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さよならトワイライトエクスプレス -夏の思い出-

作者: Elena

未明の高速を走って、夜明けの風の中。

微かに感じる潮の香り。

太平洋に面した地なら東。ちょうど太陽が昇って来る方から感じるけど、ここは違う。

川の流れる音を聞きながら待つ。

けれども、川の流れる方向も、普段、住んでいる地で見ることは違う方に流れている。

潮の香りは西から感じ、川の流れも西寄りへ行くこの場所。

北陸地方の大動脈たる、北陸本線の沿線沿いでも、そのシンボルと言える景色の中に立っている。

東を見ると、津波のように聳え立つ巨大な山脈から陽が登り、西からは微かに潮の香りのする富山県。

夏の盆の時期の恒例、住み慣れた太平洋側の関東平野から遥々日本海側の富山県までの旅行だ。

でも、今年の旅行は違う。

今の今まで、見れたのにタイミング合わず見逃していた豪華寝台列車を見ると言う行程が加わった。

平野の先、微かに見える高架線。

それは来年開業する北陸新幹線の高架線。

更に北の方では、北海道新幹線が開業間際。

この新幹線たちの開業により、北陸本線を走る列車から特急列車の多くが姿を消し、その中には、件の豪華寝台列車も含まれていた。

大阪と北海道を結ぶ、豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス」。信じられなかった。まさか未だ人気衰えぬ「トワイライトエクスプレス」が無くなるなんて。

そして、旅行の行程を考えた時、「トワイライトエクスプレス」を撮影することが可能かどうか検討した結果、旅行初日の朝、北海道から大阪に向かう「トワイライトエクスプレス」を撮影することなら出来ると判明。「トワイライトエクスプレス」を、恒例の富山旅行の前座として、撮影することにしたのだ。

朝日が昇る富山平野。

黒部川の鉄橋近くに撮影ポイントを決めて、「トワイライトエクスプレス」を待つ。

と言っても、まだ「トワイライトエクスプレス」が来るまでまだ時間があるので、待っている間に、他の列車も仕留める。

特急「北越」を撮影し、普通列車を撮影し、でも、時間になっても「トワイライトエクスプレス」は来ない。

(おかしいなぁ)と思いながらも待つ。

だけど、やはり来ない。遂には、ここから30キロ離れた富山駅に「トワイライトエクスプレス」が到着する時間になってしまったので、情報を確認した。

「トワイライトエクスプレス」は、まだ長岡付近に居た。どうやら、長岡の先で、先行する貨物列車の人身事故が発生したため、大幅に遅れていたのだ。

「トワイライトエクスプレス」の現在位置から、今いる黒部川橋梁まで来る時間を計算する。

(ダメだ。)

と、思った。

あまりにも時間がかかり、この後の旅行の行程にも影響する。

(仕方無い。太平洋側に住む人には縁のない列車だったのだ。)

と、諦めてこの後の旅行の行程に向かう。

「トワイライトエクスプレス」は見れずとも、富山の景色を満喫しよう。

黒部川橋梁を後に、黒部川に沿って山に向かう。この黒部川に沿って走る、黒部峡谷鉄道に向かうのだ。

遠ざかる北陸本線の線路。

少し溜め息。

北陸新幹線の高架線を潜る。

(何が夢を運ぶ超特急だ。)

と、舌打ちする。

確かに便利ではあるかもしれない新幹線。

だけど、あまりに早すぎるのもどうなのか。

実用的だけど、そこに旅の楽しさはあるのだろうか?

そんな思いが浮かんでは消えて行く。

後ろ髪を引かれるように感じながら、黒部峡谷鉄道の始発駅がある、宇奈月温泉に着いた。

この後の行程は、黒部峡谷鉄道に乗って黒部峡谷を満喫し、宇奈月温泉に戻ったら夕食まで、黒部峡谷鉄道のやまびこ橋で列車を撮影して宇奈月温泉に入る。

一日中、黒部峡谷を満喫した後、夕食の時間まで黒部峡谷鉄道のやまびこ橋で、ゆるキャラ達と手を振りながら、列車を撮影。

(これが「トワイライトエクスプレス」だったら)と、不意に思い出す「トワイライトエクスプレス」の事が引っかかる。ゆるキャラ達と手を振りながら、列車を撮影して楽しいのに、何故か引っかかって仕方無い。

夕食の後、宇奈月温泉に入って就寝。


翌日もまた、富山旅行。

朝風呂に入って今日の行程を確認。

今日は大岩山日石寺を経由して、立山黒部アルペンルートで室堂まで行き、室堂駅のホテル立山に宿泊だ。

昨日の黒部峡谷鉄道の余韻に浸りながら、大岩山日石寺を参拝し、そして立山黒部アルペンルート。

日本中探しても、この富山に匹敵する魅力的な場所は無い。

だが、立山ケーブルカーから高原バスに乗る時、ズキッと胸が締め付けられる。

諦め切れていないらしい。「トワイライトエクスプレス」の事。

どうするかなぁこれ。

標高2450mの室堂に着いた。

天気は晴れ、雲少し。

(立山に来た目的、満天の星を見る事。これは達成出来そうだ。)

と思う。

夕食まで、立山を散策して歩く。

途中、雷鳥に出会す等等、これまでの立山で経験した事の無い事が起き、そして、ホテル立山で夕食の後、いざ、満天の星の下へ。

屋上に通じる重い扉をあけ、夜空を見上げると、そこには一面の星。

ホテルの明かりを避けて夜空を見上げれば、天の川も肉眼で見えた。

そして今日は、ペルセウス流星群の極大期。故に、流れ星も見える。

そうした夜空を横切るように、小さな星が動いている。それは、ISS国際宇宙ステーションだった。

夜空の中を横切る国際宇宙ステーションに、ふとまた、「トワイライトエクスプレス」を思い出し、遥か彼方の下界の方を見ると、そこにもまた、一面の夜景。

再び、夜空を見上げ、国際宇宙ステーションを見る。

(そうか。今頃、「トワイライトエクスプレス」は、あんな感じに、星の光の中を走って居るんだよな。)

と思い、今夜の星の中を走る夜行列車に想いを馳せて就寝。


翌日、富山旅行の最終日だ。

立山黒部アルペンルートを立山まで降りて、立山砂防博物館、立山博物館で今の今までいた立山黒部アルペンルートを振り返って、昼食に富山ブラックラーメンを食べ、富山市内の路面電車、滑川のホタルイカミュージアムを見て周り、帰る時間まで後1時間半。

何かするには中途半端な時間。

でも、このまま帰るのも名残惜しい。

ふと、時刻表を見る。

(あっ!)と思ったのはその時だ。

頭の中で再度計算。

(今から黒部川の橋に行けば、富山旅行の最後に、北海道へ向かう「トワイライトエクスプレス」をギリギリで見られる可能性がある!)

北海道へ向かう「トワイライトエクスプレス」は、後10分で富山駅に着く。ホタルイカミュージアムを今出れば、黒部川橋梁で「トワイライトエクスプレス」を撮影出来る可能性があることに気付いた。

だが、時間的にギリギリ。

何も無ければ良いが。

背後には西に傾いて日本海に沈むのであろう陽。北海道行きの「トワイライトエクスプレス」を正面から撮ると逆光になる。

(なら、黒部川を渡って北へ向かう様子をバックショットで狙う。)

と決めた時、黒部川橋梁に着いた。

さあ、後は「トワイライトエクスプレス」を待つのみ。計算上、後5分で来るはずだ。

来ない。

計算して割り出した時間になっても来ない。

また、列車の遅れを調べるが何も無い。

磯の香りがする、夏の河原。農業用倉庫の屋根からぶら下がるコガネグモの巣。聞こえる蝉の大合唱。

ただ一つ、「トワイライトエクスプレス」の姿が見えない。

時間だけただ過ぎて行く。何も変わらずに。

空は僅かに赤く染まって居た。

夏の夕陽。

夏の終わり。

陽炎の彼方、鉄橋の対岸に明るいヘッドライトが見えたのはその時だ。

ダークグリーンに黄色いラインが入った電気機関車と、それと同じ色をした客車が連なる列車。「トワイライトエクスプレス」だ。

夢中でシャッターを切りまくる。

「ピッ!」と、電気機関車は短い汽笛を鳴らし、真横を通過して行く。

茜に染まり始めた空の下、「ガタンガタン」と車輪の音を轟かせ、列車は、遥か北の大地、北海道へ向かって行った。

「トワイライトエクスプレス」を見たのは僅か10秒程度。

その姿は「前座にするな!」と言わんばかりに、勇ましく優雅に駆け抜けて行く姿だった。

これで今回の富山旅行に悔いは無い。

さぁ、富山に別れを告げ、関東に帰ろう。

帰り際にまた、「トワイライトエクスプレス」が駆け抜け行った方を見て言う。


「さようなら。トワイライトエクスプレス。」


その後、「トワイライトエクスプレス」を見る事は、二度となかった。

だが、あの日見た「トワイライトエクスプレス」は、いつまでも心の中を、記憶の中を走り続けている。

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