転生司祭は逃げられない 3
「「勇者パーティに相応しくない」。当然です、私は本来その一員ではないのですから」
視線を彷徨わせ膝のうえで無意味に指を組んだ。
「かつてローゼマリー様は勇者と聖女を、つまり彼らの姿を視たでしょう?それから廃墟と化す村の光景を」
「何故それを?!まさかあれも……」
先読みを言い当てた僕に驚愕をあらわにするローゼマリー様。畏怖と畏敬の混じった瞳を向けてくる彼女からそっと視線を逃がす。
ただのインチキなんです、ごめんなさい。
「本来の未来では、勇者と聖女の存在を知った王はすぐに声明を出しました。力とか名声とか大好きですしね、あの男。彼らを探し出すために二人の特徴と村の様子を大々的に。後先も考えずに」
意識せずとも声が冷える。
「質問です。まだ特別な力も持たない子供の情報を大っぴらに開示して、将来、自分達を滅ぼすかも知れないその存在を知った魔族たちはどうしたと思います?」
「まさかっ」と幾つかの声が響いた。
そう、答えなんて子供でも少し考えればすぐわかる。
「廃墟と化し、燃える村。ローゼマリー様の見た光景が私たちの住んでいた村かはわかりません。辺境の村など大した特徴もない。派遣された騎士達が勇者と聖女を探し出すより早く、幾つもの村が襲われ、殺されて焼き払われたのですから」
ミシェルたちの住んでいた大本命の村もその一つ。
「人に役割があるのなら、私は彼らを旅へと駆り出す“導き手”です」
勇者と聖女を旅立たせる、それがミシェルの役割の全て。
「『勇者』や『聖女』が魔王討伐に旅立つには、その『理由』が必要でしょう?」
困ったような笑みに、ヒュッと息を呑む音が被る。
「し、さい、さま……?」
「村を襲った魔族を前に、私が守れたのは二人だけでした。アーサーやユリアが、魔族を憎む理由になり、旅立つ理由になる。それが私の、私たちの村の役割です」
カタカタと震えるユリアの頭に手を乗せ、掴んでいたのはこちらの筈なのにいつのまにか縋るように掴まれたアーサーの手を指で撫でる。
「だから、否定できる立場じゃないんですよ。相応しくないのも、能力が劣ってるのも当然。そして「勇者や聖女を利用して」という言葉だってある意味正しい。現に私はその悲劇が起こるより前にアーサーやユリアに力をつけさせ、王の愚行の前に名を響かせた。原因となる魔族も討伐させて、自らの“死”を回避しているのですから」
「ですがそれはっ!」
「うん。結果的に多くの村が救われ、悲劇は防がれた。決して自分のためだけの行動ではなかったけど、私自身が助かっているのも事実だ」
その行動を間違いだとは思っていない。
だって死にたくないし、死なせたくなかった。
だけど_________。
「割り切れないんですよ」
はぁ、と溜息を吐いて前髪をくしゃりと握る。
「村の悲劇も、ハイエルフに戦争をしかけるのも、その他の愚行の原因となる未来も防いだ。未然に防いだ罪で裁くことは出来ないし、ましてはアレは一国の王です。国の今後の為にも正当な方法で裁かれ代替わりがあるべきだ。わかっていても苛立ちも憎しみも消えない」
正直、ボッコボッコにしてやりたかった。
……いや、待てよ?一発、殴るぐらいはいいんじゃないか?
拉致監禁っていう被害被ってるんだし、正当な権利では?
はっとして顔を上げればその考えはすぐ消えた。一発殴るどころかぶっ殺しちゃいそうな面々が目に入ったからね。
うん、手出し厳禁。私刑はだめだよねー。
「性根のそのままだったあの王はともかくとして、国の人間も……ぶっちゃけ全て苛立たしいんですよ」
「国の民も……?」
「誰も彼もお祭り騒ぎ。わかってるんですよ、人々の喜びも安堵も。だけど……無責任にはしゃぎ、彼らを持ち上げる人々を見て思わずにはいられないんです。「自分たちは何もしないで、全部押し付けておきながらいい気なものだ」って」
驚いたみんなの目が痛い。
ええ、そうですよ。穏やかな笑顔を取り繕いながらそんなことを思ってましたよ。
「だって知ってるんです。憎しみを、怨嗟を宿した彼らの表情を。私が知っている未来は……もっと酷くて、人々にも余裕がなかった。訪れた村や町で「どうしてもっと早く来てくれなかった!」「お前らの所為だ!!」そう罵って石を投げつけた彼らを知ってる。その言葉を、憎しみを、村の悲劇を、背負わなくていい責任の全てを黙って背負い込んでいたアーサーたちを知ってるんです」
逃れられない痛みを、傷を、まるで転嫁するように。
「何故、そんなことができるんです?何も悪くない、自分達を助けてくれた相手に。『勇者』だからですか?『聖女』だからですか?『特別』な力を持つ者相手なら、どんな責任も痛みも押し付けて構わないとでも?どうして何も思わないんです?アーサーもユリアもまだ子供で、ヨハンなんてまだ十代にもならないんですよ?どうして簡単に全てを背負わせられるんです?」
ああ、胃が痛い。
「 “仕方がなかった” んだって、わかってるんです。
『特別』でもなんでもない弱く平凡な人々にはどうすることもできなかったんだって。だけど私はそれを憎んだ。誰よりもその権利がないのは私自身なのに」
だけどこの痛みは、自業自得。
「私は未来を変えた。だけど、変えなかった。
自らの“導き手”としての役割を。アーサーやユリアの未来を変えてあげなかった。みんなを旅へと連れ出した。未来を知っているから、魔王を討伐するために “仕方がない” そう言い訳を重ねて利用したんです。責める権利なんてないのはわかってます、結局私は彼らと同じどころか誰よりも罪深い……」
「違うもんっ!!」
飛びつくように抱き着いてきたユリアにぐらりと上体が傾いた。
「司祭様は助けてくれたっ。危ない旅にもついて来てくれた。好き勝手なことばっか言ってなにもしてくれなかった人たちとは違うもんっ」
「そうです。司祭様がご自分を責める理由など何一つありません」
「魔王討伐だって司祭様のお願いだから行ったんだもん。私とアーサーの功績は全部司祭様のだから、魔王を倒したのだって司祭様の功績なのに司祭様をイジメるなんて城も国の人も嫌いっ!」
「全て優しい司祭様のお望みあればこその魔王討伐です」
「そうだよ!ほんとは魔王なんてどうでもよかった。司祭様が悲しむから頑張っただけだもん。その司祭様を苦しめるなら人間だって許さないんだから」
「ああ、許しがたいな」
泣きながら訴えてくれるユリアとぐらついた肩を支えて慰めてくれるアーサーに感動してたら、やまない掛け合いに感動はどっか吹っ飛んだ。
ちょっ、物騒!なんか仄暗いオーラ立ち昇ってんですけど?!
どーどーと肩を掴んで落ち着ける。
ダメ、人間相手はダメっ!
「もしかして、俺らの前からも黙って姿消したのはその罪悪感もあってとか?」
「……はい。正直、あの王や環境もなんですけど、何も知らずに身勝手な私を無邪気に慕ってくれるこの子らが一番、耐えられなかったんです」
「そんな……?!」
「居なくなっちゃ嫌ですっ!!」
「私はそんなに二人に慕って貰えるほど優しい人間でも人格者でもないよ」
「「そんなことないです!!」」
「司祭様は世界一優しいですっ!!」
「司祭様が人格者でないなら世界中の人間はクズです!」
「…………」
時々、本当に時々、思うんだけど。
僕って実はとんでもない洗脳とか魅了とか禁術的なナニかの使い手だったりすんのかな?
二人の盲信っぷりが恐いんだけど。
インプリンティング?
わんことにゃんこだと思ってたけど、二人は実は鳥類だったの?刷り込み効果??
疑問を口にだせば(鳥類うんぬんは言ってない)、「なに言ってんだコイツ?」的な反応を予想してたのに真顔で返された。
「一応、ヨハンに状態異常無効の魔法試してもらったけどダメだった」
……まさかの試されてた。
思わずこっちも真顔になる。
そしてほら、王子とかアルトとかドン引いてんじゃん。
「あの、ミシェル様。アーサーさんたちの言う通りミシェル様は何も悪くないですし、どうか気に病まないでください。それに、その……」
膝の上でギュっと拳を握ったヨハンくんの瞳がうるっと滲む。
「ミシェル様がいなくなったら……お二人が本当に世界を滅ぼしちゃいそうなので、どうかお二人を見捨てないでくださいっ!!」
「…………」
思わずチベットスナギツネのような虚無顔を披露する僕に「それな」「それよね」と仲間たちが無情な追い打ちをかける。
「世界を滅ぼす……勇者なのにか?」「じょ、冗談でしょう……」外野ザワザワ。
「やりかねねーだろ、お前に手ぇ出そうとした魔王にキレてリンチしてブチ殺すような奴らだぞ」
「ちょっとっ!!それは他言無用って言ったでしょ?!」
「そうですよウルフさん!ダメですってばっ!!」
顎をしゃくるウルフに慌てたシルフィーナとヨハンくんが制止を掛けるも、二人とも、その必死な制止は事実って認めてるようなもんだよ?
「魔王をリンチ……」「リンチ…嘘だろ……」ほら、チベットスナギツネが絶賛増殖しちゃったじゃん。
あちゃー、って顔したジャンさんが額を押さえながら溜息を吐く。
「とにかく、ちゃんと手綱握っててくれないと。飼い主さん」
当の本人たちもペット扱いされてんのにコクコク頷かないでよ、まったく。
そんなこんなで、プチ尋問&僕の懺悔はなんともビミョーな感じで終了した。
精緻な装飾のなされたバラ窓のステンドグラスが美しい光の模様を織りなす祭壇の前に跪き手を組む。
敬虔な祈りの姿を模したそれは、心の中で愚痴を吐き出すデトックスタイムで、僕の長年のルーティーン。
バァン!と壊れそうな勢いで扉を開け放ったアーサーとユリアが実に元気よく駆けてくる。
「司祭さ……違った。ミシェル様っ!!」
「し、ミシェル様、やっぱりここに居た!」
「アーサー、ユリア、扉が壊れてしまうでしょう?」
「すみません」「ごめんなさーい」
しゃんと項垂れて上目遣いに謝罪をしながらも、次の瞬間には満面の笑みで懐いてくるわんことにゃんこ。飼い主に獲物を見せるペットみたいに「褒めて、褒めて!」と人助けや討伐した魔物のエピソードを披露してくれる二人。
いや、凄いし偉いんだけど……話のスケールデカ過ぎて笑顔が引き攣っちゃうんだけど?勇者と聖女、ハンパない。
「ミシェル様、お祈りは終わりましたか?」
「終わったら一緒にお茶しましょう?いいでしょう?」
ね?とおねだりされて腕を引かれる。
あの後、魔王討伐を頑張ったご褒美を僕は二人に要求された。
おねだりの内容は_____________。
どうやら僕は、逃げられそうもないらしい。
逃げたら世界が破滅の危機を迎えてしまうそうだから。
もう、逃げる気もないけど。
これにて本編は完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
省いた部分やその後のお話がいくつか頭にあるので、番外編をちょこちょこ書くやもです。