インターミッション 4.5
グンターの焦燥
某日 マリーエンブルク辺境伯領ザルツァ家主催舞踏会にて
会場のテーブル横で飲み物を口に運んでいた時、すぐ傍のカーテン横から噂話が聞こえてきた。
「・・・お聞きになりましたか?リンハルト殿、娘御のお相手に新男爵殿をお迎えになるそうで・・・」
「確かにそのお話は、最近あちこちで耳にしますな・・・」
「しかし、リンハルト殿も思い切った事をなされる。稀代の英雄扱いで娘御がゾッコンとは言え、由緒正しいノルトライン家に平民上がりとは・・・」
「しっ、お声が大きい。どこに耳があるか分かりませんぞ・・・」
「いやはや、まことに・・・。ご領主家一族からつまらぬご不興を買ってはたまりませんからな・・・」
ザルツァ家次男のグンターは、歯を食いしばってひそひそ話を聞き流す。
(あの連中、わざと聞こえるように噂話を流しているのだ・・・)
一時期、グンターがノルトライン家のヴァネッサに熱を上げていたこと。
なのにあっさりとフラれた挙句、成り上がりの新男爵にその立場を奪われたこと。
これらは、宮廷貴族たちの格好のゴシップネタとなって、あちこちのパーティー会場で笑い話として語られている。
グンターは屈辱に震え、ワイングラスをまた一気に飲み干した。
「グンター様。少しお酒を召され過ぎていると・・・」
傍に控える侍従が言葉をかけてくる。
「わかっている!もう帰る。これ以上ここにいても不愉快が増すだけだからな」
(皆、私に辺境伯領の継承権がないから、好き放題に侮っているのだ・・・)
グンターが舞踏会会場を後にしようとした時、柱の陰から声を掛けてくる女性がいる。
「グンター様・・・。芙蓉の花の便りがございますが、ご関心はございませんか?」
"芙蓉"とはドラコに咲く花の名前だ。
つまり彼女はドラコ領のエージェントだと言うことになる。
大胆なアプローチではあるが、相手が相手だけにこっそりと会いに行くより、こう言う場を利用する方がかえって安全だ。
グンターはごく自然な様子で女性を誘い、人気のないベランダに二人して向かう。
侍従はベランダの入り口で待機する。
にこやかな笑顔を絶やさず、ごく普通に会話を始める。
「・・・それで、芙蓉の便りとは?」
芙蓉の便りを名乗る女性が世間話を装って話を始める。
「わたくしどもはこれまでグンター様の格別なご恩を頂戴し、お互いに利益を得て参りました」
「しかし、先日わたくしどもに不幸があり、グンター様も思わぬ時世の流れにより、ご不興をかこっていらっしゃるご様子で・・・」
「・・・何が言いたい」
「要は、グンター様のお立場を圧倒的に高める何かが起これば良いのではと・・。それこそお兄様を凌ぐほどの」
「・・・」
「わたくしどもの不幸にも、あの成り上がり者が関係しています。あの者に身の程を思い知らせるべく、とある計画を進めています」
「・・・」
「その結果あの者が失脚すれば、そのご後任にはぜひグンター様が・・・」
「出来るのか・・・?」
「あの者の力の源泉をグンター様が手に入れるのです。ヴァネッサ様も同時に・・・。」
「・・・ ・・・ ・・・」
「そうなれば、御父上のヘルマン殿下もグンター様を大いに見直される事でしょう。おそらく伯爵位の継承についてお考え直される程には・・・」
「・・・だが、大した事は出来ぬぞ。私にも立場があるからな」
「結構です。こちらですべて進めます。グンター様にはその時期が参りますまで、どうぞご自愛を」
それだけを伝えると、女性はベランダから去っていった。
グンターは女の話した内容の実現性について考える。
(あやつが失脚すれば・・・、失敗にかこつけて失脚させれば・・・可能なのかもしれない・・・)
グンターは、自身が次期辺境伯として、ヴァネッサと共に戴冠する姿を夢想する。なんとも素晴らしい心躍る光景であろうか・・・。
焦燥と嫉妬と欲望に目がくらみ、現実が見えないグンターは、もはやドラコ(ハルコネン)に良いように操られるだけのコマに過ぎない。
ベランダから出たグンターは、入り口に控える侍従に申し付けた。
「お前は何も見ていないし、何も聞いていない。私は誰にも会っていない。・・・よいな?」
「はい。グンター様の仰せの通り・・・」
素直に応じる忠実な侍従。
グンターは来た時よりも幾分気分良く、舞踏会の会場を後にする。
しかし彼は知らない。
自身に付き従う侍従が、既にアレックの手の者であることを。