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1. マリーエンの4人組の今

帝国統一歴708年2月 マリーエン選帝候マリーエンブルク辺境伯領 

首都惑星マリーエン ザルツァ家宮殿にて


その日、辺境伯領ザルツァ家当主ヘルマン殿下のご臨席の下、ノエル・"フォン"・ローリエの、"新"男爵叙任並びに星系軍中佐昇進の式典と、その祝賀パーティーが盛大に開催されていた。

平民出身の"準"男爵が中佐昇進のみならず、正式な貴族の一員である男爵に叙任されたのは、実に250年振りとのことであった。

ノエルによるバイオロイド10号機の無事回収と、その際に発生したドラコ第3アヴァタール・レギオンとの遭遇戦と敵撃滅および事後処理の経緯は、詳細なレポートとして映像記録と共に軍令本部に提出された。

軍令本部にて格別の戦績と評価された実績を背景に、ヴァネッサがコネを駆使して宮廷工作に暗躍した結果、見事ノエルの男爵位叙任と中佐昇進を勝ち取ったのだ。

そしてヴァネッサ自身も、ノエルの副官として大尉への昇進を果たしていた。

本来のバイオロイド回収任務達成のみならず、あの星系陸戦隊無双と恐れられていたリー大佐率いるドラコ陸戦隊に対する完全なる勝利は、近年希にみる大戦果であるとマリーエンブルクの貴族達の間でも大評判となった。

当然の事ながら、ザルツァ家当主のヘルマン辺境伯殿下ご自身も、いたく今回の慶事をお喜びになりノエルの叙任式にてその功績を激賞されたのだった。

さしものザルツァ家一族に連なる他のお歴々ですら、本音はさておき表向きは言葉を挟む余地なしとノエルの男爵叙任と中佐昇進を黙認せざるを得なかった。

こうしてノエルは、マリーエンブルク星系軍内と貴族達の間に確固たる地位を得て、さらにその才能を嘱望され星系軍参謀部幕僚として迎え入れられることになった。

そしてヴァネッサもまた、引き続きノエルの副官として一緒に参謀部へ異動したのだった。


式典に続くパーティーの主役もノエルであったが、勝手が分からないノエルをエスコート(通常は逆だと思うが・・・)というか引き回して大活躍だったのは、美しいドレス姿のノルトライン子爵令嬢ヴァネッサであった。

「あら、ノエルさま。あちらにわたくしと近しいノディエ男爵令嬢グレーヒェン様がいらっしゃいますわ。ぜひともご挨拶を・・・。その奥ではわたくしの従弟にあたるギーエン子爵のご令息テオドール様が手を振っていらっしゃる・・・」

普段の凛々しい軍人とはまるで別人の様な、かいがいしくノエルの世話を焼く美しい貴族令嬢の姿がそこにあった。

(・・・ノディエ家は我が星系最大の軍需複合企業体コングロマリットのオーナー家です。彼の家との繋がりは今後私たちの助けとなるでしょう・・・)

(・・・ギーエン家は精鋭と名高い民間軍事企業"ホーク・アイ"のオーナー家で、彼自身も有能な指揮官です。階級は少佐。彼と彼の部隊を是非私たちの指揮下に加えたいですね・・・)

彼女は自身と親交のある貴族達に、次々とノエルを紹介うりこみして行く。

(同時に彼らのこの星系内での地位と重要度をノエルに伝えていく)

ノエルはと言えば、正直・・・誰が誰とも覚えきれず、いやもう既に目が回る思いだったが・・・。

「おや、知略の英雄殿の凱旋ですな。いや今回の作戦における大戦果、誠に素晴らしく私もいたく感銘を受けましたぞ」

ヴァネッサの叔父に当たる、ポンメルン子爵(彼は本星系内最大戦力を持つ民間軍事企業"パーシヴァル"のオーナー)がにこやかに声を掛けてきた。

「いやはや、あの"ドラコの狂犬"が戦場を彷徨うろついていると聞いただけで、冷や冷やと生きた心地がしませんでしたからな。それを手懐づけたばかりのバイオロイドとたった二人だけで撃破し葬り去るとは・・・。これは昨今では誰も想像すら出来なかった大朗報でしょうな。あやつを今後再び見る日が来ないとは全くもって喜ばしい限り・・・」

全員が軍の高官で大実業家でもある貴族達の、今回のノエルの叙任に対する受け取り方は概ね友好的であった。

「・・・ヴァネッサ。因みにノルトライン家も、この星系で何か重要な産業を所有していたりするのかな?」

挨拶の波が少し途絶えた頃、小声でノエルが尋ねる。

「・・・情報ですわ。我が家はこの星系随一の情報集積企業体です。星系軍との独占契約で、マスメディアを支配し、所属エージェントを全星系に張り巡らせ、諜報活動で収集したあらゆる情報を星系軍に提供しています。・・・その長官が、最初にご紹介した家令のアレックです」とはヴァネッサ。

そうこうするうち、ヴァネッサは父親のリンハルトにも、すまし顔でノエルを引き合わせる。

「お父様。こちらがノエルさまです。お父様も今回の大戦果による叙任と昇進、さぞかし喜んでいただいた事でしょう?」

権謀術策に長けたさすがのリンハルトであっても、この場では無難に祝意とお世辞を述べるしかなかったのだが、今度は何やら別の心配事が生じた様子で、少しばかり複雑な顔をしつつ愛娘の傍らに立つ青年を黙って見つめていたのだった。


・・・・・


ところ変わってもう片方のギルとルチアはと言えば・・・。

マリーエンに着いたその日から、第911研究所のエリア99内の研究施設内で"検査研究"と言う名のお留守番をしていた。

ギルの存在は軍令本部内の最高機密とされていたので、例え貴族達であってもバイオロイド10号機なる生体兵器の存在は知ってはいても、"ギル"と言う個人を知る者はいなかった。

そしてルチアの存在も、ノエル達によってその正体は慎重に秘匿されていた。

対外的には、作戦の過程で偶然に保護された某ロスト・コロニー先住民の一時滞在者であると。

さて、参謀部に赴任したノエルであったが、第911研究所所長の地位は引き続き兼務している。

その理由としては、先ずバイオロイドのギルが持つ能力の再評価を軍令本部は必要としたが、それにはギルが誕生した第911研究所エリア99が最適であったこと。

次いで今後のギルの作戦運用立案には、911研究所の科学者達の協力と相応の研究設備が備わっていることが不可欠であったこと。

さらには、そもそもギルを適切に管理指導が可能な軍の人材がノエル以外におらず、実績からしても彼がギルの管理責任を担うのが妥当と軍令本部が認めたからであった。

参謀部にしても、ノエルを新設のバイオロイド運用戦略担当参謀としたので、それはそれで実務的に全く支障はなかった。

ノエルにしても、その状況を自身を含む仲間の野望の為に最大限利用していたので、第911研究所エリア99はいつしかノエル達4人組のアジトになっていた。


式典が終わった次の日、そのエリア99内の所長執務室にて、ノエル達4人組は今後の活動方針を検討していた。

先ずはノエルが現状説明ブリーフィングと話の口火を切る。

「とりあえずギル達はオレ直属だとの認識は、マリーエンブルク星系軍全体で共有された。それにギルとルチアには、正式なマリーエンブルク市民権が与えられることも決定した。君たちはここで当然ながら"人"として扱われる」

「市民権が無かったらどうなるの?」

ルチアが聞いてくる。

「なんら保護も権利もない他星系の旅行者扱いか、アンドロイド同様に人ではなく単なる機械や戦闘兵器として扱われる。それは嫌だろ?だから公式に"市民"と認められることは大切な事なんだ」

ギルとルチア二人が真剣な表情で頷くなか、ノエルがルチアを見て続ける。

「今回オレは敢えてルチアの存在を表に出さなかったんだが、今後の方針を考えるに当たって、君と"ネンヤ"の能力を正確に把握しておきたい。検査研究の結果を教えて欲しい」

ルチアがノエルに自身の検査結果を説明する。

「あたしが"エルフ"なのか、そもそも"エルフ"て何なのか、結局研究者達には判らなかったみたいだからそれは置いとくとして・・・。額にある"ネンヤ"は"ガラドの奥方様"が持っていた能力をすべて引き継いでいることは判った。あと奥方様の知識の大部分もね・・・。適切な触媒(植生)さえあれば、一定範囲の自然現象を操作して探知や妨害とか出来るし、環境と条件さえ整えばたぶん魔弾まだんも撃てる・・・」

「こりゃ驚いたな・・・。あのゴライアスを破壊した魔弾か?ギルだけでなくスーパー戦士が二人になったみたいなもんだな・・・」

「ほんとびっくりね・・・」

ノエルとヴァネッサが、想像以上だったルチアとネンヤの能力に驚愕の表情を浮かべている。

「但し!あたしの身体は普通の人間と大して変わらないんだから!攻撃を受けたら傷つくし、ギルみたいに強化されて速く動いたりは出来ないんだからね!」

戦闘機械扱いされてたまるかと抗議するルチアにギルが補足した。

「ボクを通して"ベリル"が研究所の科学者達と協議したんだけど・・・、ルチアの"ネンヤ"はこの世界では未知の物質で出来てるんだって。だから解析不能で再製も複製も出来ないらしい。母さんが死んで、今やベリル以外の生体AIは作れないのでボクもルチアも唯一の存在なんだってさ」

「ネンヤにも人格・・・意志とかあるのか?」

ノエルが尋ねる。

「いつも傍にいる訳じゃないの。必要な時だけ勝手に出てくる感じ。その辺はギルのベリルとは違うとこ」

ルチアの返答に、(同意)とベリルが応じた。


ノエルはヴァネッサと二人だけで、何やら話した後に切り出した。

「この世界について十分理解出来てない君たちを、いきなり戦闘に放り込んだりはしないし、それはオレがさせない。そこは安心して欲しい」

大きく頷くギルとルチアの二人。

「ただ君たちは既に軍属でもある訳で、今後ある程度は軍令本部の意向に従って行動する事もあるだろう。もちろんその中身はオレが十分に吟味する。危険度や君たちにもメリットがあるかどうかとか。・・・そう言う約束だからな」

そこでまた、例のごとくノエルがとんでもない事を言い出した。

「それでだ。・・・君たちにはしばらく"学校"に行ってもらおうかと思う」

事前に相談を受けていたらしいヴァネッサに表情の変化はなかったが、初耳のギルとルチアは大変驚いた。

「がっこう・・・?」「・・・しばらく?」

オウム返しするしかない二人。

「ひょっとして、ここの子供たちが勉強するってとこ?」

ようやくギルがベリルの知識を借りて聞いてきた。

「そうだ。ただ普通の学校じゃない。星系軍の幼年士官学校だ」

それにノエルが平然と答える。

「それなに?」

「?」とギルとルチア。

「ここの貴族の子弟が行く軍学校だ。ここでは貴族はみな軍人だ。軍学校を出れば准尉を任官する。普通は1年間だが、君たちは3ヶ月。あくまでここの常識と軍の基礎知識を身につけるのが目的だ。軍事教練とかは必要あるまい」とノエルが説明する。

「なんで貴族の子供が行く士官学校にボクたちが?」

「・・・???」

ギルは理解できない。ルチアは既に話に付いて行けてない。

すると今度はヴァネッサが、順を追って軍の仕組みを説明し始める。

「他の星系でも同じだけど、正式な軍人はみな士官しょうこうなの。成人貴族は全員軍に所属するから全員が士官で、貴族の子弟もいずれ必ず士官になる。普通の平民は従軍しないから、一般兵はアンドロイドしかいない」

「あなた達は軍属で人でしょ?だったら幼年士官学校に行って準士官になるしかない。ところが士官しょうこうになれるのは、本当の貴族か準貴族だけ。それなのにあなた達は未成年なので準貴族にはなれない」

「???」ギルも話に付いて行けなくなった。

「@@」ルチアは目が宙を泳いで明後日を向いている。

「そこでだ」とノエルが話に割り込んでくる。

「オレはつい先日、"お貴族様"の仲間入りをした。オレは君たちの保護者だから、君たちを書類上オレの養子ってことにしたんだ。今の君たちは"ユング・ヘル"つまりは、貴族の未成年子弟である"ユンカース"って身分だな。その資格で以て、君たちは幼年士官学校に入学し、卒業後は軍の準士官になるんだ。これは君たちが人として、今後もオレたちと一緒に行動するためには必要なことなんだ」

「ボクたちが貴族の子弟・・・?」

ギルが呆然と呟く。ルチアは無言だ。

ヴァネッサが再び語りかけてきた。

「幼年士官学校に入るとなると、市民局と星系軍に登録される姓名が必要だけど、あなた達の名前はともかく姓はどうする?ノエルの姓をもらうなら"ローリエ"になるけど・・・」

これまで一言も発しなかったルチアが、突然勢いよくしゃべり出した。

「ネンヤが言ってる!ギルとあたしには、いにしえより約束された名前があるんだって。ルーンの発音だと"ギル・ガラド"と"ルティエン・ティヌベル"って言うの」

ノエルが驚いたようにルチアの方を見る。

「古より約束された名前って・・・。なんだそりゃ?・・・まあネンヤが言うなら何かの意味があるんだろうな。・・・まあいいか。じゃあこちら風の発音と綴りで、ギル・ガーランドとルチア・ティベールにしよう」

「いい名前ですわ」とヴァネッサが賛成し、ギルとルチアも満足そうだ。

ノエルがもう一つ懸念材料を付け加える。

「・・・ギルの"ベリル"とルチアの"ネンヤ"だが、どちらもそのまま額につけたまま軍学校に行けば悪目立ちする。軍令本部もオレも、君たちの正体を他の生徒達に明らかにするつもりはないし、そうする益もない。要らん混乱が起こるだけだ。・・・なのでそれを隠すことは出来るか?」

「ボクは出来るよ。ただ隠すと思考速度と感覚が少しだけ鈍るけど」

ギルがそう言って額のベリルをなぞると、ベリルは額の中に吸い込まれ、後には小さい縦皺だけが残った。

「あたしはそんな器用なこと出来ない!」

ルチアはどうやら無理そうだ。

ヴァネッサが何かを考えながらルチアに提案する。

「貴族女性にはティアラをしてる子もいるし、髪飾りと額飾りを組み合わせればそれっぽく隠せるかも。わたくしが持ってる装飾品で、軍務で用いてもおかしくないのを見繕いましょう」

「ヴァネッサ!キャーすてき!大好き!!」

現金なルチアは大喜びだ。

「ヴァネッサ、助かった。ありがとう」

ノエルもヴァネッサに礼を言う。

「どういたしまして。ノエルがこの子達の書類上の養父なら、さしずめわたくしの役割は母親代わりね。・・・それはそうと、独身男性に養女がいるってあまり外聞が良くないかもね。なにか誤解されそう・・・」

ヴァネッサが何かを期待するように、キラキラした眼差しをノエルに向ける。

「・・・」

ノエルは笑顔をひきつらせて、ただただ冷や汗を流す。

ルチアは二人を交互に眺めては楽しそうにニヤニヤしてる。

ギルは・・・相変わらず、何も気づかずにポカンとしていた。


・・・さておき。こうして、ギルとルチアは生まれて初めて、学校なるものに入学することになったのだった。


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