転生司祭は逃げられない 2
「えっと、経緯を説明してもらっても?」
仕切り直しのあとに説明されたそれは、頭が痛くなるものだった。
「ミシェルが居なくなって大騒ぎ」
「暴れて泣きじゃくって、当然のように捕獲に向かおうとしましたの」
「んで、王と揉めた。そこのポンコツどもが使い物にならねぇ所為でロクな抵抗も出来ずに捕まった。そいつら、お前居ねぇとほんと使えねぇ!」
「だって司祭様がどうなってもいいのか、って王様が」
「もし万が一、司祭様が本当に囚われてたらと思うと……」
「あともう少し遅かったらアーサーさんたちが闇堕ちしちゃうとこでした」
勇者が闇堕ち……。
衝撃ワードに思わずえぐえぐするヨハンくんを凝視した。
「アーサーさん、ミシェル様に何かあったら……世界を滅ぼそう、って」
ぐるん、って首をヨハンくんからアーサーへ。
いやまて、アーサー。ここ、照れるとこじゃないから。
「ユリアも人質に取られたし、アーサーも使い物になんないし、とりあえず一先ず大人しく捕まってた。アーサーたちの狂気は感じとってたみたいだし、アイツらも必死こいてミシェル探してたしね」
僕からも簡潔に経緯を説明する。
城を出たあとしばらくして勇者パーティ監禁という不穏な噂を聞き、まさかな?とは思ったもののそのまさかで。実力面で後れを取るわけもないみんなが捕まったなら何か理由がある筈。
そしてその理由が一つしか思いつかなかった。
僕が居なくなった所為?
「まさかねー!」と笑い飛ばしたかったが、疑念が晴れず、
「それで合流するのが一番かと思ったんですよね。王城を訪ねるのも一手だったんですが、王が姿を消してるって噂も耳にしてましたし。なら、手っ取り早く捕まってしまおうと」
変装もやめて、敢えて目立てばわりとすぐ攫って貰えた。
状況報告に王子や騎士団長たちが何とも言えない表情してる。
片や囚われてることには危機感を抱かずむしろ仲間の精神状態に危険を感じ、片やわざと捕まりにいってるしね。
まぁ、なにはともあれ。
「本当に、すみませんでした」
僕は潔く、頭を下げた。
薄々気づいてはいたが、四人にはとてつもない迷惑と気苦労をかけたようだ。
ほら、アーサーとユリアも謝んなさい。
「で?」
顔を上げた僕を六対の瞳が見つめる。
「それで?一番、肝心な話がまだなんだけど?」
「司祭様はどうして居なくなってしまったんですか?」
「黙って一人で居なくなっちゃった理由は何ですかっ?」
たらり、と嫌な汗が背を伝う。
サンドイッチ状態のままアーサーとユリアに詰め寄られ、逃げ場がない。
うわぁ、言いたくない。
さっきの花妖精たちみたいに口を塞いで“黙秘”してもいいかな?
ダメだよね??ゆるふわなあの子らと違っていい歳した男がそんなことしても可愛くないからダメだよね……。
「もしかして、わたしたちのこと……嫌いになったんですか?」
「俺たちはもう要らないんですか?」
くぅ~ん。にゃぁ~ん。
寂しげな鳴き声の幻聴を響かせながら「捨てないで」とうるうるおめめで訴えてくるわんことにゃんこを前に僕は白旗を上げた。
「いい機会だと思ったんですよ」
「……?」
「魔王討伐の旅も終わりパーティも解散です。私が居ればアーサーやユリアはそのまま着いてこようとするでしょう?嫌いだとか要らないとかそういうことでなく、自分達の望む道を自分達で選ぶべきだ」
「それにしたって急すぎるでしょ?みんなが解散する時でいいじゃん」
ジャンさんの指摘にうっ、と泳いだ視線が無意識に王子たちへ向く。
「……国にとっても、私の存在は邪魔者でしょうし。こちらとしても居心地が悪かったですし……」
言葉の途中でグワッと両隣から噴き出した殺気と怒気にビクッと肩が揺れる。立ち上がろうとした二人の服を掴んで抑えたのは完全に反射だ。
だてに長年トレーナー……違った、保護者やってるわけじゃない。
なのに機嫌が悪そうなウルフやシルフィーナが王子たちに嚙みついた。ジャンさんやヨハンくんも冷ややかだし。なんで君たちまで??ちょ、僕の手に負えないっ!!
「それにちょっと体調も……」
矛先を変えようと続けた言葉に、僕の体が激しく点滅した。
ピカピカピカ―っ!!
ニュース画面なら「フラッシュの点滅にご注意下さい」って注意喚起のテロップが出るぐらいの点滅具合に眩しっ!!と思わず腕で目を庇う。発光元、僕だけど。
瞼の奥でも感じる点滅ラッシュが終わり、恐る恐る瞼を開いた僕はまたもビクッと肩を揺らした。
みんなの瞳がマジすぎる。えっ?なに、なに?こわい!!
「どこが悪いんですか?」
フラッシュの犯人、最高出力の回復魔法を連発したユリアが押し殺し過ぎて感情を感じられない声で問う。アーサーは死にそうな顔色だし、ジャンさんとかはともかくウルフまで深刻な表情ってレアじゃない?
「えっ、なに??」
心の声がそのまま漏れた。
「なに??じゃないわよ!!具合、悪かったんでしょう?!あんな死にそうな顔するぐらい!!」
「ユリアさんの回復魔法でも治らないなんて……。でもっ、僕とユリアさんが絶対に治療の方法を見つけてみます!!」
「絶対、絶対に司祭様を死なせたりしませんっ!!」
「伝説の秘薬でもなんでも絶対に見つけてみます!!」
……。
状況把握にやや時間がかかったが、シルフィーナの精霊魔法で苦しむ僕の姿を見たらしい。で、体調不良を口実にパレードや会食を断った僕は、当然のように心配したユリアの回復魔法を受けていた。なんならヨハンくんのも。
超絶優秀な二人のそれを受けても治らぬ病=ヤバい病と認識されたらしい。
あ、因みに疲労や心労は魔法で緩和はできても消えないから、治療後に僕が休んでたのは疲れが溜まって体調が戻ってないと思われてた。
それはおいといて、と。
真剣なみんなや「だいじょうぶ??」「ミシェル、死なないで―!」って僕のまわりでふよふよする花妖精たちを前に非常に言い出しにくいことこのうえない!
だが、言わねばならぬ!!勇気を振り絞った僕は決死の覚悟で口を開いた。
ああ、胃が……。
「あのっ、その、平気です」
いや、聞け。
「みなまで言うな、わかってる」みたいな顔やめて。絶対にわかってないから。
「……胃が、痛いんです……」
僕は両手で胃を抑えた。
「ストレスからくる胃痛と頭痛なんで」
やだー、美形sがそろって間抜け面してるー。貴重ー。
まるで未知の言語を聞いたかのようにぽっかーん!な顔を披露する面々を前に心の中で白々しく呟く。
ええ、ただの現実逃避ですが何か?
「「「はっ?」」」
時間差で漏れた心底意味がわからないといった声が僕のスイッチを押した。
「だから、ただの胃痛と頭痛ですってば!重病でもなんでもないです。薬のんだらすぐに治るし、でも心因性だから治ってもすぐ痛くなるんですよ!!
戦闘とか、そもそもグロいの苦手だし、体力も精神力も削られるし。みんなすぐに揉め事おこすし、喧嘩するし!やっと魔王討伐も終わったと思ったら周りの人からは「なんか一人場違いなの混じってる」って視線で肩身が狭いし!面倒な貴族とかあの馬鹿、違った愚王とかやたら絡んでくるし!!」
すぅっ、と息継ぎを挟み、目の前の王子と騎士団長を軽く睨む。
「大体、場違いで地味な司祭が一国の王に呼びつけられて断るすべなんてないじゃないですか。関わらせたくないならそっちで留めてくれませんかね?!そもそもこっちだって好き好んで関わりたくないですよ。正直、ぶん殴りたくて仕方ないの堪えてたっつの。
能力が劣ってるのは事実だから微妙な視線はいいとして、「ついてくだけで栄光が手に入んなら俺も行けばよかった」とか休日に仕事入っただけで「彼女と約束あったのに!」とか嘆いてる奴に勤まるわけあるか。魔王討伐の旅に定休日なんてないわ!終いにゃキレるぞって話ですよ!!
旅の最中よりも旅終わってからのが精神的ストレス大きいってどういうこと?!」
グチ、大爆発。
あ、後半の話は若い騎士が軽口叩いてんの聞こえたやつね。
突如ブチ切れた僕に場が引いて、落ちた沈黙に僕もスッと熱が引いた。
冷静になると人って後悔が襲ってくるもんだよね。
「その、申し訳ない……」
「大変失礼致しました」
しかも一国の王子と騎士団長に素直に謝られてしまい、溜飲が下がるどころか気まずさハンパないし、引いてるみんなの視線がめっさ痛い。
「……そんなことが。許せない」
「あの王様、殺した方がいいですか?あと他にも」
気まずいとか視線が痛いとか言ってる場合じゃなかった!?
よし止めて!!あとユリア、他にもって誰を想定してるのかな?
「あー……と、ごめん。俺らも旅の面倒事、結構ミシェルに丸投げしてたし。あと城の連中の対応とかにも気付いてなくて。そんなしょっちゅう呼び出されたりしてたんだ?」
「勇者や聖女を手懐けるのにいいエサだと思われたんでしょうね。変なのは寄ってくるし、お蔭でまともな人達には疎まれますし」
「でもミシェル様が怒るのなんて初めて見ました」
こくこくと頷く勇者パーティ。
僕、そんな温厚な認識なの?
割とキレてるよ?心の中で。
「普通に怒るしムカつきますよ。大人ですし、揉め事ふやしたくないから表に出さないだけで。でもあの馬鹿だけは無理なんですよね。あのまま城に滞在してたら胃に穴あいてました、多分」
「その、王…父はそれほど司祭殿に無礼を?」
「いえ、侮りが透けて見えましたけど丁寧でしたよ。利用価値を見越してでしょうが。でも無理。アーサーたちを利用しようとしてることも無理なら、存在自体生理的に無理なんで」
もうぶっちゃけちゃってもいいよね?
でもその前にしなくてはならないことがある。
「王子殿下」
居住まいを直し、真正面から王子を見据える。
「貴方はあの王の処遇をどうなさるおつもりですか?不遜ながら、騒動に巻き込まれ、また解決に関わった者として私たちには聞く権利があります。今、この場でお答えください」
逸らすことを許さぬ視線に、躊躇いの後、王子は真っ直ぐな視線を返した。
「王は国を危険に曝した。許されることではない。王の地位を剥奪したうえで斬首することになるだろう」
「そのお言葉、決して違えることのありませんように」
しっかりと念押しまでしてから、一同へこの処罰に関し手出し禁止を言いつける。よし、頷いたな。
不満たらたらだけど了承したよね。撤回は無効だから!
「随分こだわるねあの王に」
「当然ですよ。アレが魔族を呼び寄せる愚行を犯すかもと知っていながら未然に防ぐことをしなかったのはその為ですから。待ってたんです、この時を」
「何のためにだよ?」
「王を裁くにはそれなりの罪状が必要だからですよ」
「えっらい嫌ってるね、あの王のこと。確かにムカつく奴だったけど」
「ええ、大っ嫌いです」
深く刺さった棘のように、抜けない痛みがある。
火傷のように、鈍く胸の底で疼き続ける痛みがある。
本当は、言わないでいようと思ってた。
だけどもう耐えられそうにない。だから、
さぁ、懺悔を始めよう_____。