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03

 都内D市には地図にも森林地域とされている箇所がある。

 一見すると鬱蒼とした森……の中に広がるエリアには千年近く前から同じ一族が住んでいた。


 広大な敷地の地下駐車場はコンクリートの打ちっぱなし、屋敷の従業員が通勤する車や一族の者が趣味で買い揃えた高級車が寝かせてある。

 空スペースへ白いコンパクトカーが停められた。エンジンを切って、運転席から壱が振り返る。

「着きましたよ。大丈夫ですか? 荷物持ちましょうか」

「んーん。いい。壱」

「はい」

「夜に浄化する。今日の所はしないと。殻憑きだったなら通り魔もそのせいかもしれない。二件目の現場も念の為する」

「今晩二つするんですか?」

「今日と明日に分けるよ。二件目は今日ほどではなかったから明日、念の為ね」

「わかりました」

 車を降りて暗証番号を押すと、大きな扉が開く。それからエレベーターで地上に上がった。自動扉が開いた先は辰巳家の内玄関である。


「おかえりなさいませ、透さん、壱さん」

 多江が朝同様の笑顔で迎えてくれる。

「ただいまぁ」

「ただいま」

「遅いお帰りでしたね。皆さんもう食事がお済です」

 時間はもう八時を回っていた。

「うん、壱と現場ちょっと見てきたの。……夜に出ます」

「かしこまりました、お食事は直ぐに」

 靴を脱ぎながら透ははたと気が付いて壱を見る。

「壱、持ち帰りの仕事とか用事なかった? 大丈夫?」

「五点の生徒についての説教仕事があるくらいで、他は特にはありません」

 『こいつまだ言うか』を顔に浮かべ、主人は澄ました顔のしもべを睨む。

「いつでもお食事始められるようにしておきますので」

「ありがと、多江さん」

 それぞれ靴を脱ぐと、悠に十畳はある玄関土間からすぐ横の洗面で丁寧に手を清める。

「透さん、ハクも足を洗います」

「あ」

 鞄から再び出したぬいぐるみを手に取ると、直ぐに制服の胸で尻尾を振る犬になる。横からひょいと壱が取り、同じ洗面で肉球が洗われた。


 壱を置いて、透は自室に向かう。

 ロの字型に建てられた歴史のある家屋、内廊下と外を隔てる分厚いガラスの向こうには広大な中庭。青々とした桜のほか、しめ縄が巻かれた岩には苔が生し、掃き清められた一面の枯山水が手入れされている。

 巽、という一族がこの地に暮らして約千年。ここはその本家で、現代では字を辰巳と名乗る。日本の東南を護る家である。


 巽の他には、乾(西北)、坤(南西)、艮(北東)の方角を護る家がある。

 かつては八家あったが、度重なる近代戦争で半分の血が絶えた。

 またおゆら様、おすす様と言った浄化能力者を出す血も多数あったが、これもおきよ様を輩出する澄永だけになった。どうやっても子が絶える。


 四家のお役目は多岐に渡る。最優先事項が一般の手に負えない超常的な側面での国土の護り。これに加えて経済的、人脈的、宗教的な政策としての国土の護り。

 超常的な護りとは広義に浄化も含まれた。国や四家からの依頼により、穢れが看過出来ぬ場所へ浄化能力者が派遣される。このパイプ役は官僚の津田が一手に引き受ける。

 浄化行為は人力での行脚である為、最も戦闘能力のある護番がおきよ様の側近くに侍る。これは巽の役割であった。


 古書に書かれた巽に関する呪いの記述は短く、またその真相もわからない。

 遥か昔に人が増え、集い暮らし、朝を立てた国造り以降、恨みつらみ妬み嫉みといった穢れが土地へこびり付き始める。やがて穢れは雪のように積もり、人を包み込んだ。穢れに侵された人間は殻憑きとなって社会を混乱させる。人間関係の捩じれが村や地方同士の捩じれを呼び、日常的に国同士の争いが繰り返されるようになった。


 人々は祈るようになる。神を見出し、創り、縋り、穢れを払おうとする。

 だが一向に争いは絶えず、むしろ人口増加に応じて穢れは増えた。


 いくら願っても救われない。


 絶望した巽の祖が、請い願った浄化のオンナガミを弑し、人に堕とした。

 人に為り人を知り、救われぬ苦境を知らしめるその目的の為に。

 女神は最後の力で巽の血に呪いをかけた。それは人に堕ちた我が身を護らせる番の呪い。浄化の力から逃れられない呪いを。


 古書に真実が書かれているのかまでは誰にもわからない。しかし記述通り神殺しで得た呪いは突出した力を生んだ。巽一族には呪い度合に比例した穢れた子供が生まれ、その身に黒刃を宿すようになった。黒刃は穢れによく馴染む。斬ればたちどころに吸収した。

 対して乾・坤・艮の三家が持つ刀は白刃と呼ばれる。白刃も黒刃も穢れを断ち切る、四家で力ある者だけに顕現する武器である。


 巽の呪いは酷ければ酷い程に浄化依存が高まるものの、その武器でよく主人を助けた。

 壱は分家筋の末端が孕んだ子である。全身を漆黒に堕とし仮死状態で生まれ、これをたまたま分家に居合わせた静子に助けられた。

 長い史実の中でも記録のない極呪持ちに四家の当主会議(四方会)は紛擾した。死から生まれた壱にかけられた厖大な呪いは先細る浄化能力者の足枷になるのではないか。このまま埋めて次のまともな護番を待つ方が上策ではないか。しかし静子が許さず、それで壱は生き長らえた。


 呪われ子は現当主の創大と共に静子をよく護り、また次代の透と生きる為に社会的立場と物理的距離を補う準備を始めた。運転免許、教職、ライフセーバー、調理師免許、船舶免許にスカイダイビングライセンス……数え上げればキリがない。

 四家の活動は国の代理活動でもあり、澄永には社会的な落ち度でその身が損なわれることのないように注意が払われる。透に対しては壱がその矢面に立ち、安全を担保する役割を担う。


 そんなわけで、十六の春からおきよ様を襲名した透と共に護番の壱は秀輝高校の先生になったのである。




 制服を脱ぎ、肌触りが気に入りのルームウェアに一旦着替えると、カリカリと扉を引っ掻く音に気が付く。

「はぁい」

 開けると、ハクが口を開けて尻尾を振って入って来る。

「ハクちゃん、綺麗にしてもらった?」

 フローリングに敷いたラグの上にぺたんと座り、小さな柴に身を寄せると鼻を舐められる。


 間を開けずに隣の部屋の扉が開いて、荷物を置いたり上着を脱ぐ音がする。

「何時に出ます?」

「………」

「あれ、聞こえてる?」

「………」

 透はナデナデをねだって背を向けるハクを撫で、明瞭に聞こえるその声を無視する。

 おきよ様と護番の部屋は、遮断されない……それが巽の習わしであった。主人と同じ空気が漂う空間にいるだけで、護番は違うらしい。何が『違う』のかはわからない。壱曰く『空気が吸えるかどうか』らしいが、吸えなかったら死んでいる。

 襖だけの隣室など本当はごめんである。絶対の絶対の絶対の絶対に嫌だと拒否したのだが、最初に遮断された別の部屋で暫く暮らした日々の朝、壱のあまりの面倒臭さに閉口して現状に甘んじている。創大や静子からは『ペットだと思えばいい』と言われたが、ペットにしては大き過ぎた。

 音の遮断されない隣室は十八の乙女には地獄の習わしでしかない。しかも勝手に壁代わりの襖を開けてくる愚かなしもべ。オンナガミだか何だか知らないが、意のままの操り人形を目的とした護番に面倒な仕様を施してくれた。


 だから当主の創大が透の機嫌を取って流行りのシャビーな洋室にリフォームしてくれたのだが、隣の壱の部屋とは真っ白い襖だけしか隔たりがない。急に襖で嫌になる。

 動画を見て笑い転げるのも、むしろ動画を音出しもしにくいし、友達と電話だってできない。今の所友達がいないのは不幸中の幸いである。時々聞きたくもない壱の放屁の音まで聞こえた。その割にこっちは諸々気を遣う。面倒なことこの上なかった。


「ねぇ、何回も言ってるけど、部屋にいる時は普通にしゃべりかけてこないで」

 がらりと襖が開いた。目が合う。はっはっ、と舌を出したハクが尻尾を振った。

「何勝手に開けてんの!? そういう所を言われてるんだけど!?」

「いるじゃないですか」

「話、聞いてんの!?」

「だって返事しないから。何時に出るんですか」

「くっそ………十時くらい……ご飯の後で課題してから、出る……」

「わかりました」

 襖がちょっと開いたまま閉まる。この男は絶対にきちんと締めないのである。静子曰く護番はそういう生き物らしい。透は急いでびたびたに閉めた。

 分厚い壁が欲しい。一番欲しい。心からそう思った。



 ◆◆◆◆


 帰ってきた兄の正樹が何か変で、千紗は母に機嫌が悪いのかと尋ねる。

「変ってどこが?」

「えーっと、ん~…、なんか、こっち見てるようで見てないみたいな」

「彼女と喧嘩でもしたんじゃないの?」

「そうなのかなぁ」

 普段からのっそりしている大学三年の兄は時々意地悪も言うが、温和で優しい。理由もなく態度が冷たいなど、これまでに無かった。

「あ、具合悪いのかも?」

 忙しそうに台所で手を動かす母が、ご飯食べるか聞いてきて、というので千紗は二階へ上がる。

「お兄ちゃん」

 ドアをノックするが、返答はない。

 寝てるのかな。そう思って、強く小刻みに叩いた。

「入るよ」

 扉を開くと、兄は部屋の真ん中に立っている。

 まだ帰って来た時と同じ、厚めのパーカーを着たままだった。

 ゆっくりと千紗を振り向いた気がした。

「お兄ちゃん、具合悪いの?」

「……わるく、ない」

「ご飯食べるのか、ってママが」

「たべ、ない。たべ、る、のは」

「ん?」

 拙い、変な喋り方だった。オ、オキヨ、サと続いて黙る。

 なんだそれは。千紗の知る限りそんな名のつく料理はない。大学で流行ってる店の名とか?

 正樹は千紗の方を振り返ったと思ったが、やっぱり千紗を見ていなかった。壁を見ているのか宙を見ているのか。一点を見る視線は妙に背中をぞくりとさせる。

「あ~…うん、なんかわかった、わからんけど。ご飯まだって言っとくわ。じゃ!」


 気持ち慌てて部屋を出る。

 兄、やばみしかねぇな。

 とりあえず千紗は携帯をタップした。


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