断片 2022 07
死の淵
『無い』
わたしたちはここに在るのに、やっぱり無いと思うのは、ほんとうに無いってことなのかも……
わたしたちがどうして隠れたくなるかって、病院と世間様の壁がどうやってもあるからでしょう。
『縁』
わかってるんでしょう。どうにもできないって。あなたたちの仕事はわたしたちの地縁を切って、制度と結びつけることだ。家から分離して個人になって、つまり孤独になって自治体の下で生きていく。
あなたたちのよく言うこと……自由に生きていいんだよって……これが自由なのか?
こんなの個人主義じゃない。無縁主義だ。
変わらないよ。家か病院かデイケアに引きこもっているのと何が違うのか? 別の箱(自治体)に移住するだけの話だ。わたしたちは箱から出られない。縁を切った人間は箱の中で暮らすしかない。
病院の外で生きるための橋渡しをしてほしいのに……これほどまでに澱んで、停滞した場所はない。わたしたちはまるで雨上がりの水溜りに浮かぶ、茶色い葉のようだ。風が吹くのを待っている人生だ。水溜まりが干からびるのを祈る人生だ。
わたしたちは胸をはることができないから選択ができなかった。だから隠れている。
わたしたちは誰にも何も言うことはないから同情された。きみはかわいそうだから、きみの生活は変だから、医療の力を借りるべきだと言われる。
『誰か』
誰かのために正しいことをすると自分が損をするから、責任を取らないようにするの。
『薬』
いろんな薬があって、試して、
どれ飲んでも眠くてダルくなって、
これ効いてるんかって感じでさ、
そんで効かないと落ち込む。
じぶんは薬すら満足に飲めん。
薬を使わずにいるには患者じゃなく、
医療の努力がいる。
ほんとはみんな知ってるんでしょ。
治る治らないとかじゃない。
死ななきゃいいんだってこと。
そして法を犯さないこと。
礼儀正しくすること。
それだけが人生に必要なんだって。
医者は神様じゃないって。
それなのに人間をもとに戻そうとする。
戻らなかったらもう駄目だって言う。
この子の人生は……終わったって言う。
いつも福祉は、
生きると終わりのあいだに割り込む、
消極的な存在に見られる。
喜んで選ばれるものじゃない。
『歴史』
医者も心理士もワーカーも、あたしの人生を文字にして見えるカタチにする。気分のいいときも悪いときも病気だって言われたら、あたしのやってきたことは、頑張ったことはおかしいってことになるじゃない。
お願い、あたしの歴史を病気だなんて言わないでよ。
こんなことをぐるぐる考えて、好きなことに向き合う時間を捨てている。
『社会』
社会ってなんなの。
いちばん差別があるのは家族内なのに。
『本当の家』
家は肉体を隠すためにあるだけだ。
わたしは肉体に引きこもっているんだよ。
肉体はわたしが住む場所。本物の家。
『諦め』
ね、つい自分のこと疑った、気になった、そして自分が鬱陶しくなったから無視した。これが運命ならもういいんじゃないかって思うの。今のままでいいじゃない、
自分のために生きようとして、帰る場所がなくなったら困るからね、大人しく微笑んでいたほうがいい。この国の作法ですよ。勘違いしてほしくないのは、失敗しないように生きるんじゃなく、成功もしないようにしようってこと。
『ひかり』
ね、夕暮れと朝焼けの違いってなんだと思う?
『他人』
他人とわかり合えない? そんなことで悩んでいるって、わたしに言ってる?
他人とわかり合いたくない、けれど独りで生きていけはしないから病院にいるんじゃない
『路上』
こんなことはおかしいよ。こんな悲しいこと……
きみは路上で人が死ぬってことが怖いと思ったの?それともただの人が動かなくなったことが怖かったの?
ぜんぶよ!
きみは死を初めて知ったんだね。今の時代、葬式もまともにやらないからしらないんだね。
『緊急通報』
パフォーマンスだよ。
みんなみんなみんなぜんぶぜんぶぜんぶ。
いい父親を演じて。
いい母親を演じて。
いい夫婦を演じて。
笑って泣いて黙って。
なんだよこれ。これはなんだ。
疑問じゃないよ誰にも応えてほしくない。
今だけが家族なんだ。
今しか家族じゃないんだ。
わたしが病気であるから家族でいられるんだ。
『あいたい』
もう会えない人にあいたい。