インターミッション 3.5
エージェント達の宴(もしくはSPY大作戦?)
ドラコ大公領星系軍参謀部情報局の執務室にてただ独り
情報局長ハルコネン少将は、マリーエンブルクにいるエージェントからの報告文書に目を通しながら呟く。
「やはりな・・・。彼のスーパー戦士少年君は健在であったとな。当時は疑う術が無かったとしても、あの情報はあまりにも完璧に作られすぎていた・・・。実際人がやることなんて、いつだって矛盾だらけなのにな・・・」
ハルコネンは、キャビネットに飾られた"亡き友"の写真に向かって語り掛ける。
「ようやく君の無念を晴らしてやれるかも知れんぞ。まあ少々仕込みが必要だろうが・・・」
友の写真は、生前と同様無言を貫く。
「こういう時、君ならどんな手を使う?連中に"とびっきり"の仕返しをしてやる時は・・・?」
語らない友に代わって、ハルコネンが自身が持つ情報を披露する。
「面白い情報があるんだ。マリーエンブルクの上層部に、スーパー戦士計画中枢にいる連中に反感を持っている人物がいるらしい。いつか君にも話した"仲の良いお友達"ってヤツみたいだ」
そして友の写真に向かって自身の考えを述べる。
「これまでは金と引き換えに情報を稀に流して貰うだけの細い関係だったが、今後はそれとなく・・・本格的にこちら側に取り込んで良いかもな。そう君も思わないか?」
そして宙に向かって両手を広げる。
(・・・何だか、だんだんハルコネンの一人芝居っぽくなってきた)
「そうだ・・・離間の計だ!マリーエンブルクの領主家上層部と星系軍軍令本部参謀部との反目・・・。連中のスーパー戦士計画が成功しても失敗しても、マリーエンブルクはすごいことになると思わないか?」
・・・少々しんみりした感じで、ハルコネンは再び写真に目を向ける。
「どうしてそこまで入れ込んでくれるかって?・・・私だって君と別れてからずっと寂しい思いをしているんだ。言わば・・・これは君と私の連中への復讐戦かな?」
「やるからには徹底的にやらないとな。細工は流々仕上げを御覧じろ。いや、これは君のセリフだったか・・・。ハハハ」
ハルコネンは笑いながら、報告書を握ったまま独りで執務室を出て行った。
・・・・・
メロヴィング王領星系軍参謀部情報局にてその他大勢
メロヴィング選帝侯メロヴィング王領=帝国皇帝の若き俊英たる情報局幕僚達は、今日も他星系大領主家の戦力分析に勤しんでいた。
「ドラコ領ではあの第3アヴァタール・レギオン喪失以降、明らかに各紛争地戦力に低下傾向が見られ、各地で全般的な守勢に回っています」
「さもあろう。これまでリーの軍団が遊軍として、神出鬼没で各戦場に殴り込んでいたからこその、あのドラコの破壊力だったからな」
「ドラコは星系軍を立て直すまで、当分大きな作戦は打てまい。・・・その代わりにあのハルコネンが何か陰湿な謀略を仕掛けそうな気もするがな。プトレマイス領方面は?」
情報局主席分析官のトリスタン中佐が、淡々と自身の評価と感想を述べ、次の報告を促す。
「プトレマイス星系軍の動きは依然鈍いままです。いくつか紛争地の放棄も既に行っています。星系軍主力は母星周辺に向かって緩やかに集結しつつあるとの観測があります」
「ジェラール殿は高齢で体調もあまり宜しくないと聞く。王太子と他の兄弟達の仲は相変わらず良くないようだ。・・・いよいよ風見鶏の貴族達が、それぞれの思惑を持って動き出したのかもな。一応、変事に備えておいた方が良いだろう」とはトリスタンの感想と指示だ。
「とすれば、動きがありそうなのはマリーエンブルクとロタリンギア方面か・・・。報告を」
「ドラコの第3アヴァタール・レギオン喪失時に、一定の関与があったと思われるマリーエンブルクですが、最近になって軍令本部に大規模な作戦準備をしている兆候が見られます。我が方の別のエージェントからは、例のスーパー戦士計画に何らかの進展があったらしいとの情報も届いています」
「ほう・・・。あのスーパー戦士はリーの軍団と一緒に失われたとの噂もあったが、もし未だ生きてるとなると、マリーエンブルクの二つの情報は間違いなく連動してると考えるべきだな。・・・そうなると、いかにナズグル部隊を抱えるロタリンギアであっても、これまでと同様の優位を保てない可能性が出てくるかもな。仮に・・・、マリーエンブルクがエレギオン戦線を制した場合、我々の星系秩序維持にどの様な影響が出る?」
「マリーエンブルク領は百年来の憂いに別れを告げ、その圧倒的な国力を周辺大領主家に差し向けると思われます。その場合には単独でマリーエンブルク星系軍に対抗しうる勢力は、最早存在しなくなると・・・」
「やはりそうなるか・・・。いかなる場合であっても、最悪の想定に備えるのが我らの仕事であるな」
トリスタンはようやく情報局局長であるキルペリク少将に目を向ける。
「閣下。我がメロヴィング星系軍は彼のエレギオン戦線の戦況推移に留意しつつ、万一マリーエンブルク領が勝利を収めた場合には、ドラコ・プトレマイス・メロヴィングの3星系軍で連合し、マリーエンブルクを制する作戦計画準備を指示したいと存じますがいかがでしょうか?」
如何にも気が弱そうなキルペリク情報局長は、迷うことなくトリスタン中佐の案を承認し、彼に全権を委任する。
「すべて任せる、トリスタン中佐。これまでもそれでずっと上手く行った。私は君を全面的に信頼している」
予想通りの展開に、トリスタンはひとり密かにほくそ笑む。
(信頼と妄信は別物だろうとの考えは自身の心だけに秘めて・・・)
メロヴィング王領きってのエリートたる情報局幕僚達は、皆トリスタンだけを見つめている。
この時、この場だけは、(帝国皇帝クローヴィス陛下を差し置いて)トリスタンこそがメロヴィング王領における支配者であった。
・・・・・
マリーエンブルク領星系軍参謀部に向かう廊下にて(人数については数名とする)
(ジャン・ジャン、ジャンジャン、ジャン・ジャン、ジャンジャン、・・・チャララーン、チャララーン、ジャン・ジャン・・・)
意味不明の効果音が頭の中に鳴り響く中、ノルトライン家の家令アレックの"クローン"は参謀本部にあるローリエ中佐の執務室を訪ねる途中である。
(どうもおかしい・・・。これは先に医者の方を訪ねるべきだろうか・・・。お嬢様が我が家の情報部門を統括されて以来、ずっとこの効果音が頭から離れない・・・)
ちなみにアレックのクローンは"女性"だった。
その他数名もダミーとして一緒に引き連れている。
言うまでもなく情報機関に所属する者、主人に本体が訪れてその正体を晒すなど論外なのだ。
実はあまり知られてはいないが、アヴァタール方式においてクローンの性別は全く関係がない。
本体との遺伝子情報を共有できていればコントロールには何の問題もない。
戦闘ではクローンのコントロールAIは、パワードスーツに内蔵されるが、これも別にそこにしか置けないわけでもない。
アレックの場合はベルトのバックルに内蔵している。
なので、アレックのクローンは(必要に応じて使い分けはするものの)通常女性であった。
現在の彼女(彼)は参謀部付の連絡少尉に扮している。
ノックの後、ローリエ中佐の執務室に入るアレック一行。
当然ヴァネッサお嬢様もそこにいる。
「ローリエ中佐殿、失礼をお赦しください。・・・ノルトライン大尉殿。新しく参謀室に配置予定の要員について説明したいと存じますが、お時間はいかがでしょうか?」
いかがも何も、あらかじめ了解は取っているのでこれは単なる通過儀礼にすぎない。
「ノルトライン大尉。隣にある会議室の使用許可を与える。要件を聞いてくれたまえ」
事情を察したローリエ中佐が、ヴァネッサお嬢様に対応を一任された。
ヴァネッサとアレックのクローン他数名が別室に移動する。
ローリエ中佐はノルトライン家の家業に敢えて深入りする気はないらしい。
(・・・結構なことだ。世の中には知らない方が良い事もあるのだ)
「それで、アレクサ(アレック)。新しい情報は?」
部屋に入るなりヴァネッサお嬢様が尋ねられた。
「領主家のグンター様に不審な動きが・・・。以前より監視をつけていましたが、最近他星系領のエージェントとの接触回数を増やしている様子です」
「具体的には?」
特に驚いた風もなく、ヴァネッサお嬢様が続きを促される。
「グンター様が接触しているのは、ドラコ領のエージェントです。以前よりたまに情報と引き換えで、僅かな金銭を得ていたのは把握していましたが、最近の接触にはそれを越えた意図があるように思えます」
アレクサが自身の観測を伝える。
「そう・・・。あのお坊ちゃまの昏い目つきの意味が掴めたわ。周りが見えない独り善がりの行動こそが、世間知らずのお坊ちゃまたる所以ではあるのだけど・・・」
「・・・」
アレクサは当然自身の論評は控える。
「それで・・・利用できる?」
「やり方次第かと・・・。どう言う方向性をお望みですか。お嬢様?」
「わたくしとノエルさま、そしてあの子たちの利益が最大限になるように・・・」
(かなり無茶を言うとの感想は飲み込む)
「もう一つ報告が。メロヴィングの情報局に何らかの動きがあるようです。情報局所属のエージェント達が、頻繁にドラコとプトレマイスに接触しています」
アレクサは最近掴んだばかりの極秘情報を披露した。
「あの自信過剰なトリスタン・・・だったかしら?判り易いお方だこと。・・・これも利用できる?」
(これまた無茶振りだなとの感想も同じく飲み込む)
「相手の出方次第ではありますが・・・。恐らくは」
「では、任せます。これらについては面白い報告を期待しています」
「はい。お嬢様」
ヴァネッサお嬢様はすぐに会議室を後にした。
アレクサはそのまま会議室に佇み考えを巡らせる。
お飾りであるその他の人員は何も考えない。
それでよい・・・考えるのは彼らの仕事ではないのだ。
(やれやれ・・・。相変わらず人使いの荒いお嬢様であることだ。・・・ドラコとメロヴィングか。まあお嬢様の言う通り判り易い連中であるかもな・・・)
虚実織り交ぜたエージェント達の宴が、これからまた始まるのだ。
果たしてその勝者は誰であるのか・・・。
そうであっても、アレックは相手に後れを取るつもりなど毛頭ない。
(表に現れる戦いの裏側では、それに数倍する影の戦いがあるものだ。それもまた、この世界ならではの娯楽と言えなくもないな・・・)
そんなことを考えながら、アレクサ(アレック)もまた、会議室を後にするのであった。