第二章の三 気の強い女官
冥華は粗末な朱の縒り紐を手に取ると、髪を一本にまとめて、手早く服を着込んだ。
裙ではなく、男性や遊牧民の着る、股が分かれた褲をはいて、底に藁を縫い付けた沓を履く。その上に袍を纏って、緋色に黄色の線の入った帯を締めた。
あっけにとられて見守る薫玲の眼前で、冥華は言う。
「ちょっと出かけるから」
「なりません!!」
「あなたは女官で私は主人よ」
「なりません!! 何をおっしゃってるんです!! あなたは皇太子鳴鳳さまに名を賜って、本日はじめてここにいらしたばかりの」
「命令です。邪魔をしないで」
冷静に言われ、薫玲は顔を真っ赤にすると、頭を下げた。
「私には報告の義務があります。厄介なことになりますよ」
「何よ脅すの」
けんか腰になった冥華に、薫玲は言った。
「私も行きます」
「え?」
今度は冥華が驚く番だった。
「女官ですから。私は冥華様の女官でございますから! 少々お待ちくださいませよ、着替えて参ります。すぐです」
早足で薫玲は駆け出て、一度戻ってきて言った。
「お待ちくださいませよ!」
冥華は黒潭をちらっと見て、粗末な財布の中身を確認してから懐に入れる。
「留守番お願いね、黒潭」
黒潭は軽く鼻をひくつかせた。わかった、の意味だ。
冥華はしゃがむと、黒潭に視線を合わせて甘い声で言った。
「ねぇ、私、瑪瑙の君と、牡丹の君の恋を繋ぐために、道術の道を駆けるのよ」
冥華は笑い、黒潭と額をくっつけた。
「私は冬宮の娘。涙の掟を破らんとするもの。危なくなったら呼ぶから来てね。頼りにしてる。行ってくるね」
冥華は軽快に庵を後にした。