たまご探偵物語 〜 たまごの王子と電脳世界 〜
私はたまごの探偵である。しかし現在、玉子の王子となっている。いきなり何の話だ、分かった体で話を進めるなだと言いたい諸君の気持ちはわかっているよ。それに玉子の王子では読みづらいだって言うのだな?
ハッハッハ、玉子の王子となろうが、たまごの探偵である事には変わりない。キミたちの考えることくらい朝飯前。朝飯には卵かけご飯でも食べたまえ。
諸君の困惑は想定済み。そう思って物語を書き記すにあたり、私は私の呼び方をたまごの王子に変えたのだよ。つまりこの語らいは、たまごの探偵がたまごの王子になる話というわけだな。
ん、まだ何を言っているのかわからない? 本筋をこれから話すのだから当然だ。鶏が先か、たまごが先か。論ずるのべきものがないのに答えを先に出した所で、キミたちにはわかるまいよ。
何、わかるわからない以前の問題だと。ふむ、それならば仕方ない。そっとこのまま回れ右して、帰ると良い。キミは何も見なかった。たまごのカケラすら記憶に残さず消去したまえ。時間は有効に活用すべきだからな。
さて、私が今いる世界は、金星人のマヤが金魚人のスタッフと開発した、ほのぼの系VRゲームの中の世界だ。
マヤという女性は、私がたまごの探偵として仕事でよく赴く地方のビール会社の社長である。金魚ビールなる怪しげな飲み物を、金魚人なる怪しげな人物らに作らせている怪しい金星人だ。
何故ゲームなど作ろうと思ったのかは私には興味などない。私の雇い主であるお嬢から、モニターになってほしいと依頼を受けただけだ。たまごの王子というからには、金星人を絡めた建国ゲームか何かだろうと推測した。
何はともあれ、潜入開始と行こうじゃないか。私は水泳で使うゴーグルのようなものを装着し、VRゲームのために開発されたゲーム機器のスイッチを入れた。
ちなみに私のためにVRゲーム用のゴーグルは特注で用意された。たまごにまで対応するとは、やるではないか。
────⋯⋯⋯⋯
────⋯⋯⋯⋯
────⋯⋯⋯⋯
────⋯⋯ボチャリ。
ゲーム開始早々、私、たまごの王子は水飛沫をあげてダイブした。
⋯⋯どういう世界か伝わるだろうか?
⋯⋯この開始地点、ほぼ水だ。湖だ。大海の中に湖の島があるんだ。ほぼ水だけで構築された美しい幻想郷と言えば聞こえは良いが、常識というか、認識の根本が地球の人間と、金星の金魚人とでは違うのだな。
VRゲームで良かった。水の星と書いて水星と読む星でも、このように豊富な水の世界ではないのだぞ。
ゲームの主人公、たまごの王子ではあるが‥‥流石の私にも、取り巻く大海の海水の中に、淡水で出来た島の姿は見えないのだよ。
────裸の王様なら、水で出来た透明の島も見えたのだろうか?
ゲームだから浸透圧などは関係ない様子だ。しかし、たまごは沈むのだが。
開始三十秒で分かった。どうやら私の王国は最初から海中に沈んでいるらしい。海中から始まる海物語だ。たまごの王子は、人魚でも魚人でもないのだが。
⋯⋯ふむ、金魚人の頭がどうなっているかを問うよりも、金魚人の憧れる世界は、この世界なんだと思うとしよう。
私だって、たまご愛に溢れた世界を作るとしたのなら、暖かい柔らかいたまごに優しい世界を構築するだろう。尖ったナイフや、固いたまご豆腐は存在しない。そう‥‥転んでも落っことしても、たまごが割れない理想郷だ。
ある意味金魚人の作るこの──たまごの王子の王国は、たまごにとって理想の世界かもしれんがね。
水のおかげで沈むのが難点なのだが、水の中から沈んでゆく分には衝撃は緩和される。
私は鮮度抜群のたまごの王子だが、たまごのじいやの中には海水で浮いてしまう事もあるようだな。
さてと。依頼を受けて遊びに来たは良いが何もないぞ、このゲーム。ゲームと呼べるものなのかも疑問だな。無目的で海中の底へ沈んでゆくだけのゲーム。精神力を試すゲームなのだろうか。
よく見ると、このVR世界に慣れた金魚人達が金魚に乗って、水中遊泳を楽しんでいる。私も乗って見たのだよ。たまごの王子用の、美しい白い金魚の背に。
優雅に水中を泳がせようとしたのはいいのだが、たまごと金魚の背中は相性が良くなかったようだ。
そもそも現実よりもリアルにツルツルのたまご肌が滑ってしまう。海中世界を楽しむためのお魚の背中に、たまごの王子は乗れない事に気付いたのだ。
本来なら優雅に海中世界を楽しむ事が目的なのかもしれないが、たまごの王子となった私は沈んでゆく事しか出来ないゲーム。クソゲーだ。いや金魚の糞ゲーか。だが、モニターとはそういう役割も担うものだろう。私が海中に沈む事で、開発中のゲームの問題点が改善されるのだから。
深みに沈んでいく私、たまごの王子は、どうやら光の届かぬ深海へとやって来た────
────そこにいたのは⋯⋯私の世界に是非とも呼びたい逸材だった。
柔らかでぷるぷるした丸い身体。オタマジャクシかと思ったが、あれは蛙の子だったな。
この理想的なボディを持つお魚は、タマコンニャクウオというらしい。水流に流されないように、岩壁にピタッと吸い付いて離れない。
沈むだけの私を助けてくれたようで、優しくツンツンしながら上層へと運んでくれた。
浸透圧も水圧もないVR世界で良かった。たまごの耐久性を開発者が考慮したのだろうが、たまごはやはり沈む。何故かたまごは水に沈み、一定値以上の塩分濃度がないと浮かばないリアル設定。
殻だけに、たまごに辛くないかね。君たちの大好きな金魚ビールに、我が同胞の温泉たまごが大々的に活躍したのを忘れてないと良いが。
金魚人の水の世界を堪能した私は、この世界の出口が空中にあることを思い出した。
タマコンニャクウオという、たまごの王子に理想的な乗魚は見つかったのは収穫だ。しかし帰るために必要なのは、トビウオのようだ。
⋯⋯よしっトビウオよ、まずは沈むたまごの王子の国まで私を迎えに来るのだ。
うおっと。違う、呼んだのはお前じゃない。たまごの天敵の一つ、鮫が群れてやって来た。現実も仮想も、たまごが生き抜くには中々厳しいようである。
お読みいただきありがとうございます。