


 立派な門構えの屋敷だった。先ほど見た塀よりも大きな塀がその屋敷を囲んでいた。内側から(かんぬき)が外される音がすると、木製の門が軋む音を立てて開門した。


「スゲーなこりゃあどこの貴族だ。同じ千里家だろ」


 今まで黙っていた楽座兄さんが感嘆の声を上げた。


 帰ったぞ、と虎兵衛が言った。


 屋敷の大きな玄関の引き戸が開いた。和服姿の女性が現れ恭しくお辞儀をした。

「お帰りなさいませ」

「この者は屋敷の使用人じゃ。すまんが妹はどこじゃ?」

 

 和服姿の女性の双眸が紅く輝く。 

「縁側でお庭を見ながらお茶を飲んでおられます。お呼びしましょうか?」


「こちらから挨拶に行くので問題ない。おぬしはお客様に茶菓子でも用意しておいてくれ」

「わかりました」

 和服姿の女性は屋敷の中に戻っていった。


「あの使用人〈千里眼〉を使ってた。千里家の人なの?」

 龍子姉さんが僕が疑問に思ったことを言った。


「里の者なら誰でも使えるぞ」


 こともなげに虎兵衛が言った。僕が姉さんの疑問を引き継ぐ。


「この里の住民は全員が千里家の分家ということですか?」

「そういうことじゃ。ワシらは千里家の系譜がどうやって分かれたかは知らんがのう」


 僕達は虎兵衛さんについていき屋敷の庭に向かった。そこには見事な和風庭園が広がっていた。

 屋敷の縁側にその景色を臨む一人の―昔話に出てきそうな―12(ひとえ)を着た少女がいた。きめ細かい黒髪は腰まで伸びていて、歳は僕と同じくらいだろうか。

「妹よ。楽市を連れてきたぞ」

「兄さま。予言を信じて連れて来てくださったのですね」

「当たり前じゃ。楽市、ワシの妹じゃ。かわええじゃろ」

「初めまして楽市様。私は千里 三日月(せんり みかづき)、千里ノ里の巫女をしている者です」

 

 縁側に座る三日月さんの顔を見て、僕は少し驚いた。右側の頬に()()()()の傷痕があったからだ。人形を思わせる頬にあるからか、余計に痛々しく感じる。


 三日月さんはそれに気付いて頬の傷痕を撫でた。

「やっぱり気になるでしょうか。お化粧したら少しは隠せると思ったのですが…」

「いえそんなことは…」

「三日月の…妹のその傷は…ワシのせいなんじゃ」


 虎兵衛が顔が苦渋に歪みうつむく。重々しい口調で語り出した。


「昔ワシが妹を連れて二人で山に遊びに行った時に山の主に襲われたんじゃ。その時に妹は顔に傷を負ってしまったんじゃ。ワシはひどい兄じゃ…」

「私が上の空ですぐ逃げなかったのがいけなかったんです。だから兄さまは悪くありません」


 今にも消え入りそうになっていた虎兵衛は面を上げると僕を見た。


「だから妹のことは嫌いにならないでくれ!」

「僕は三日月さんのこと嫌いになったりしませんよ。…正直に言うと少し驚いただけです」


 驚いたことは正直に話した。でも傷痕のせいで嫌いになったりはしない。僕もそこまで落ちぶれてはいないからだ。

「そう言ってくれて私は嬉しいです。ありがとうございます」

 

 三日月さんは花が咲いたような満面の笑みを浮かべて感謝を述べた。


「私も楽市さんに…」

「それで私達をここに呼んだ理由は何?」


 龍子姉さんが唐突に会話に割って入る。三日月さんは頬を膨らませると何かを割り切ったのか話し始める。


「…そうですね。みなさん突然知らない場所に連れてこられて驚いていると思うんですが…実は…私を助けてほしいのです」


「どうして赤の他人の貴女を助けなきゃいけないの?」

(龍子姉さん…さすがにそれはドライ過ぎない?)


「…私も本当はこんな手段は選びたくはありませんでした。ですが(わら)をも掴む気持ちで楽市さん達を呼びました。私も…死にたくはありませんから」


 三日月さんの目に涙が浮かんでいた。 


「……話だけは聞いてあげる」

(聞くんだ。)


「まずこの場所について話さなくてはいけませんね」

「それは聞いた。千里ノ里(せんりのさと)


「…ではここが()()()()()()()()()であることは聞きましたか?」

「別の空間にある世界?」


「立ち話もなんですしみなさん屋敷に上がって話しませんか?お茶菓子の用意もできたみたいですから」


 手を合わせて笑顔を湛えながら提案した。僕達は玄関の上がり(がまち)から屋敷に上がる。

「お邪魔します」


 僕達は先ほど縁側で三日月さんと会話した辺りの部屋で話の続きを聞くことにした。


「それで別の空間にある世界とはどういうことですか?私達は帰れるの?」


 龍子姉さんが矢継ぎ早に質問した。


「この場所は…この世界は()()()()()()()が創り出した世界なのです」

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)?神話に出てくるあの怪物のこと!まだ生きているの?」


 三日月さんがコクリと頷いた。 


 龍子姉さんがいまだかつて見たことない狼狽を見せる。僕も神話の八岐大蛇は知っている。八本の蛇の頭を持つ怪物のことだ。しかし姉さんがここまで動揺する意味がわからない。あれは神話の怪物であって実在しているわけではない。でも存在しているとしたら…


「姉さん…八岐大蛇はそんなに危険なの?」


「危険度10以上…」

「えっ?」

 

 龍子姉さんが一瞬何を言っているのか理解できなかった。しかしそれが妖魔の危険度を現す数字であることは理解できた。でも龍子姉さんに聞かなきゃいけないことがある。


「妖魔の危険度は1~5までしかないんじゃないの?」

「違う。それはこの国が公表している妖魔の危険度。実際は国際基準の危険度が10まである。私も留学してたときに初めて知った」


 龍子姉さんの話は衝撃だった。でも国が隠してもすぐに国民に露見してしまうのではないか?特に情報社会の今では。その疑問は楽座兄さんの言葉で氷解する。


「…なるほどな。俺様達が今まで危険度5だと思ってた妖魔が、実は危険度5以上だった可能性があるな。国側は危険度5以上の妖魔をまとめて危険度5に分別して収めていたわけだ。国民側が疑問を持ったら、危険度5にもピンキリがあるとか言うつもりなのかもな」


 楽座兄さんの説明には説得力があった。確かに素人目には危険度5と危険度5以上の違いなどわかるはずがない。僕は得心する。しかし何故国は危険度5以上の存在を隠そうとするのか。


「パニックを避けたいのかもしれない」


 それが一番ありえそうだった。身近に危険度5以上の妖魔がいるかもしれない。そんなことを考えながら普通の生活など送れるはずがない。


「八岐大蛇は遥か昔に一人の勇者に倒されている。倒しきれていなかったの?」


 三日月さんは深刻な顔をして頷いた。


「八岐大蛇は八つの首を切り落とされ絶命したと思われました。ですがそのうちの一つの首がまだ生きていたんです。でもそれに気付いた人々がいました。〈千里眼〉の能力を持つ千里一族です。彼ら彼女らは死力を尽くし八岐大蛇自身の妖気を利用して、別の空間に封じ込めることに成功しました。そして八岐大蛇は深い眠りについたのです。これが千年以上前に起きた私達の祖先の話です」


「それが千里ノ里(せんりのさと)ということ?」


 龍子姉さんの問いに三日月さんは頷いた。


「壮大な話だな。でもそれと今回の件がどう関係してるんだ。さっき(わら)をも掴む気持ちだったと言ってたがどういうことなんだ?」


 楽座兄さんが三日月さんに聞いた。普通に考えれば物語は、めでたしめでたしで終わりのはずだ。


「最近になって八岐大蛇の目覚めの兆候が出始めたのです」

「それはどんなものだ?」


「これは里に住んでいる千里の者しかわからない感覚です。八岐大蛇の妖気に〈千里眼〉が反応するのです」


「それで俺様の〈千里眼〉が反応しているのか」

「えっ兄さんも?」

「どうやらそういうことらしいな」


 〈千里眼〉を持たない僕にはわからないが、きっと〈千里眼〉にはそういう感覚があるのかもしれない。


「それで里のみなさんが八岐大蛇の復活が近いことを知って何とかならないかと長老会の人達が集まって協議しました。その結果、私が生贄になることが決まってしまったのです」

「なんでそんなことになるんですか?」


 どういう議論をすればその流れで生贄という単語が出てくるのか僕は疑問に思った。


「私にもわかりません。どんな議論が行われたのかも不明です。おそらく私が選ばれた理由は巫女だからです。八岐大蛇の魂を鎮める為の祈祷も行うので、もしかしたらそれで白羽の矢が立ったのかもしれません」


「てめぇが助かるために生贄を求めるなんてよくある話だ。それで現在はどんな状況なんだ?」

 

 楽座兄さんが訊いた。


「この里は総勢464人います。大きく分けて三つの派閥に分裂しました。一つ目が私を生贄するのは反対のグループの反対派、二つ目は私を生贄に賛成のグループの賛成派です。前者と後者は200対200で半々といったところでしょうか」


「生贄反対派と生贄賛成派か。巫女派と長老会派の方が分かりやすくないか?それでもう一つの派閥は?」

「他の解決策を模索しようとしている派閥です。どちらの派閥にも与しない中立的な立場を貫いています」


「巫女派、長老会派、中立派か。この里は面倒くさいことになってるな」


 楽座兄さんは天を仰ぐ。


「ようするに俺様達を呼んだのは、巫女派に協力してほしかったからか」


「察しがよくて助かるのう。さすが〈千里眼〉の継承者じゃ。見事全てを見通したのう。おぬし達は協力してくれるか?」


 虎兵衛は全員に同意を求める。


「乗りかかった船だし俺様はやるぜ。というかやるしか帰れないんだろ」

 

「私は…危なくなったら帰る。それだけは言っておく」

 

「これが少しでも罪滅ぼしになるなら…俺は…やる」


「三日月さんが生贄にされるのは理不尽だと思う。だから僕も協力するよ」


 楽座、龍子、牙城、楽市は協力に同意した。


「それで算段はあるの?長老会派をどうにかできても八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が健在ではなんの解決にもならない」


 龍子姉さんが言った。


「そんなの簡単だろ。元凶の八岐大蛇を討伐して全て解決だ」


 龍子姉さんは楽座兄さんの発言に頭を抱える。

「兄さん本気で言ってるの?相手は神話の怪物。油断できない」


 僕は少し気になって訊いてみた。


「姉さん。その八岐大蛇はどのくらい強いの?危険度10以上がどのくらいかいまいちよくわからないんだけど…」


「当時の文献が残っていても詳しい情報はわからなかった。ただ甚大な被害をもたらしたことは確かみたい。八岐大蛇の研究者は、こんな例え話をしている。大陸にいる(りゅう)麒麟(きりん)が人類文明を守護する守護神なら、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は人類文明を破壊する破壊神だと」


(姉さん…規模が壮大過ぎて余計わからなくなったよ)


「…でもさっきの話だと八岐大蛇の首は今は一つなんですよね。つまり全盛期よりも弱体化してるわけで…それなら俺達にも勝ち目はあるんじゃないかな」


 意外にもそれを指摘したのは牙城だった。


「さすが俺様の後輩だ。いい着眼を持ってる。八岐大蛇は八つの首を斬られた。その一つなんだから八分の一の強さに弱体化してるということだな」


(楽座兄さん…それは少し楽観的すぎない)


 それから作戦会議は続いた。そして明日は長老会のメンバーに交渉に行くことに決定した。

 もし交渉が決裂した場合は八岐大蛇の討伐を断行することになる予定だ。


 今後の方針も決まり、会議はその場でお開きになった。みんなそれぞれの部屋が用意され、各々夕食まで自由に過ごしていいことになった。


 夕陽が空を淡く染めていた。僕は部屋にいても退屈なので、暇つぶしに屋敷を探索していた。許可は事前に三日月さんが出していた。


 囲炉裏(いろり)(かまど)など故郷の八咫烏町(やたがらすちょう)でもあまり見ない物がたくさんあり興味深かった。


 僕は一通り屋敷を見て回ると、自分の部屋に戻るため一人で屋敷の縁側を歩いていた。


 時間は結構経ったはずなのに、夕陽はまだ沈んでいない。この世界は八岐大蛇に創造された世界なので、もしかしたら自然の摂理すらも元の世界と違うのかもしれない。


 そんなことを考えて夕陽の沈むのを眺めていると、右側から生暖かい風が首筋を撫でた。右耳には人が発する呼吸音を聞こえる。


 僕は右側に人の気配を感じて振り向いた。そこには顔があった。至近距離に人形のような顔があり、瞳の虹彩まではっきり見えるくらいお互いに見つめ合っていた。


 僕は悲鳴を上げそうになるのをこらえ、弾かれたように後退った。その時に足が絡まり尻餅をついてしまう。


 離れてようやく僕に気配を消して接近した人物の正体に気付いた。三日月さんだ。先程の生暖かい風は、僕の首筋に彼女の吐息がかかっていたのだ。


 三日月さんは右側の頬にある三日月形の傷痕を人差し指で撫でた。夕陽に照らされた三日月さんの瞳は光を失いどこか陰がある感じがした。


 ジッとこちらを見つめる目は瞬き一つしない。夕陽で顔が影になり顔の輪郭だけがかろうじて認識できた。左手には拳で強く握られた(かんざし)があった。簪の装飾が夕陽で輝いた。


 人形を思わせる顔の少女が僕を据わった目で見据える。楽市は得体のしれない恐怖を感じた。だがある可能性があることに思い至る。


 もしかしたら知らないうちに傷痕関係で怒らせてしまったのかもしれない。はたまた彼女にしてみれば軽い気持ちで驚かせたのに、思った以上に過剰に反応したから怒ったとか?


(とにかく彼女が誤解したなら解かないと。)


 僕は立ち上がり頭を下げた。


「あの…三日月さん…怒らせてしまって…本当にごめんなさい」


 楽市の謝罪を見た三日月の瞳に光が戻る。顔には微笑みを貼り付けていた。


「…………何故楽市さまが謝るのですか?」

「えっ?だって三日月さんを怒らせてしまって…」

「私は怒ってなんていませんよ」


 これを額面通りに受け取ってもいいのだろうか。内心では怒ってるのではないかと不安になる。


「…そうなんですか。さっき三日月さんが僕に音もなく近付いたけど、あれはなんだったの?」

「ちょっと楽市さまに近寄りたかっただけです。他意はありません」

(だとしても距離感が近すぎなかった。三日月さんの社会距離(パーソナルスペース)はどうなってるの?)


「どうやら私は楽市さまを怖がらせてしまったようですね…」


 三日月さんの顔が俯き曇った。だがすぐに何か思いついたように顔を上げる。


「でしたらお詫びにお悩み相談に乗りますよ?」

「お悩み相談?」

「はい!私こう見えてもお悩み相談が得意なんです。何でも言ってください」


 三日月さんはキラキラした期待の眼差しで僕を見る。確かに虎兵衛さんの言う通りかわいいなと思った。


 僕は自分の特殊技術(スキル)の話をした。現在特殊技術(スキル)が使用不可能になっていること、姉と兄が友好度が(マイナス)になっていることなどを話した。


 三日月さんはそれを聞いて唇に人差し指をあて首を傾げた。


「友好度?というものがどういうものかはわかりませんが、これだけは言えると思います。数字で表された(マイナス)と愛情は別物なんです。つまりマイナス(イコール)愛情ではないんです」


 文学的で数学的な表現をする三日月さんに想像力が豊かだと感心した。


 確かに龍子姉さんや楽座兄さんはマイナスとなっているが、僕自身が軽んじられているわけではない。


「どうですか?私のアドバイスはお役に立てましたか?困ったことがあったらいつでも言って下さい。巫女だって祈祷や舞以外でも役に立つんですから」


 そう言うと三日月さんは去って行く。しかし何か思い出したように立ち止まり振り返ると僕の顔を見て言った。


「もし全てが解決したら私の()()をお教えします。楽市さま。楽しみにしていてくださいね」 


 三日月さんは微笑みながら廊下の奥に消えていった。沈んでいく夕陽を背景に屋敷のどこかで(からす)が鳴いていた。


★■□◆◇■□★


―登場人物紹介―千里ノ里(せんりのさと)


千里 三日月(せんり みかづき)

 千里ノ里の巫女。未来を予言する力を持っている。右側の頬に三日月形の傷痕がある。


千里 虎兵衛(せんり とらべえ)

 三日月の兄。坊主頭の男で一人称はワシ。老人のようなしゃべり方をする。


千里 鷹左右衛門(せんり たかざえもん)

 千里ノ里の狩猟頭。長髪で野生的な風貌の男で時々変わった言動をとることがある。


千里 猿助(せんり さるすけ)

 千里ノ里の自警団の団長をしている。黒縁眼鏡をかけて、十手をいつも持ち歩いている。


神話と伝説の怪物と幻獣


八岐大蛇(ヤマタノオロチ)―危険度10以上

 八つの蛇の頭を持つ神話の怪物。大昔に一人の勇者に倒された。しかし頭の一つが千里ノ里の山奥に封印されている。


(りゅう)

 大陸で人類を見守り、守護する伝説の幻獣にして霊獣。


麒麟(きりん)

 大陸に存在する聖獣。人間には友好的だが高次元の存在で人々には認識されない。時々人前に姿を現し尊敬され畏怖される幻獣でもある。 

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