第二章の二 着替え
薫玲が驚いて頰を染める。仕える者に礼を言われることなどかつてなかった。
「おそれながら」
「なあに」
「冬宮におかれましては、女官にそのようにお声をかけることはあたりまえなのでしょうか」
「ああ、珍しいかもしれないわね」
「ではなぜ」
紙の下で、冥華は笑った。
「いや?」
「いえ、いや、では、なく」
「私はしたいようにするので、いいのよ。あなたがいやでないなら」
「……はい」
「私は嬪準としてここに入ったのではないのだし」
椅子の上で、猫の髭がぴくりと動いた。冥華は、しまったという表情で猫――黒潭を横目で見て言う。
「まあ、とにかく、よろしくお願いします」
「あ、はい、こ、こちらこそ」
「では私は着替えるので」
冥華は大きな鏡のある部屋に移る。薫玲もついてくる。
「お手伝いします……あの、畏れながら、行李の中に、平民のもののような服が一式ありましたけれど、あれはどういう……」
「出して」
薫玲は驚きつつも、衣装箱の中からそれらを出した。
その間に冥華は、髪に飾った櫛や簪を抜き、卓の上の盆の上に置く。長く黒い髪が、どっと雪崩れるように落ちる。黒地に黒の糸で雲を彩った帯を外し、透ける絹の長い被帛も、黒縮緬の襦、墨染めの半臂もばさばさと脱ぎ落とす。襞をたっぷり取った裙を脱いでしまうと、下着になる。底に刺繡をした沓も脱いでしまい、最後に、こめかみの留め具を外して顔の紙を取る。
薫玲は息を飲んで見守ってしまった。
謁見用の装束の下から現れたのは、白の珊瑚から磨きだしたようななめらかな肌と四肢の身体で、紙の覆いの下は、くろぐろとした長い睫毛と、すっきりした眉、まるで冬の真夜中の空のような真っ黒な右目に、柔らかそうな唇をした、まだ少女の顔つきだった。
けれどその左の目は黒ではなかった。青色だった。美しい玉石のようで、薫玲は思わず見とれた。
「驚くでしょう。だから隠してるの」
冥華は言い、薫玲ははっとする。
「あ、し、失礼を」
「片付けをお願いね」