Kachikachi山〜Revenge of Rabbit〜
「あのタヌキは必ず殺す」
大阪のミナミで手に入れた.50口径のS&W M500に弾を込め吐き捨てたのは昨日の昼過ぎの話だ。ジジイの形見の猟銃は奴の玉はとれても命はとれねえ。長年付き添った相棒と言えば聞こえはいいが、今となってはババアのマスターベーションの道具にもなりゃしねえ。
アイツはしてはいけない事をした。愛と誠実と夢が溢れるこのメルヘン王国において殺しは最も重い罪だ、それをアイツは吸い殻を道に捨てるよう平然やってのけた。気が触れてるとしか思えん。奴の手にかかればババアも立派な食材だ、ジジイに婆汁を飲ませ歯を剥き出しにして笑う様は醜悪の極みにも等しい。
ジジイは唇から血を流し泣きながら震える声を押し出した「婆さんの仇をとってくれ」俺はそのしみったれた面に弾丸をぶち込んでジジイに伝えた『わかった』と。ババアもジジイもそれなりに生きた方だがこんな風に殺される道理があるだろうか?否、答えは否だ。便所にこびりついた糞粕にも劣るあれは存在そのものが悪だ。いや、悪と名乗るにも値しないそれは三千世界をしらみ潰しにしても名乗る言葉はないだろう。
茅の林にそれはいた。タンパク質とバクテリアにいくばくかの知能がついた物体が図々しくも生き物のカテゴライズに看板を掲げ、我が物顔でそこに存在しているのはもはや道化と言っていいだろう。俺は銃を空に向けて引き金に指をかけババアとジジイに追悼の意を表した。カチカチと響く金属音は雲ひとつない空に驚く程に不似合いだった【そんな音は出してくれるな】そんな風に言いたげな風がザッと音をかき消した。
「なんじゃあ?カチカチ鳥かあ?」
呆れる程間の抜けたそれの佇まいはまさしく馬鹿者と罵倒されるに相応しい哀れで滑稽な様だ。これに殺されたと知ればババアとジジイは浮かばれないだろう、死という肉体の陵辱に加え、魂その物を辱める奴の行為は輪廻転生の枠組みから外されるのを辞さない事を裏付けていた。
一発、まずは一発だ。シリンダーに装填された一発の弾丸は、自分が打ち込まれる相手を睨みつけ鈍く輝く。ギチギチとゆっくり確実に親指は徐々に重くなった、憂鬱だ…これから起こる事を考えると酷く気が萎える。殺す事への抵抗は皆無だ寧ろ積極的な死を望んでいる、しかしそもそも奴にかかわる事自体が我々命ある者にとって忌むべき行為なのだろう。吐き気を催す様な不快感が全身の毛を逆撫でしている。
ズドン!
我慢の限界だった。
見れば見るほどこちらの品性が削れていく錯覚に陥る感覚を覚える、これ以上あの物体を直視するのは精神衛生的にも肉体衛生的にもよろしくない。その証拠に奴を一番捉えていたであろう眼球は酷く疲弊している。引き金を引いていなければ、あと数秒も保たずに腐り落ちていたに違いない。ゴキブリの交尾の方がまだ生物的新発見が見つかる見込みを孕んでる分、有意義な時間を送れると断言する。
茅の一部が赤い花を咲かせる。しかし花見には向かないのは周知の事実である、寧ろこの花が咲いた為に景観は著しく下がってしまった。それだけでも非常に嫌らしいのに物体から離れた物体、あえて表現するならあれの千切れた右脚が放物線を描き林へと落下していく。ガサガサと下品な音を垂れ流し、離れて尚もその醜悪さは衰える事を知らなかった。
「あああああああ!!俺の足があああああぁぁあああああ!!!」
物体が音を発した、おそらく鳴き声の真似事だろう。生物の中には擬態という木や草等の物になり切る種類もいるが、これは物が生物の擬態をしている稀なケースだ。これを発表すれば学会に旋風を巻き起こす大発見になる事は確実だろう、だがそれは歴史の闇に葬られるのが最も世の中の為になるのは言うまでもない。
ズリズリと這いながら物体は移動を始める、今度は芋虫か何かに擬態してるのだろうか?奇想天外摩訶不思議と先人が残した言葉があるがそんな表現をこれに使うのは先の時代の文化人への侮辱する恥ずべき行為だと俺は思う。
「助けてくれ!!助けくれえええええええ!!!」
物体の雑音がいい加減耳障りになってくる。シリンダーにまた一発、弾丸を込めながらそれに近づいた。しかし考えると妙な話だ、わざわざ擬態をしたのにこうして雑音を垂れ流すのは何かメリットがあるのだろうか?枯葉を模した蛾や蝶が鳴き声を発するという話しは今まで聞いた覚えがない。やはり根本的な存在が我々と逸脱してるのかもしれない。
「…っ!!ウサギ!!てめええええ!!!なんのマネだあああああぁぁあああ!!」
醜い、実に醜い。
五感全てにそれぞれ等しく満遍なく、濃縮された不快感を無料で垂れ流している。自然と眉間にしわがよりうっすらと鳥肌が立ち始めた。最早この物体に手を下すのも憚れる、俺は天に全てを託す事を決めシリンダーを勢いよく回転させ銃口を汚物の上の口に突っ込んだ。
「んおおおお!!?あえ!!あうええ!!」
もはや1分1秒の猶予もない、汚物の口内から漏れる生温い臭気は俺の寿命をゴリゴリと削っていく。全身を襲う不快感は極限に達していた。4回引き金を引く、それで死ななければそれは天命という事だろう。もうそれでいいじゃないか、俺は疲れたんだ。これを目の当たりにして気が変にならなかっただけ上出来だ、きっとババアとジジイも許してくれる、そんな気がする。
カチカチッ
カチカチッ
天は汚物を選んだ。
ヒューヒューと脂汗をかきながら汚物が笑みを浮かべた、まるで勝ち誇った様に最初から歪だった顔を更に歪ませて俺を挑発する。恐らく脳内麻薬が過剰分泌して痛みも感じなくなってるのだろう、脚から大量の血を流しながら声を張り上げる姿は怪奇そのものだった。
「げへははははははははああぃ!!いーひっはははははあぁ!!!オレの勝ちだああああぁぁああ!!いいいいいいいいぃぃ!!きぶんだぜえええぇぇ一…」
ズドン!!
やはり我慢の限界だった。
〜完〜