2. 軍幼年士官学校
ギルとルチアの軍幼年士官学校入学から・・・1週間が過ぎていた。
入学からの日々は特筆すべきものもない、平穏な1週間であった。
ヴァネッサが初日入学手続きに立ち会い入寮手続きを済ます。
二人はクラスメートに挨拶して、一緒に講義に参加する。
ただそれだけ。
二人ともおとなしく講義を聞き、メモを取る振りをしながら日々ぼんやりとスクリーンに表示される情報を眺めていた。
現在は星系軍戦史の時間である。
いかにも眠そうにスクリーンを眺めるギルに、戦史科教師のマテウスがすぐに目を付けた。
「ガーランド候補生、随分と退屈そうだな。手は動いていないし、ノートも真っ白だ。
よろしい、では先週行ったの講義の要約を述べなさい」
マテウスはスクリーン映像を止めてギルを指名した。
教室の後ろの方でひそひそ話が他の生徒達の間を飛び交う。
「おや・・・ネチネチ先生の新入生いびりが早速始まった」
「かわいそー。答えられない箇所をどっさり宿題に出すんだよね。書き取り10ページ提出とか・・・」
憐みの入り混じった、クラスメートの視線にも気付かないギルは平然と起立して発表を始める。
「はい、マテウス先生、始めます。 そもそも星系軍の成立は、新世紀第2期に遡り・・・ 星系政府直属の軍令本部は・・・ 星系社会における貴族制度との関係性で述べれば・・・」
ギルがすらすらと、先週の講義の要約どころか+αまで発表していく。
「「「・・・」」」
教師は唖然としている。
他の生徒達は皆あんぐりと口を開け、まるで信じられないとの顔でギルを見つめている。
ルチアは本格的に居眠りしている。
皆が10分ほどギルの発表を聞かされた後、戦史科教師マテウスはおもむろに発言した。
「・・・ガーランド候補生、大変結構だった。いや・・・完璧だったと言うべきだ。ただ・・・君が今発表した内容は、先週の講義要約を遥かに越えて軍大学の研究科で扱う内容の要約だったのだが・・・」
ギルはにっこりと笑みを浮かべ教師に返答する。
「はい、マテウス先生。先週の講義が大変面白く、(ベリルが)興味を持ったので、講義のあと軍学校のライブラリーで関連項目を検索し、登録されているすべての内容を(ベリルが)記憶しました」
・・・教室中に微妙な空気が流れる。
あたりがひどくざわついている。
「ウソだろ・・・」「ありえない・・・」「話が少しも理解できなかった・・・」
周りから他の生徒達の畏怖に満ちた小さな呟きが漏れ広がる。
「・・・ひょっとして、ティベール候補生も一緒にか?」
一緒に入学し、いつもギルと行動を共にしているルチアに教師が尋ねる。
「はい、マテウス先生。わたくしもガーランド候補生と一緒に、今の内容は学習し(ネンヤが)覚えました」
ルチアがすまし顔で、ごく当たり前のように返答する。
暫くして、マテウスは自分用の書棚の奥から試験用紙を取り出し二人に渡す。
「これはこの教科の最終試験問題だ。君たち二人は今からこの問題を解いて、講義時間の終わりまでに提出する。他の生徒は先週の講義の続きだ」
・・・そう言う訳で、ギルとルチアの二人だけ教室の片隅の席で試験問題を解く。
ものの5分と経たずに二人は全問の解答を終えた。
試験問題は、軍学校ライブラリーに登録されている教本の範囲から出題されるのだから当然と言えば当然だ。
「マテウス先生、終わりました。答案用紙を提出してもいいですか?」
ギルとルチアが立ち上がりマテウスの前まで来た。
教師は受け取った答案用紙に暫らく目を通し、それから額を掴み天を仰いだ。
「二人とも・・・全問正解だ。君たちがここで学ぶべきものはもう残っていない・・・」
ギル達は戦史科履修終了となり、他教科の教室に向かうよう退室を促された。
他の生徒達の"バケモノ"を見るような目に見送られながら・・・。
ギルとルチアは、別の教室へと向かう廊下を歩きながら会話する。
「ねえ。これで良かったのかな?先生、あたま痛そうだったけど・・・」
ルチアがギルに声を掛ける。
「仕方ないじゃん。講義内容があれだけなら、これ以上あそこに居てもしょうがない」
応じるギル。
「・・・これって、ひょっとして"ズル"じゃない?だって試験に答えたのはベリルとネンヤでしょ?」
なんか納得がいかない風のルチア。
「仕方ないじゃん。ベリルもネンヤも、ボクらと不可分な身体の一部だし、ボクらもどっちが考えてどっちで答えてるとか意識してないもん」
既にこの会話に、ちょっとばかり退屈してきた風のギル。
「なんか心やましいと言うか、カンニングしてる気分ですっきりしないんだけど・・・」
関心が薄れてきた風のギルに、少し苛つきつつルチア。
「仕方ないじゃん」
最早どうでも良い風のギル。
遂に"お約束"どおりルチアが爆発した。
「もう!!あんたって"仕方ないじゃん"それしか言わないのね!」
・・・とまあ、そんな調子で各教室を次々と回った二人だったが、すべての教室で同じように履修終了を申し渡されてしまったのだった。
ノエルに言われたように、ベリルとネンヤの存在はひた隠ししていたにも関わらず、既に軍幼年士官学校での二人は"十分過ぎる"ほど悪目立ちしていた。
彼ら二人が軍幼年学校に入学して、ちょうど1週間と1日が経過した日の出来事だった。
・・・・・・・・
同じ日の夕刻、マリーエンブルク軍令本部、参謀部内の一室にて。
ここはノエルのために新しく用意された執務室で、ノエルとヴァネッサの二人は部屋の調度品や私物を整えていた。
「中佐殿に幼年士官学校と軍大学の教授会から、至急連絡と返信要請が来ていますが・・・」
ヴァネッサが携帯端末を見ながら報告してくる。
「・・・いやな予感がするな。ヴァネッサ、オレに転送してくれないか」
そして転送通信を読むノエル。
次いでびっくり仰天の声を上げた。
「なんだって・・・?あいつらを軍大学に編入だって??」
「・・・何があったんでしょう?」とヴァネッサも驚いた声。
幼年士官学校と軍大学教授会からの連絡は、全くもって前代未聞の内容だった。
曰く、二人が入学1週間かそこらで、幼年士官学校のカリキュラムすべての履修を完了したこと。
曰く、二人の講義カリキュラムの理解度は、既に軍大学研究科入学レベルを超えていたこと。
曰く、幼年士官学校からの連絡を受け、各授業での二人の発表内容と試験結果を検討した軍大学教授会が、是非とも二人を飛び級で軍大学へ編入させ、最先端の研究成果を二人に履修させたいとの要望を出していること。
おまけに軍事演習科からは講義のみならず、軍事教練参加についての許可要請までなされていた。(候補生の年齢および体力面は考慮するそうだ。・・・不要かも知れないが)
「・・・いったい、オレたちは何を育てているんだろうな?・・・量子AI積んだヤツらに教育を施そうと言うのが、そもそも的外れだったのかな?」
ノエルが少しばかり慄きながらヴァネッサに語りかける。
「・・・その教育云々は一旦置きまして、彼らの軍大学編入ですが・・・お認めになりますか?」
ヴァネッサが尋ねる。
なおも慄きつつノエルが返答する。
「・・・ここに至れば、今更ごまかしも利くまい。ベリルとネンヤの秘匿を継続するのは当然だとしても・・・。精々あいつらには、他の学生を凌駕するような異常な能力の披露だけは絶対にするなと伝えるぐらいだろうよ。
・・・しかし最先端の科学と軍事技術をあいつらにか?使い方を誤れば、本当にあいつらだけでこの星系世界を滅ぼしてしまいそうだ・・・」
「ですからこそ・・・わたくし達の役割が、今後より重要になるのでしょう?彼らを正しく導き、この世界を破滅から救うものとして。今こそわたくし達はその責務を果たすべきです!」
ヴァネッサからの信頼と確信に満ちた正論を述べる様子に、ノエルがにっこりと微笑みかける。
「君がここにいてくれて、心から良かったと思うよ・・・」
「・・・」
ヴァネッサは嬉しそうに俯いて、恥じらうように頬を少しだけ染めた。
そして、ギルとルチアが軍幼年士官学校に入学してちょうど3ヶ月後のこと。
二人は(何故か)中途編入したマリーエンブルク星系軍大学校を、主席および次席かつ過去最高成績で卒業した。
そして軍令本部からは、二人とも准尉を飛び越した"少尉"を任官したうえで、ノエル達の元に戻ってきたのだった。