第二章の三 市街風景
萌宮を擁する宮廷が見おろす洛侑の市街へ向かう、つづれ折りの道を冥華は早足で降りる。 荷物を積んだ牛馬や、荷車とすれ違う。多いのはロバだ。山ほど荷物をくくりつけ、鈴を鳴らして行き交っている。
ここから見える市街は整然とした赤い瓦の屋根が連なり、春の陽光を反射して煌めいている。
運河と、岸に生える柳の緑が美しい。なだらかな山地は春の霞で遠く見え、小鳥の声がする。暖かい春の日だ。足下に薄い影が落ち、道は埃っぽい。
坂を下りると街に入る。
道の全ては切り出された正方形の石で隙間も段差もなく舗装され、道の両脇には深い溝が掘られ、その下を下水道が流れていた。危険がないよう、その溝の上には素焼きの蓋がはめられていて、雨水はここから流れ込むし、それでも間に合わないときには外せるようになっている。
壁のように密集して立ち並ぶ、赤漆を塗られた木造の家は、高さがほぼ合っている。おおむね三階建てだ。細かく組んだ格子戸が立てられ、風止めに白い布が格子と格子の間にはさむ形で張られている。
看板や少しすすけた提灯、赤と黄色の札をまとめた魔除けが、どこの軒にも吊るされている。並んで、果実や野菜の干したのもぶら下げられている。
暖かい日なので二階、三階の窓は開けられ、敷物や布団が干されていた。
道の端には露店が出ていて、売り買いする者たちで賑わっている。
冥華は大路から路地に入る。
目的の場所との道筋は、あらかじめ道の師である老師に聞いていた。
老師は年甲斐もなくふらふらと、このあたりの色町を遊び回っているらしい。
すれ違うのもやっとの広さの路地には、大路の舗装に使えなかったらしい割れた石が乱雑に敷き詰められている。下水は流れていたが壊れている蓋が多い。遠く籠もって、ざあざあと水音がしていた。
日の差さない一階に明るさと熱を取り入れようと、わざと表面を荒く研いだ青銅鏡が壁のあちこちに貼られ、路地を照らしている。
家々の扉や窓が開かれていて、生活の様子が覗ける。雑多な家具、生活の品々、二階、三階には洗濯物が干され、路地を跨いで洗濯紐が渡されて、風に洗濯ものがはためいている。
会話や笑い声や子供たちの高い声。遅い昼飯の匂い。
少し行くと、屋根の切れ間から、巨大な塔が見えた。
「あれか」
市塔を目印にしろと言われていた。
あれが市塔だろう。
尖った飾りをつけた緑釉の瓦屋根のある、道を跨ぐような形の石造りの建築物だ。路地を抜けて先刻とは別の大路に出ると、その様相は明らかになる。
おそらくこの街の中心に当たる場所に建てられた、門の形のものだ。
三階建ての建物群より頭一つ抜けていて、他の建物の二階の屋根の高さに、赤瓦の屋根が載せられている。石造りの壁には、真新しい、たっぷりとした赤と黄色の布が下げられて春風にたなびき、この街の繁栄を表しているようだった。
大路を歩いてきた老婆が手を合わせて頭を垂れるので、見上げれば壁の最上部に極彩色の帝の像が塡め込まれている。
冥華は少しの間その像を見つめてから、視線をずらし、看板を見つける。