妖魔襲撃!
僕は楽市。これは死にたくなるような思いで学園に通う普通の学生の話だ。
人の噂も75日という。だから僕はこの75日をいかにして乗り切るかを布団の中で考えていた。
ことの発端は一週間前の持ち物検査にさかのぼる。同級生である水月 鏡弥が創作して書いた僕と水月を題材にした小説が、僕の机の引き出しから発見されたことだった。
見つかったのが普通の小説なら教師達もそこまでの対応はしなかったかもしれない。
だが僕に執着する水月が書いた小説が普通なわけがない。彼女は現実と妄想が入り混じる虚構の物語を作りあげた。
さらにたちが悪いのは、辻褄が合うように物語が構成されていることだった。僕がいくら弁明しても過去に起こったことの確認のしようがないのだ。
元凶の水月はというと沈黙している。いつもの彼女なら、のらりくらりと煙に巻くはずだが今回に限って沈黙を貫いている。
彼女は何も言わなくても僕と水月の関係が勝手に既成事実になることを知っているからだ。
水月のことは嫌いではない。今回の事件だって元を辿れば僕が悪い。でもこのやり方はないんじゃないだろうか。
もうこれを乗り切るには楽市という存在が消えるしかないのではなかろうか。すでに社会的に抹殺されているのだから怖いものはない。僕はそうやって日陰者として生きていくしかない。
だが問題は姉の存在だ。見つかれば間違いなく殺される。
社会的に抹殺され楽市という存在を殺しても、姉にとどめを刺される。僕に救いはあるのでしょうか?
そんなことを考えていたら学園についてしまった。本当にどうしたらいいんだ。一週間はなんとか持ったけど学園のみんなの視線が痛い。
こうなったら開きなおってポイントを稼いでいこう。もちろん友好度とはまた違うポイントだ。できれば小説の件を消し飛ばして無かったことにするくらいのポイントがほしい。
僕は正門の守衛さんに挨拶して学園の校門を通る。この学園は警備が厳重で、ここまでするかと思うくらいの堅牢さを誇る。
特殊技術を養成する側面が強い学園が国の重要機関であることは理解できる。でもさすがに僕もこれはやりすぎだと思う。しかも学園の生徒はみんな超優秀な特殊技術持ちである。
考えてみてほしい。軍事基地に突っ込む奴がいるか?もはや勇敢を通り越して馬鹿だろ。
どうでもいいようなことを考えていたら、Sクラスの教室に辿り着いてしまった。
クラスメートからの好奇の視線を感じるが一週間もすると慣れる。自分の席に着くと水月が話しかけてきた。
「おはよう楽市。今日はいい天気だね。どこまでも澄み渡る空、まさに快晴だよ」
小説事件があってから一週間ずっとこのテンションなのはどういうことだろうか。
僕と状況は一緒のはずなのにどうしてそんな平然としてられるの?水月に鉄の心の極意を教えてもらいたい。
「そういえば夜の学園でかくれんぼした話またしてよ。面白いから」
「あの話を信じてくれるのは水月くらいだよ」
夜の学園の話は水月を除いて誰も信じてくれなかった。どうやら学園には妖魔が侵入できないように結界が張ってあるらしい。
つまり僕が見たものは全て幻で、寝ぼけていたか狂ったかのどちらかだという結論に至った。
「信じてるよ。だって世の中には結界を簡単に突破できる妖魔もいるしね。きっと楽市があった妖魔達はかなり強かったんだと思うよ」
「そうなの?」
「そうだよ。それなのに楽市の話を無視するなんて生徒会も風紀委員会も学園側も警察もどうかしてる。僕が個人的に調べようか?」
水月は妖魔退治のプロだ。僕が知ってる人の中でも水月は一番強いことは知っている。だけど…
「…いいよ。あまり大事にしたくないし」
「楽市が言うなら…」
悲しそうな顔をして水月が答えた。そんな顔しないでよ。
「でも忘れないでくれよ。僕はいつでも君の味方だ」
「ありがとう」
「それに僕の気持ちも近々分かるかも知れないしね」
水月は意味が分からないことを言うと自分の席に戻っていった。あの小説の中身を読めば分かるという意味だろうか。読む機会があったとしてもしばらくは読むつもりはない。
担任の教師が教室に入ってきた。
「ん?また牙城は無断欠席か?クラスの模範たる風紀委員としてなってないな、アイツは…」
そういえばここ最近、牙城さんを見てないな。具合でも悪いのかな?
朝のホームルームも終わると僕の平和な学園生活がまた始まった。
■□◆◇■□ ―Sクラス教室にて―
三時限目になると水月は退屈したのか伸びをする。色々と文房具をいじるがつまらない。
ちょっかいにでもかけるかと楽市を見ると真面目に授業を受けている。
好きな人には意地悪したくなるという趣向だが真面目に授業を受けてる人に、そんなことをするほど水月の良識は終わっていない。
顔を机に張りつかせ益体もないことを考えていると微かな妖気の波動を感じた。水月は思わず顔を上げた。
(…今のはなんだ?)
ここは警備の厳重な学園だ。妖魔などいるわけがない。だが今まで妖魔を狩ってきた水月の勘がそれを否定する。
(妖気がするのは屋上かな?僕に向かって妖気を発しているのはどういう了見なのか?)
水月は手を挙げた。
「先生、お手洗に言ってもいいですか?」
「今は授業中だぞ。…しょうがないな行ってこい」
「ありがとうございます」
罠の可能性もあるが見過ごすわけにもいかない。みんなに言わないのは杞憂で終わるかもしれないからだ。
妖気の性質は比較的に弱い妖魔の特徴を備えている。そんな雑魚のせいでみんなや楽市の学園生活を台無しにしたくはない。
水月は教室を出ると、屋上に続く階段を上がっていく。屋上の扉を開くとそこには桃色髪の生徒がいた。
学園の制服を着ているが人間ではないのは滲み出ている妖気から明らかだ。
「ここは生徒以外は立ち入り禁止のはずだけど君は誰かな?」
「私?私は遊戯姫、妖魔界のアイドルだよ」
「なるほど。じゃあ君は何でここにいるのかな?」
「あなたの足止めをするためかな」
遊戯姫は指を弾くと遊戯空間を発動させる。校舎の屋上が不思議な空間に包まれる。
「ッ!?これは?」
「この遊戯空間では特殊技術も使えないし暴力も無効だよ。しかもこの空間からは出られません」
「でも僕は直ぐにここを出たいんだけどな」
「もちろん脱出する方法はあるよ。私と遊戯すれば出れるよ」
「じゃあさっさと始めよう」
「そうだね」
そう言うと遊戯姫はポケットからサイコロを取り出し水月に見せる。
「私に絵双六で先に10回勝った方の勝ちね」
「…双六ってそんな回数やるものじゃなくない?」
水月はこれは長くなりそうだと、天を仰いだ。そしてこれだけでは終わらないだろうという予感が頭を過る。
水月は教室にいる楽市のことを想った。
▲△▼▽▲△―骸峠学園―南正門前―
「おい!そこの怪しい奴等、止まれ!」
校門の前で怒号が響く。
普段は守衛がここまで声を荒らげることはないが、明らかに怪しげな風貌の者達が四人、正門に近づいて来ているからだ。
「止まれと言っているだろ!止まれッ!!」
正門前の騒ぎを聞きつけて他のところからも警備の人間が増員されてきた。正門はすでに閉ざされている。
「早速盛り上がってきたなぁゴラァ」
「…それで…誰が…やる」
「麻呂は後で構わんが」
「死っ死っ死っ…なら私がやろう。数は15人か」
白髪で紫の着物を着た男が正門前まで進みでると刀を鞘から抜く。
「貴様!止まれと言って…っ!!?」
「死っ死っ死っ…もう斬ってしまったよ。たいしたものだろ、私の抜刀術は」
白髪の男が刀を抜いた刹那、15人いた警備員が細切れにされ憐れな肉塊になる。正門前は一瞬で血の海ができあがった。
「派手に殺ったなゴラァ」
「死っ死っ死っこれはまだ手始めだ。一方的な蹂躙を始めよう」
「…その通り…有象無象…斬っても…価値ない」
「麻呂の実験も楽しみじゃのう」
こうして学園襲撃が始まった。
■□◆◇■□―Sクラス教室―
突如外から爆発音が響く。それと同時にいつも流れるチャイムとは違う、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
Sクラスの教室の扉が突然乱暴に開け放たれる。別のクラスで授業をしていた担任だ。
「大変だっ!!妖魔が襲撃してきたっ!!」
教室は水を打ったように静まり返る。生徒会長の聖 槐はそれに応えた。
「先生、私達は?」
「君達は安全な場所に避難するんだ。南の正門は駄目だ。北門に向かいなさい」
聖はそれを聞くと声を張り上げた。
「皆さん聞きましたね、北門に向かいましょう」
聖に日ノ宮 優が駆け寄ってくる。
「生徒会長、念のため聖剣も準備しますか?」
「…そうですね、頼めますか?」
「直ぐに準備します」
日ノ宮は了承すると特殊技術【加速】を使い、聖剣の保管場所に向かった。
「他の皆さんも避難をはじめて下さい」
「あの聖さん、ちょっといいですか?」
Sクラスの皆が避難をはじめるなか手を挙げた人物がいた。楽市だ。
「水月がまだ帰ってきてないんですけど…」
教室を見渡すが水月の姿はどこにもない。
「彼女なら大丈夫だと思いますが…この状況で現れないのは確かに心配ですね」
妖魔退治のプロの彼女なら率先して出てきそうなものだ。
「今は避難を優先します。水月さんなら一人でも大丈夫です」
「そうですか…」
「Sクラスの主力の皆は他のクラスに避難場所を知らせにまわって下さい。楽市君も他の皆と一緒にお願いします」
「分かりました」
Sクラスはそれぞれ行動を開始した。
▲△▼▽▲△―学園校舎内―
日ノ宮は【加速】を使い校舎内を駆ける。普段校舎内でこの特殊技術は使わないが緊急事態なので割り切っている。
この先の角を曲がると聖剣の保管庫は直ぐそこだ。聖剣の保管場所は校舎の中央にある。
角を曲がると保管庫の前には五人の人型妖魔がいた。
奇術師の恰好をした狐の妖魔。
赤い褌をした化け狸。
艶やかな着物を着た女の妖魔。
奇妙な木製の仮面を被った黒ずくめの妖魔。
銀髪の獣人の妖魔。
それぞれが一度みたら忘れないような変わった見た目をしている。
「ガハハハッ鴉の言うとおり本当にきおったわ」
「ここまで鴉の読み通りだとわっちも薄ら寒くなるわ」
「…」
「何故ここに妖魔がいる?どうやって入ってきた?」
奇術師の恰好をした狐の妖魔が疑問に答えた。
「外が騒ぎになってるから楽に侵入できたよ」
(正門の騒ぎはこいつらの侵入を悟らせないための陽動か!)
「目的はなんだ」
「強いて言うなら君のことを待ってたんだ」
「私を?」
「そう正確に言うと君が持ってる鍵に用があるんだよね」
日ノ宮が持っているのは聖剣が入った保管庫の鍵だ。まさか…
「聖剣が狙いか」
「そういうこと」
「ならばいよいよ余の出番じゃな!」
銀髪の獣人が日ノ宮と狐の妖魔の間に割って入る。
「ウマシカさんはじっとしてて下さいよ」
「何でじゃ!こんな楽しそうな祭りに余が何もしないと思ったか!」
ウマシカという獣人の妖魔はファイティングポーズをとる。
「さぁさぁかかってくるんじゃ憐れな人類よ!」
「なんだこのふざけた妖魔は…」
「なんじゃかかってこんのか!ではこちらからいくぞ!食らえ!最強パンチ!!」
日ノ宮は仁王立ちのまま、向かってきたウマシカの頬に【加速】加えたビンタを叩きこむ。
「ぶへっ!!?」
ウマシカは毛玉がバウンドするように飛んでいく。バウンドが収まるとよろめきながら立ち上がり赤く腫れた頬を手で押さえていた。
「クゥーッ!!人間のくせに余をぶったな!ママンやパパンにもぶたれたことないのに!」
「いや、お前が殴りかかってきたんだろ」
「妖魔愛護団体に訴えてやるからな!では赤い髪の奴、法廷で会おう」
ウマシカは言い終わると気が済んだのか、四人の妖魔の後ろにそそくさと隠れる。その様子を眺めていた狐の妖魔は、眉間を指でつまんでいた。
「…では仕切り直して。…保管庫の鍵を我々に渡しなさい」
「断る!」
「それは残念だ。では力ずくで奪うことにしましょう」
保管庫前の攻防が始まった。
■□◆◇■□―学園 北門付近―
聖は北門まで他の生徒を誘導していた。
「皆さんもうすぐ学園の外に出られます!」
「皆無事に出られるといいなぁーゴラァ!」
北門の塀の上に毛皮を着た妖魔が座っていた。額には一本の角が生えている。空気がピリつくような妖気を感じる。
「あなたは何者ですか!」
聖は剣を鞘から抜いて構えた。もちろん聖剣ではなくただの鉄でできた剣だ。
「妖魔連合の修羅鬼だ、ゴラァ」
「妖魔連合?聞いたことないですね」
「これから嫌でも知ることになるんだよ」
聖はこの鬼の妖魔から情報を引き出すことに頭を切り替える。
「ではこの事件の首魁は誰か教えてくれませんか?」
「首魁?この場合だと誰になるんだろうな?参謀の凶狐か、それとも指示を出した鵺様か?よくわかねぇな、ゴラァ」
「話を要約するとその鵺様という妖魔の指示で、妖魔連合を参謀の凶狐がまとめているということですか?」
「そういうことだゴラァ」
「よく分かりました。では話し合いませんか?」
「話し合いだぁ?ゴラァ」
「はい、私はあなたを倒せるだけの武器を持っています。これを使えばあなたは絶対に負けるでしょう」
修羅鬼が邪悪な笑みを浮かべる。
「それは聖剣のことを言ってるのか?ゴラァ」
「何故あなたが聖剣のことを…!!」
「鴉から聞いて知ってるぞゴラァ。どうせこの話し合いも聖剣を持って来るまでの時間稼ぎのつもりなんだろゴラァ」
「分かっているなら交渉に…」
「持ってこられるといいなぁ聖剣をよぉゴラァ」
修羅鬼には話し合う気はないらしい。
「さぁ闘争を始めようぜゴラァ!」
北門での攻防が始まった。
▲△▼▽▲△―学園 剣道場―
鎧兜の妖魔、青月は抵抗する学園の人間達を自身の身体の一部である刀で斬り捨てていく。
そして辿り着いた場所が剣道場だった。
「…まさか…学園に…このような場所が…あるとは…」
そこには竹刀や木刀が置いてあり、壁伝いには無数の藁人形が積まれていた。まさに剣士の稽古場だった。
「見事な剣道場だろう」
剣道場の奥から道着を着た男が竹刀を持って現れた。
「…お前は…誰だ?」
「我か?我は狩屋 刀魔という者だ。この剣道場の副主将をしている」
狩屋という人間は試合前のようなお辞儀をした。どうやらこの期に及んで礼儀作法を守るつもりらしい。
「…それがしは…青月だ」
「なるほど青月殿か。その姿から察するに高名な武人とお見受けする。一概に妖魔として成敗するのも大変失礼だ。ここは我と一試合することを提案したいのだが、どうだ」
「…面白い…人間だ。いいだろ…真剣勝負だ…」
狩屋と青月は剣道場の中央で相対した。
■□◆◇■□―学園中央広場―
国営の骸峠学園は広大な敷地面積を誇る。そこには様々な設備が充実している。
その中には中央広場という憩いの場がある。噴水や四阿がある。
普段は学園の生徒の憩いの場のはずだが今は奇怪な鉄屑が蠢いていた。その中心には平安貴族のような妖魔がいた。
「麻呂の付喪神の実験にはいい舞台じゃのう、ほっほっほっ」
闇麻呂は人工的に付喪神を作ることに成功していた。これは自然発生する事例の多い妖魔の中でも極めて異質な部類だ。革新的な妖術と言えるだろ。
「まさに麻呂の付喪神は芸術だのぅほっほっほっ」
闇麻呂は自分の作品を自画自賛する。笏を口に当てて笑った。
「それが芸術ぅ?解釈違いなんですけどぉ」
付喪神を巨大なハンマーで吹き飛ばしてながら紫髪の女子学生が気怠げに言った。
「芸術をなんたるか分からない小娘に何を言われようと麻呂の心に響かぬわ」
「そうじゃあ私達はわかり合えないね」
闇原 燐は持っていたハンマーを特殊技術【粘土】で形を変えていく。
中央広場で血生臭い芸術の展覧会が開かれた。
▲△▼▽▲△―学園 校舎内部 三階―
楽市は白鳩 弓と風雲 影人と共に各教室に避難を促していた。間もなく全ての教室の避難も完了する。
「よし、最後の教室も確認した。後は水月だが、アイツは本当にどこに行った?」
影人が愚痴をもらすと白鳩がそれに応える。
「多分どっかで戦ってるんじゃないかな?だっていつもこういう時は率先して出てくるし」
白鳩さんの話を聞いて、いつもこういう事が起こってるの?と、楽市は思ったがそれを飲み込む。
「そうだな、水月を信じよう。アイツは弱くない。そろそろ俺達も北門に行くぞ」
階下を目指して階段の踊り場まで走る。そこで影人が異変に気付く。
「おい!二人とも止まれ!…誰かが階段を登ってくる」
確かに耳を澄ますと階段を登ってくる足音が聞こえる。
そしてその人物は階段の踊り場に姿を見せる。
白髪で紫色の着物を着た、病人のような青白い顔の男が踊り場から現れる。腰には刀が差してある。
そして首がこちらを向いた。
「死っ死っ死っ楽市くん…みぃーつけた」
いつの間にか白髪の剣客の背後に特殊技術〈光学迷彩〉で回っていた影人がクナイを男の首めがけて振り抜く。
「おっと危ない」
「ッ!?」
男はクナイを片手で止めていた。
「死っ死っ死っ殺る気があって結構だが、全然たいしたことないね、君は」
鞘から刀が抜かれた。それは刹那の瞬間だった。影人が斬られたことしか分からなかった。気付いた時には刀は既に鞘に収まっていた。
「オマエェ!!影人に何すんだふざけんなよ!!」
それを見て青筋立てた白鳩さんが床を蹴り飛び、白髪の剣客に殴りかかる。
「まったく猪みたいな女だ」
「ッ!!?」
剣客の回し蹴りが白鳩さん腹に炸裂する。その勢いで壁にぶつかり、そのまま壁にもたれかかったまま動かなくなった。
「死っ死っ死っ、さっさと斬り殺しますか」
剣客が刀を影人と白鳩さんに振り下ろそうとする。
「やめろ!」
楽市は特殊技術の力で〈加速〉を使う。
「ぐはっ!?」
そのまま加速がかかった飛び蹴りを放つが躱され、逆に首根っこを掌でわしづかみにされて宙吊り状態になる。唯一動く足で蹴りを入れるが剣客は微動だにしない。
「死っ死っ死っ鴉が言っていた通りだ」
「…なん…なんだ…お前達は…」
「私は死狂。そして私が所属する組織は妖魔連合。大層な名前がついてるけどただ妖魔が集まっただけの集団さ」
「さて、自己紹介も終わったし楽にしてあげよう。ンッ!?」
特殊技術〈粘土〉を使い首のまわりに粘土を生成した。死狂の掌から抜け出すと間合いを取る。
「面白い能力だね」
「どうも」
「そうだ、能力で思い出した。楽市くん、君さ〈千里眼〉を使えないのかい?」
「ッ!?」
「その反応を見るに使えないのか。だって君は千里家の人間だろ。千里 楽市は君の事だよね」
死狂は話を続ける。
「千里家は大昔から綿々とある力を受け継いできた一族。それが特殊技術〈千里眼〉だ」
その通りだ。僕は特殊技術〈千里眼〉を受け継ぐ事ができなかった。
「楽市くんには〈千里眼〉を継承した姉と兄がいたけど、君は不幸なことに〈千里眼〉を継承することができなかった。それどころか特殊技術という能力そのものが使えなかったことによって兄弟、姉弟の家族関係に確執が生じてしまった。死っ死っ死っ」
「何で…お前が知ってるんだよ」
「これも鴉から聞いたのさ。でも無駄話はここまでにしよう」
僕では死狂には勝てないし逃げ切れない。しかも白鳩さんと影人を見捨てるわけにもいかない。二人とも死んではいないが重症だ。
ならば囮になるしかない。誰かが助けに来る可能性は絶望的に低いがやるしか選択肢がない。
「分かった勝負してやる」
楽市は踵を返すと特殊技術〈加速〉を発動させる。死狂とは逆の方向に走った。
「死っ死っ死っ今度は鬼ごっこかな?」
死狂が楽市の後を追って来る。ここまでは想定通りだが後のことなど考えてはいない。
誰もいなくなったSクラスの教室に逃げ込む。意味などはない。ただ死ぬなら知ってる場所で死にたいと思っただけだ。
「こんな所に逃げ込んで諦めたのかな」
「そんなところかな」
僕は特殊技術〈虎徹〉を発動させる。刀が現出した。
「死っ死っ死っ、死ぬのは怖いだろ」
「…全然」
「私は死を体現した妖魔だから分かる。君は死を恐れているわけではない。理解できていないだけだ」
「……痛っ!?」
刀が手から滑り落ちた。刀が床に転がる。そして床には僕の右手の人差し指と中指の骨が見えた赤黒い断面を覗かせ転がっていた。
「えっ!うっ!!?うわぁぁぁぁぁっっっ!!」
「死っ死っ死っ、怖いだろ。これが死ぬ恐怖だ。楽市くん、人は死んだらどうなるか分かるかい。知らないなら教えてあげよう。この世界にはね、神もいなければ仏もいないんだ。だから天国もなければ地獄もない。死んだら何が待っているのか分かるかな?答えは何も残らない。無なんだよ」
僕は死を完全に克服したつもりでいた。だが情けないことに、それがまやかしであったことをはっきりと自覚した。背筋が凍る思いだった。人間はなんて脆いんだ。
(…怖い。恐い。死にたくない)
死狂に身体を斬られた。何度も斬られた。斬られた傷が浅いのは嬲り殺しにするためかもしれない。
楽市の血がSクラスの教室中に飛び散る。これだけの惨劇が行われて自分が倒れないで立っているのが奇跡だった。
だが体力の限界は近づいていた。呼吸が乱れ始めた。倒れなかったのは、なけなしの気力で踏ん張っていただけだった。僕は背中を仰け反らせ後ろに傾いだ。
そのまま倒れる。
誰かの掌が僕の背中を支えてくれた。
「まったく少し見ない間にカッコよくなったね。動かないでよ、指をくっつけてあげるから」
水月は僕の右手を握ると持っていた人差し指と中指の元の位置に押しつける。握られた手が暖かい光に包まれた。
「言ったでしょ、僕はいつでも君の味方だって」
「……水月?…今までどこ行ってたの?」
「えっ!あぁーボロボロの楽市の前で言いにくいんだけど双六やってた」
「はっ?なんて?」
「死っ死っ死っ緑髪の生徒、君が噂の水月か」
「やぁ僕がいない間に好き放題やってくれたじゃないか」
「死っ死っ死っここにきたということは、遊戯姫は殺したのかな?」
「あの娘には逃げられちゃった」
どうやら水月は遊戯姫と対峙していたらしい。なるほど、遊戯姫の【遊戯空間】に閉じ込められたのか。
「ところで楽市、あの妖魔にやり返したくはないかい?」
「そりゃできるものならやり返したいけど、僕の力じゃ無理だよ」
「本当にそうかな?もしかしたら今ならできるかもしれないよ」
「え!そんなこと言われても…」
「死っ死っ死っ面白い。なら特別に一回だけ楽市くんの攻撃を受けてあげよう」
「ほらっあの妖魔もそう言ってるし」
「僕はどうしたらいいか…」
「あの妖魔を軽く小突くだけでいい」
「え!それだけ!」
「うん、それだけ」
当然という顔で水月は僕を見る。
(本当か?何が起こるっていうんだ。)
僕は死狂の前まで歩く。心の底から恐怖が再燃してくる。
僕は拳を振り上げると死狂の鳩尾にめがけて振り抜く。死狂は避ける素振りすら見せない。
「死っ!これはっ!!」
そして死狂の腹にめり込み、くの字に教室の後方に吹き飛び隣の教室を隔てる壁を破壊する。しかしそれだけでは勢いは止まらなかった。SクラスからEクラスの壁を貫通、破壊し死狂は瓦礫を巻き込みながら外に吹き飛んだ。
SクラスからEクラスまでの壁を撃ち抜き、遠くの方では青空が見えていた。
「やっぱり今の楽市じゃ僕の力を上手く操れないか。できても一瞬だけみたいだし」
「…今の力はいったい?」
僕は水月を見た。
―測定不能― ―測定不能― ―測定不能―
―測定不… ―測定… ―測…
―水月 鏡弥―友好度9999―
「えっ」
「どうしたの楽市?もしかしてやっと僕の気持ちに気付いてくれたのかな?」
(これは…友好度の数値カンストしてないか?)
「楽市、選手交代だ。君はここで休んでいてよ」
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