第1話 みゆき寿司
僕はチャトラの雄猫、皆から“チャー“とか“とら“と呼ばれている。
まあ野良猫だからなんと呼ばれようが構わない。
野良をしながら、いつの間にかこのまきがはら商店街にやってきた。
この商店街には、先猫がいた。“白猫のみー姉さん“ “キジトラのキー兄さん“ 僕を入れて3匹だ。
この商店街にやってきて驚いたのは、人間が皆優しく声をかけてくれる。
どうも 白猫のみー姐さんが言うには、いろいろなお店でご飯をくれるらしい。
それに、大雨や寒いときはお店に入れて寝させてくれるそうだ。
私は人間とは残酷な生き物だと思っていた。
私の記憶が正しければ、小さなお店で売られていたような気がする。
小さい頃は、何度も売れそうになったのだけど、結局売れ残ったみたいだ。
半年も過ぎると誰にも見向きされなくなり、売れ残り専用業者に連れて行かれた。
その後のことは何があったのかよくは覚えていないけど 気がつけば河原でやけに体臭の強い人間に飼われていた。
でもいつも私を撫でながらニコニコしていた。
凄く優しい顔だった。でも僕はわかっていたんだ、瞳の奥ではいつも泣いていたことを。
このやけに体臭の強い人間の話もそのうちに話そうと思っている。
お別れは急にやってきた。
その日は夕方から大雨が降り出した。
何か大きな音が聞こえてきたかと思ったら川に流されていた。
どうにか陸地に辿り着き ボロボロになりながら高い場所に逃げた。
まきがはら商店街の一番角にお寿司屋さんがある。
お店の名前は“みゆき寿司“
50代の親父さんが一人で切り盛りしている。
僕はこのお店が苦手だ。 このお寿司屋さんは近ずくと シーシーと言われたまに水をかけられる。 でも 匂いに引き寄せられついつい近くに行ってしまう。こればかりは本能だから致し方ない。
あれ、今日はお店の軒先に20代くらいの若い女性が立っている。
そっと近づいていくと、親父の怒鳴り声が聞こえてびっくりした。
「良いから!ここにくるんじゃねえよ いいか お前の親は俺じゃねえよ 何度も言わせるな」
「ねえ お父さん お願い 結婚式に来て お願い」
「良いかよく聞け 恵理子。俺がどんなつらしてその・・・なんだ・・・大会社の御曹司とやら うーん 良いから・・ もう 親でも 子でもねえって・・・とっとと消えろ」
「お父さん・・・・・」
その女性は泣きながらその場を後にした。
僕はそーとお店を除いてみた。
「お 茶猫 うん こっちこい!」
と言って珍しくて招きしてくる。
「なあ おい これ食え! 今日は特別だ」
わお!マグロの切り身じゃないか! もう僕は無我夢中でかぶりついた。
「ははは・・ うまいか なあ チャねこよ嫌なもん みられちまったな これみろや」
親父さんが袖を捲ると そこには見事な桜の花が舞っていた。
「俺はな 若い頃 何度もムショ潜った輩よ・・・ もうとうの昔に足は洗ったがな」
「なあ あの別嬪の娘みたかよ 俺の娘だぜ 鳶が鷹ってやつか アハッハ
嫁に行くんだよ なあおい 嬉しいじゃねえかい 何でも大会社の御曹子って話だ
俺がお勤めに行った時に もう 親子関係などなくしたのによ」
「一眼で良いから会いに来てくれって・・・こんなつらして いけるはずねえよな なあ おい」
俺な あいつが三つの時に足洗うつもりだったんだよ。 こんな親じゃ 娘がかわいそうだとな」
でよ 最後に頼まれたことで お縄よ あははっは まあ 今更・・・」
「うん 何だよ チャトラ!」
僕は店先に人がいるのを感じて顔を上げた。
「お父さん」
そこには恵理子と、もう一人男性が
「な な な まだ 帰らなかったのかい!」
「お父さん 聞いて こちら 私が結婚する 幸夫さん」
「お父さん 初めまして えりこさんからは全てお聞きしてます。
えりこさんから全てをお話ししたいと言われました。私からもお願いします」
二人の足元にはなぜか“みー姉“と“キー兄“がちょこんと座ってこっちをみている。
「何 お前 うまそうなもの 独り占めしてるんだよ」
と にゃーにゃーないている。
「おい、何だよ お前ら よく食うな ここにいる客人より食ってるじゃねーかよ」
寿司屋の親父がいつもの顰めっ面で声をかける。
顔は怖いが今日の目は優しい
カウンターではカップルが笑いながらその様子を見ていた。
「お父さん・・お店の名前・・・・お母さんの名前ね」
と言って一粒の涙を流した。
「うーにゃー こらトラ 何一番うまいとこ食ってんだよ」
「ウニャウニャ ねーさん 食いもんは早いもの勝ちっていつも言雨じゃないか」
「ばか 私がいるときは私が一番」
「にゃにゃにゃにゃー」
キー兄は笑っていた。