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転生司祭は逃げだしたい(勇者パーティ視点) 1




アーサーとユリアは急いでいた。

本当は凱旋パレードもくだらない会食もなにもかもほっぽりだしてしまいたかったけど、それでも笑顔を張り付けて耐えていたのは他でもないミシェルの言葉があったから。


「アーサー、ユリア、魔王討伐という偉業を成し遂げた君たちを人々は待っています。君たちは彼らの光で、人には光が必要です。もちろん、私の誇りでもある」


「自分達も欠席して看病する!」と言い張ったアーサーたちをミシェルはそう諭した。

完全に納得したわけではなかったが、それが司祭様の望みならばと偽物の笑顔を張り付けながらも心の中は心配でいっぱいだった。


やっと会食が終わり、それでもまだ引き留めようとする貴族たちを心の中で殴りつけながらようやく部屋へと戻った。


「司祭様っ」


ノックの意味もないぐらい慌ただしく扉を開く。

しん、と音のない部屋。


「司祭さま……?」


寝ているのだろうか?まさか具合が悪化して?とベッドへと足を進めるもシーツは綺麗に整えられたまま。


「礼拝堂にでも行かれたのかな?」


「待って、アーサー。なにかある」


踵を返そうとしたアーサーの手を引いてユリアが止める。

テーブルの上に規則正しく並ぶ幾つかの封筒。封筒の表面には綺麗な筆致で旅のメンバーの名前がそれぞれ書かれており……過った不穏な予感にアーサーとユリアは震える手でそれを手に取った。




□ジャン視点



お元気で、じゃないし。思わず手に力が入り、手紙の端がぐしゃりと潰れた。


目の前には泣き喚くユリアと荒ぶるアーサー。

だが、これでも少しは落ち着いた方だ。


取り乱した勇者と聖女が駆け回っているという噂を耳にしてすぐ目にした二人は、はっきり言って半狂乱だった。取り押さえようとしたウルフが殴られ、派手な乱闘が始まりかけた。

精神異常といってもいい取り乱しように思わずヨハンに状態異常の無効化を試してもらったぐらいだ。無駄だったが。

希代の聖女であるユリアに並みの術者の状態異常が効くわけもないし、外部攻撃でないことは予想してたけど。


なにより、

「司祭様」「司祭様」と呟き続ける彼らの不調の原因など直ぐ知れた。


そもそも、二人をこんな状況に追いやれる人物など一人しかいない。


なんとか落ち着かせ、話を聞く為に部屋へ戻って、ミシェルが居なくなったことを聞き、自分宛にもあった置手紙に目を通した。

丁寧な字で書かれた丁寧な文章にはこれまでの礼や今後の活躍を期待しています的な当たり障りのない文章ばかりで肝心の居なくなった理由は書かれていない。他のみんなも概ね同様。


輝かしい『勇者』と『聖女』の面影なんて見えないぐらいに廃人のように生気を欠いた二人の姿にくしゃりと髪を掻き上げる。

正直、意外でもなんでもない。

アーサーとユリアがどれだけミシェルに依存しているかは旅をしてる時からわかってた。


はじめの印象は素直な子たちとその保護者。

溌剌とした気持ちのいい若者のアーサーと、優しく屈託のないユリアだがそれだけが二人の本質ではない。人懐っこいようで排他的、特にミシェルに危害を加える者には容赦がない。

ぶっちゃけ、こわい。

ミシェルの前ではにこにこ、ぶんぶん、飼い主に褒めて貰って尻尾を振り回すわんことにゃんこみたいな二人が豹変する様は二重人格か?って疑うぐらい極端だ。


正直、保護者でしかないミシェルには能力的にみても旅のメンバーから外れて貰った方がいいんじゃないかと最初は思ってた。

だけどそんな馬鹿げた提案をしなくて良かったと心底思う。

個性豊かすぎるパーティを纏めるのに保護者は不可欠。ウルフは脳筋だし、シルフィーナはわがままなとこがある。ヨハンは概ねいい子だが、子供の扱いは苦手だ。ミシェルが居なかったら自分が保護者兼まとめ役を一人で担わないといけなかったと思うと心底ぞっとする。

マジで居てくれて良かった!!

あと何気に能力も凄かった。

なんなの、ミシェル?どんだけ神に愛されてんの?ってぐらい神託の数がヤバい。最初は胡散臭く思ってたけど、あんだけぽんぽん当てられると信じざるを得ないわ。引くほど当たるし。


マジでどこ行ったんだよ……。

お前大好きっ子たちがギャン泣きしてるぞー、保護者さん。




□シルフィーナ視点



ソファの上に胎児のように身を丸めたその表情は苦し気で、

淡く霞んだ映像はそこで途切れた。


それは精霊魔法により読み取ったモノに宿る記憶の欠片。

飲み干していたクリスタルの瓶の中身は何らかの薬剤ね。司祭の顔色は酷く悪く、固く瞼を閉じた姿は痛々しい。


そしてその映像を見てしまったアーサーとユリアの顔色は白を通り越して蒼い。魔王にさえ怯まない勇者と聖女が何てザマですの?まぁ、無理もありませんけど。


「ユリア、ヨハン、司祭様が飲んでたのは?」


「わかんない。司祭様のお手製だと思う」


「ずっとお具合が悪かったのでしょうか?でもミシェル様ご自身も回復はお得意の筈なのに」


「まさか……特別な病気っ?」


悪い方、悪い方へと想像を膨らませる子供たちをジャンが宥めるも効果は薄い。

でも確かに、あの司祭自身もそれなりに回復術は使えるし、何よりユリアかヨハンに頼めば大抵の不調なら何とかなる筈なのに。


ジャンに一言かけて、部屋を出た。


「居なくなった?」


「はい、理由は不明ですわ」


対話の相手はここには居ないお父様。

王であるお父様からはエルフの森を出るときにまめに報告を入れるよう仰せつかっていた。特にあの司祭のことを気にかけておられるよう。


「また進展があれば連絡をしろ」


「はい、お父様」


通信を終え、部屋には静寂が戻った。


本当に、あの司祭は何を考えているのかわからない。

丁寧な別れの言葉が綴られた手紙に視線を落とした。いつも浮かべてる微笑みと同様に柔らかな印象の文字で綴られたわたくしの名前。


最初は大嫌いだったし軽蔑していた。


突如、集落を尋ねてきたあの男は治療の提案をしてきた。

丁度その頃、エルフの森では数人の腕や脚、顔や肩などに青黒い痣のようなものが浮かびあがり原因も解決方も見つかっていなかった。


治療の対価としてつけられた交換条件がわたくしの旅の同行。

対価を求められるのは当然のことかも知れない。

だけどあの時のわたくしは足元を見られて人間ごときに交換条件をつけられた不満も、聖職者のくせにという思いもあった。

実際に治療に大きく関わったのがユリアだったのも大きい。


ユリアが従順なのをいいことに、自分が治すわけでもないのに不当な要求をつきつけてきた愚かで浅ましい人間。それが最初の評価だった。


だけどそれなりな期間一緒に旅を続けていれば流石にわかる。

わたくしが嫌味を言っても反論もせずに申し訳なさそうな顔をするばかりだった彼にとっても、あれが本意でなかったことぐらい。

信じられないぐらいお人好しで過保護。

きっと、仕方なかったのだ。

魔王討伐の旅にはわたくしが必要で、それを予知していた彼にはそうするしかなかった。そしてそれだって決して自分のためじゃなかった。


だから、少しは 見直していたのに。

このわたくしが、認めはじめてあげたというのに……。


「一体どこに行きましたのっ?!」




□ユリア視点



「司祭様、司祭様、司祭様……」


薄ら寒い部屋に声が虚しく木霊する。

何度呼んでもいつもみたいに「どうしました?」と優しく司祭様が頭を撫でてくれない。だからまた、じわっと涙が滲んだ。


あれから何日すぎただろう?

司祭様が居ないから、時間も、日付の感覚もわからない。


シルフィーナの契約してる精霊の魔法で痕跡を探した。

そして見えたのは……。


優しい言葉をかけてくれた城の人達の私たちとは違う司祭様への対応。

怒りで頭が真っ白になってアーサーと暴れようとしたけれど、みんなに止められたのと、司祭様を探す方が優先だからなんとか抑えた。

さらに痕跡を辿って、司祭様の部屋で見た映像。

すごく苦しそうで辛そうに横たわる司祭様の姿にガタガタと体が震えた。


なんで、どうして??ちょっと体調が優れないだけじゃなかったの?

もしかして…………そんなに凄く具合が悪いの??

わたしたちでも簡単に治せないぐらい?

だから優しい司祭様は何も言わなかったの?ずっと?いつから?


「やだ、やだ、やだやだ、司祭様っ……」


考えれば考えるほど不安と恐怖が心を包んで、ぎゅっと子供みたいに自分の体を抱きしめる。


親からも要らないっていわれたわたしなんて、誰も必要としないと思ってた。

だけど、必要とされたかったから……だからいつもにこにこ笑ってた。


はじめは誰も信じられなかったけど、孤児院のみんなは優しかった。

アーサーと出会って、アーサーはわたしとおんなじだって、そう、思った。

そして司祭様は、わたしとアーサーにとって“特別”だった。


司祭様はよく言ってた。

人には“光”が必要だって。


それは“神様”だったり、“夢”や“信念”、“希望”や“大事な誰か”だったり色々だけど、人は弱いから、だからそういう“光”が必要なんだって。

そしてわたしやアーサーは多くの人の“光”だって、そう言ってくれた。


別に大勢になんと思われようとどうだってよかったけど、司祭様がわたしたちを「誇りだ」って言ってくれるのは凄く嬉しかった。


人に“光”が必要で、それがあるから人は正しく生きていけるというのなら、


司祭様はわたしとアーサーの“光”そのもの。


お手伝いしたのだって、魔王討伐の旅を頑張ったのだって、全部司祭様に褒めて貰いたかったからだし、優しさも大事なことも全部司祭様が教えてくれた。


旅だって、全然辛くなんてなかった。

眠れない夜は司祭様が温かい飲み物をくれて寝るまで話を聞いてくれたし、落ち込んでる時は咲いてた綺麗な花を摘んでくれた。

一緒なら、怖いことも、辛いことも全部全部平気だった。


なのにっ……司祭様が、ここには居ない。


「……しさい、さまぁ……」


溢れる涙もそのままに両手を組んで祈る。


どうか神様、お願いです。

司祭様を守って……。




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