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転生司祭は逃げだしたい(勇者パーティ視点) 2



ミシェルが胃痛に耐えかねて逃亡を果たしてから数日、城は異様な静けさに包まれていた。

街は未だ魔王討伐の華やぎに溢れ、だがその一方で王都の中心でもある王城は奇妙な緊張感に支配されていた。

連日のように行われていた会食やパーティーが鳴りを潜めた。王や勇者一行の姿を見かけなくなった。厳しい表情をした第一王子が側近らと密談している。騎士たちが物々しい雰囲気で見回りをする姿が目に付く。


それは、張りつめた糸の様な危うい静寂。

まるで、そう 嵐の前の静けさそのものだった。


嵐の中心だろうその存在。

アーサーたち勇者一行は囚われていた。


がらんと広い室内は、数日過ごした自分達に与えられた客間の豪華さとは比べものにならないが客間としてはそれなりだ。出される食事も、用意される衣服も客人に対するものとして不足はない。

ただし、それもすべて……

巻き付けられた拘束と、武装した見張りの存在さえなければ、だ。


ミシェルの突然の失踪は勇者一行に混乱をもたらした。

特にアーサーとユリアに至っては混乱というか錯乱状態。城中をミシェルを求めて爆走し、止めようとしたウルフと乱闘を繰り広げ、シルフィーナの精霊魔法で見たミシェルの状態にまた恐慌状態に陥った。


「今頃あの子ら泣いちゃってるかなぁ」どころじゃない。

「アーサーさんたちが闇堕ちしちゃうかと思いましたぁ」えぐえぐ泣いたヨハンは後にそう語った。


すぐに城を飛び出てミシェルの捕獲……もとい捜索に乗り出そうとした彼らを止めたのは王。

捜索隊を編成することを約束され応じた彼ら。

もちろん、闇堕ち寸前の勇者と聖女はすんなり納得しなかったがジャンが何とか説得した。

行き先の手掛かりもなく、何らかの対策済みだったのか獣人のウルフの嗅覚でも、シルフィーナの精霊魔法でも居場所を辿れない。ならば王都に土地勘のあるものに人海戦術で当たってもらった方が早いだの言葉を尽した。

口にした言葉は本心でもあったが、なにより必死だった。

何故なら止めないと「うるせぇ、知るか!邪魔すんな!」とばかりに人間相手に大虐殺が始まりそうだったから。


その時から拘束されていたわけではない。不穏な対応もなかった。

事態が急変したのは三日目。


一日目は錯乱し、二日目は廃人化し、だんだんと瞳から光が失われ、ぶつぶつと不穏な言葉も混ざりはじめ、いよいよ闇堕ちの気配が濃厚になってきたアーサーとユリアの我慢が臨界点を突破した。




□ウルフ視点



マジふざけんな。

思わず舌打ちが漏れる。

手足にはおもり付きの手枷足枷に、全身に巻き付くうっとうしい鎖。鉄臭いそれらを纏わせながら心の中で悪態を吐いた。


突然、消えたミシェルもミシェルだがそれ以上に衝撃的なのはアーサーとユリアの使えなさ具合だ。

ポンコツにも程がある。


あの二人が異常なほどにミシェルに傾倒してるのはわかってた。だが、その認識は甘かった。あれは狂気と呼ぶに相応しい。

正直、ドン引きだ。



ミシェルが見つかる前に二人が壊れるんじゃないかと戦々恐々としながらも状況を見守ってたけど、ついにアーサーたちの我慢が切れた。「早ぇよ!!」と言いたいところだが、二人を見てればそれでも我慢した方なのだというのは嫌でもわかる。


城の人間を振り切ろうとした時、あの偉そうな王が叫んだ。


「あの司祭がどうなってもいいのかっ?!」


最後まで聞くこともなく、獣みたいに跳躍したアーサーが聖剣を振りかぶったその時だった。


「待ってっ!!」


制止の声をあげたのはユリアだった。

首の皮一枚を切って止まった刀身。


「……司祭様は何処にいるのっ?」


無様に腰を抜かし、尻餅をつきながらずりずりと這い下がろうとしていた王の瞳が懇願を含んだユリアの声に色を変えた。


「……わ、わしを殺せば…二度と、会うことは叶わん。し……司祭、殿は丁重におもてなししておる。大人しくしてさえいれば、危害は加えぬと約束しよう」


そんな戯言に耳を傾ける必要なんざなかった。

ぶん殴って、本当に知ってるなら居場所なりなんなり聞き出せば良かっただけの話だ。現にいつものアーサーたちなら躊躇わなかった筈。


だけど今回は、

ミシェルがそこに居なかった。


もし目の前にアイツが居たなら、アーサーたちの前でアイツに危害を加えようとでもすれば……相手が魔族だろうと人だろうと構わず地獄へ速攻で招待しただろう。

だが、ミシェルは居なかった。

そしてアーサーとユリアにとって、ミシェルが傷つけられることは例え可能性の話だろうと何より恐ろしいことだった。


結果、アーサーとユリアが使い物にならなくなった。

ユリアの首に首輪が付けられ、刃が突き付けられた。

魔力封じの首輪だのなんだの王は言っていたが、ぶっちゃけユリアの魔法なんざなくとも全員ぶっ倒すのはわけもない。

但し、ユリアが正常な状態であれば、だ。

正常な判断能力さえあればユリアだってそこいらの人間にゃ引けを取らない反射神経はあるし、構わず攻撃を仕掛けられる。だけど棒立ちで腑抜けた今のユリアにそれを期待できるかはわからない。

俺やアーサーならともかく、ユリアなら通常の剣で傷つけることも出来るだろう。


「ミシェルだってそれなりに強いんだからそう簡単に後れを取らない筈だ」


「その男が言ってることが真実かはわからないわ」


ジャンやシルフィーナがそう諭しても、


「でもっ、司祭様は具合が悪かったのに?そこを襲われてたら??」


「それに司祭様はお優しい。もし誰かを人質に取られたら……」


ポンコツ二人は僅かな不安にも耐えられず、勝手に戦意喪失しやがる。

ニヤニヤしだした王が不愉快でぶん殴りてぇと思ったがポンコツ共がポンコツすぎてそれが出来ない。


で、ユリアを人質に取られ、俺らも身動きが出来なくなった。


あのポンコツコンビどうにかしやがれ、

全部、お前のせいだぞコノヤロウがっ!!!




□ヨハン視点



(すが)るように祈りを捧げる。

祈りを捧げる相手は、神ではなくミシェル様。


どうかご無事で!!

あと、一刻も早く戻ってらして下さい!!


後ろ手で拘束されているため、祈りの体制は取れないけど心の中で必死に祈ります。純粋にミシェル様が心配なのもありますが……それ以上に、世界の危機です。

冗談でもなんでもなく、魔王以上の世界の危機が迫ってます。


ユリアさんが人質に取られ、僕らはひとまず大人しくしました。

ウルフさんは隙をみて暴れる気まんまんだったようですが、なんとか抑えてもらいました。

敵に聞かれぬよう念話を使って話しかけてきたジャン様曰く、


『とりあえず今は大人しく従おう。あの程度の敵を倒すのは例え拘束されてようとわけはない。それより今はユリアとアーサーが厄介だ。足手まといどころの話じゃない』


魔王を倒した勇者様と聖女様をまさかの足手まとい発言です……。


『一先ず、ミシェルと合流したい。万が一、ミシェルが本当に囚われてるなら下手な抵抗はしないほうがいいし、もし嘘でもこの状況ならあいつらは必死にミシェルを探すだろう。とにかく、ミシェルと会えさえすればすべて解決する』


そう、ミシェル様さえご無事で対面できればすべて解決するんです。

ご本人のご無事さえわかれば、アーサーさんとユリアさんが復活します。そうなれば城中の人間が、いえ、世界中の人間が束になったって敵いません。


大人しく拘束を受けながら、ジャン様が恐いぐらいに真剣な声で王様たちに告げました。


「一刻も早く、ミシェルと会わせろ。無事を確認してからでないとそちらの要求を聞き入れるつもりはない。いいか?くれぐれも丁重に扱え。傷一つつけるなよ?」


そして僕らも、重々しくそれに頷きました。

アーサーさんとユリアさんは軽く殺気が混じってました。


万が一、ミシェル様を傷つけたら……多分、この国は滅びます。

冗談でも大袈裟でもなんでもないです。ただの事実です。


ミシェル様は、何気に物凄い方です。

どんな高位の神殿関係者の方でも、あの方ほど多く神のお言葉を(たまわ)る方を僕は知りません。神の御寵愛の深さに畏敬を抱かずにはいられません。

宗派が異なると相容れない方たちもいらっしゃいますが、ミシェル様は神官である僕にもとても優しく接して下さいました。

正直、旅のメンバーの中でミシェル様が一番話しやすいです。

みなさん凄い方達ばかりで気後れしていた最年少の僕を色々気遣って下さったのもミシェル様です。……ミシェル様が頭を撫でてくださったりするたびに、その背後から無言で突き刺さる視線が恐かったですが。


そう、ミシェル様へ深い愛情を向けてるのは神だけではありません。

アーサーさんとユリアさんもです。


旅の途中もまざまざと感じたそれを一番痛感したのは魔王城でのこと。

あろうことか、魔王はミシェル様を侮辱しました。

結果、

ブチ切れたアーサーさんとユリアさんによって魔王は滅ぼされました。

旅の目的は魔王討伐でしたが、あの時は完全に私怨でした。リンチでした。

魔王が滂沱の涙を流しながら必死に謝罪する光景はどっちが魔王かわからないぐらい怖かったし、正直、僕ら要らなかったです。震えながら見てることしか出来ませんでした。

なので魔王討伐の瞬間については聞かれるたびに「大変でした」と苦笑いでお茶を濁します。本当に大変でした。主にミシェル様に荒ぶるアーサーさんとユリアさんを宥めて頂くのがですが……。


別の部屋に囚われてるユリアさんの状況はわかりませんが、狂気を帯びた瞳のアーサーさんが非常に気がかりです。

恐らく、ユリアさんも同様の状況だと思われます……。


僕、聞いたことあります。

これ、たぶん「闇堕ち寸前」ってやつです。


「…司祭様……司祭様になにかあったら…………世界を滅ぼそう……」


すごく物騒な呟きは……空耳ですよね?空耳であって下さい!!


ミシェル様ーー!!どうか、ご無事で!!

世界の運命はミシェル様にかかってます!!




□アーサー視点



あの時、躊躇(ためら)いさえしなければ……。

そんなことをいまさら思ってももう遅い。


あれからどれだけ経っただろう。実際はそれほどの日数が経っていないのだろうことはわかっているが、気が狂いそうな程の感覚は幾年にも等しい。


あの時、振りかぶった聖剣を振り下ろしてさえいれば。

あの愚王の首と胴体を泣き別れにして、全員蹴散らしてさえいれば司祭様を探しに行けたのに……。


「司祭様に会わせろ」


その言葉に、日々焦りと恐れを浮かべながらも必死に時間を稼ごうとする男たち。危険を感じたのかあの王は途中で姿も見せなくなった。

きっと今頃、必死に司祭様を探しているのだろう。

ジャンやシルフィーナの言った通り、王の言葉はただの脅しだった。

だけど俺は……その脅しに屈した。


もしも、本当だったら?


万が一、司祭様が本当に囚われていたら……傷つけられることがあったら……その可能性を考えるだけで駄目だった。



連れて行かれた先は教会だった。

月光が、バラ窓のステンドグラス越しに色を纏って降り注ぐ。


そこには、座り込み剣を突きつけられるユリアの姿もあった。

憔悴しきっているが、壊れたように涙を流し続ける大きな瞳には微かな喜びも混じっている。

俺と同じ。怒りと不安と、そして……ようやく会える喜び。


わざわざ場所を移され連れて来られたのは……要はそういうことなのだろう。


はやく、はやく、司祭様の無事を確認したい。

そうすればようやく、この狂いそうな焦燥から解き放たれる。


ジャンやシルフィーナが「力が……」とか何やら言っていたが気にもならなかった。「余計なことだけはすんなよ!」というウルフの声や「殺しちゃダメですよ」というヨハンの声も同じく黙殺しようとしたが、「ミシェル様が哀しみますよ!」と言われれば気に留めざるを得ない。

ちっ……皆殺しはダメか。半殺しなら平気だろうか?


大柄な男に担がれた司祭様の姿。

ズタ袋で顔は見えないが、俺やユリアがあの方を見間違えるわけもない。


「「司祭様っっ!!」


乱雑に床に落とされた身体に悲鳴染みた声が漏れた。

お怪我はないだろうかっ?

あの男……あいつはあとで殺す。


何日かぶりに見たお姿と声に……涙が頬を伝った。


無事だ、ご無事だった。

深い安堵に全身の力が抜け、駆け寄ることさえも思いつかぬままに俺は腑抜けたようにただ司祭様のお姿を目に焼き付けていた。何やら騒がしくなり、小芝居がはじまっても呆然としたままだった俺を司祭様が呼んだ。


真っ直ぐに俺に向けられた清廉な瞳。


「アーサー、ユリアを」


司祭様からの指示にようやく思考と感情を取り戻した俺は跳び上がるように立ち上がり、ユリアを背に庇う。ジャラジャラと拘束が邪魔だが、この程度のハンデはわけもない。ウルフと共に向かってきた男たちを打倒し、言いつけを果たした俺が見たものは……。


冷ややかに首を傾げた司祭様と、

飛び散った 鮮やかな鮮血。


驚愕に目を見張ることしか出来ない俺らを他所に、残る男たちを大人しくさせた司祭様を彩る、赤い、赤い色。


俺が……、俺の、所為だ。

俺が馬鹿だったから、無能だったから……司祭様が巻き込まれた。

腑抜けた俺が動けなくて、司祭様の指示があるまで木偶(でく)の坊だったから。


司祭様に……剣を、握らせた。


だけど……自分の情けなさと、犯した取り返しのつかない罪に、またしても腑抜けて動けないままの俺を癒し、触れてくれた司祭様はいつも通りの優しい司祭様で、堪え切れない感情に強く強く抱きしめた。


司祭様、司祭様、司祭様っ。



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