転生司祭は招待される 3
おいしい食事やお酒に舌鼓をうっている内に段々と夜も更けてきた。
淡い藍色のグラデーションが美しかった空はすっかり紺碧と闇が混ざり合い、感嘆するほどの星々が幻想的に輝く。
「そろそろじゃな」
フィーアデルフィア様の呟きに夜空に向けていた視線を周囲の木々へと戻した。
そこかしこでぼんやりと橙色の灯りが揺らめく。
「わぁ……!すごいっ」
「きれいですね……」
感動したようにユリアが胸の前で手を合わせ、アーサーも思わずといった様子で呟く。
僕らだけでなく、何度も見慣れているはずのエルフの皆さんまでそこかしこで声をあげるほどにその光景は美しかった。
今回、僕らがご招待いただいたエルフの森のお祭り。
豊穣を祈り、感謝を捧げる祭りのメインイベントこそこれだ。
見上げるほどの木々に咲く提灯のような白い花。
大きなスズランのようなその花は年に一度、一斉に開花する。
朝日の訪れとともに花を開かせ、月の光を浴び、淡く柔らかな光を灯す。
まるで提灯のように内部にオレンジ色の光を灯した花々は、やがて空へと放たれ…………。
星々が輝く空へと吸い上げられるようにゆったりと舞っていく橙色の灯りは、息をするのも忘れるほどに幻想的で綺麗だった。
髪の長いお姫様のワンシーンを彷彿させるランタンフェスティバルっぽいっていえば伝わりやすいかな?
とにかく幻想的で、飽きもせず首が痛くなるぐらいその様を眺めていた。
「姉上……姉上はどうしてあんな男をぉぉ……!そりゃあ優秀なのは認めるし、あり得た未来でのエルフへの尽力は感謝してるが…………だがっ、姉上ぇぇぇぇぇ!!!」
世にも幻想的な光景から数時間、僕はアルトに絡まれていた。
「……あんな……あんな表情の姉上などっ……俺だって見たことがないのにっっ!!」
酒瓶片手のアルトに「聞いているのか?!」と詰め寄られ、「はい、はい」と若干適当に相槌を打つ。
メインイベントも終え、だいぶ夜も更けた。
美形集団のエルフといえども飲みすぎればやっぱり酔っ払いはするらしい。
あちらそちらで酔いつぶれた面々もチラホラ。
なお、酔っぱらった姿など想像もできないアルベルト様は酔う素振りすらなく、早々に引き上げた。
ウルフは存分に食べて飲みゴウゴウと豪快ないびきをかいて転がってるし、ジャンさんは酔いより好奇心が勝って暴走状態継続中。
まだお子様なヨハンくんはお酒が入ったこともあってかお眠で……眠ってしまったヨハンくんをシルフィーナが膝枕して愛おしそうにその髪を梳いている。
…………ってことで、その光景に大ショックを受けてる酔っ払いアルトに絶賛絡み酒されてます。
よよよっっと泣き崩れるシスコンアルトに多少は同情しつつ、鬱陶しいなって思っていると外野から抗議が飛んだ。
「ミシェル様に絡むな。殺すぞ?」
止めてくれるのはありがたいけど、もうちょっと平和的解決を覚えよっか、アーサー?
「酔っ払いなんて放っておきましょ?ミシェルさまー」
ちょっと酔っているのか、ふわふわした口調で抱き着いてきたユリアが甘えるようにすり寄る。
「うっとうしー」
「シスコーン!!」
きゃはははっとアルトを指さして笑う花妖精たち。
あれ?
さっきまで僕も同じこと思ってたけどさ……。
あんまりな扱いのアルトがちょっと可哀そうになってきて、ヨシヨシと頭をなでてしまった。
「うううっっ……姉上ぇ」
よっぽど大事な姉を奪われたことが悲しかったのか、僕の手を振り払うことすらせずに涙目のアルトは膝を抱えた。
以前のアルトならヨハンくんにガンつけてブチ切れてただろうことを考えれば、少しは大人になったんだろう。ヨシヨシ。
その後も、お酒が入って少し遠慮がなくなったエルフさんたちとチラホラと会話をしたり……逆にお酒のせいで泣き上戸になったエルフさんに「あの時は本当に申し訳ございませんでしだぁぁ」と泣きつかれたり、いつものごとくアーサーたちが布教をはじめるのを必死に止めたりしつつ夜は更けていった。
「うう゛゛~、頭いてぇ……」
「ハメを外して飲みすぎるからですよ、まったく」
ため息をつきつつ癒しの魔法をかける。
かなりの酒豪であるウルフが二日酔いになるなんて相当飲んだ証だ。
耳や嗅覚が優れた獣人であるウルフは二日酔いになるとその症状も重い。
気分悪いときに大きな音とか臭いとか拷問だもんね。
「まだまだだのぅ。だが久々に骨のある相手であったぞ」
胸を張って腰に手を当て仁王立ちするのはフィーアデルフィア様。
昨晩飲み比べににてウルフや多くのエルフたちを潰した張本人だ。
フィーアデルフィア様、フィーアデルフィア様。
昨日は随分と威厳とかイメージにこだわってましたけど、"推し”語りはNGでもザルはOKなんですか??
僕としては酒瓶抱えて「酒が足らぬぞー!!」って叫んでるのもどうかと思うんですが…………。
「やっぱエルフは素晴らしいな!!魔術について造形が深い!!」
「ひっ……!」
「ちょっと、ひどい顔よ!もしかして一晩中誰かを捕まえて質問攻めにしてたの?」
宛がわれた客間へとふらりと入ってきた幽鬼……もといげっそりとして目の下に色濃いクマがあるのに目は爛々と血走ったジャンさんにヨハンくんの悲鳴が漏れた。
そんなヨハンくんを背に庇うようにしてシルフィーナが眉を顰める。
「少しは寝たらどうですか?」
あまりに酷い面相に今からでも横になることを勧めるも……。
「いや、まだ聞きたいことが山ほどある。次はいつこれるかわからないし、このチャンスを逃す手はない」
「「「寝ろ」」」
思わず僕らの声がハモった。
比較的常識人なジャンさんがここまで暴走するのも珍しい。
さすがは魔術オタク。
「一瞬で眠らせてあげましょうかー?」
「なんなら物理でもいい」
魔法で眠らせようとするユリアの横ではアーサーが拳をポキポキと鳴らす。
このままでは昏倒させられると確信したヨハンくんが「少しお眠りになった方が……」と必死にジャンさんを説得している。
そんな心優しいヨハンくんを見つつ、僕は心の中でこの場にいないアルトへ語りかけた。
アルトよ、ヨハンくんはいい子だぞー。
下手な男連れてこられるより、ヨハンくんで納得しとけ?
滞在2日目は花妖精をはじめとした妖精たちがはりきって森の中を案内してくれた。
「ここはねー、秘密のばしょなのっ!」
「ミシェルにだからおしえてあげるね!」
「ないしょ」
しぃーと指を立てて、おいしいベリーが採れる木を教えてくれる花妖精たち。
うん……気持ちはとっても嬉しいんだけど…………。
「へぇー、いっつもこっから採ってきてたのか」
「おっ、確かにうまい!」
一緒に案内してくれてた風や火の妖精たちがひょいっと果実を口に入れるのを見て「ああ~!」と声をあげる花妖精たち。
彼らの存在はすっかり忘れていたようだ。
「だめー!ここはわたしたちの秘密のばしょなんだから~!!」
「へへー、もうしっちゃったもんね!」
可愛い妖精たちが戯れる横で、ユリアもひとつ摘まんで口へと放り込んだ。
瞳を細めて「んん~」と声を発している様子を見るに美味しいのだろう。
「甘くて酸っぱくて、すっごいおいしいですよっ」
大絶賛のユリアに僕も興味がわいて彼女たちに断ってから手を伸ばした。
「本当に美味しいですね」
野生のベリーということもあり、味がとってもしっかりしている。
「アーサー、採りすぎてはだめですよ」
「あっ!わりぃ」
注意をすればひょいパク、ひょいパクと口にしていたアーサーが花妖精たちに謝り、彼女たちも「いいよー」と笑顔で応じる。
「あのね、ミシェル。このベリーおいしーけどね、ほらっ」
僕の前でパタパタと羽を動かした花妖精がべーと舌を見せてきた。
残りの2人もべーと舌を差し出す。
その舌は見事に紫色だ。
「これはすごいですね」
「でしょー!」
その様子を見ていたユリアたちも「わたしはー?」とお互い舌を見せ合い笑う。
「ミシェルは、ミシェルはー?」
「ほら、ミシェル様もっ」
くいくいと袖を引かれ、苦笑いしながら僕も舌をだせばその笑いは一層大きくなった。
火の粉を散らしながら飛ぶような不思議な赤い鳥(実際の火の粉ではなく燃えたりはしない)やまるで鉱石でできたようなトカゲなど他所ではお目にかかれない生き物や植物を眺めながらゆっくりと散策する。
途中、昨日食べて美味しかった獣を見つけたアーサーが狩りモードに突入しちゃったり、湖畔ではいたずら好きの風妖精が水をまき上げて驚かされたりもした。
「ひど~い!!」
「びしょ濡れ……」
「(うるうる)」
風によって巻き上げられた水しぶきは霧状で僕たちは被害という被害もなかったのだが……小さな花妖精たちにとっては羽が濡れてしまったのは大ダメージだったようだ。
僕の肩や頭に乗っかり涙目の彼女たちに、いたずらをしかけた風妖精たちもタジタジ。
なお、ほかの妖精さんたちは華麗に避けた。
なんとなーく気づいてはいたけど、彼女たちは動きがややゆったりというか、おっとりしているというか……。
「お前らとろいからなー」
おぅふ。
僕もちょっと思ってたけど、あえて言わなかった言葉を勝気そうな火妖精たちがズバリ言いおった。
「そんなことないもんっ!」
「「もん!!」」
泣き出しそうな彼女たちをなだめ、両手を手のひらを上へ向けて持ち上げた。
「ほら泣かない。羽が乾くまで私の手に乗ってればいいですよ。君たちも意地悪しちゃだめですよ」
注意をすれば口を尖らせながらも「はぁーい」というお返事。
一方、泣きべそをかいていた花妖精たちも手のひらの上に飛び乗ってご機嫌だ。
妖精はマイペースな子が多いな。
「そーだ、おれらミシェルの仕返ししてやったんだ!」
拗ねた顔をしていた風妖精がぱっと表情を変え、親指を突き出してきた。
……仕返し?
…………って誰に??
誇らしそうに報告されたその意味がわからず首をかしげる。
「なんのことだ?」
「ほら、前に城のやつらがミシェルのことコケにしてたろ?」
「……ああ」
「仕返しってなにしたの?」
声のトーンがズドーンと低くなり殺気を放つアーサーと期待を込めて身を乗り出すユリア。
ちなみに悪質だった貴族たちは先代の王と一緒に処刑されているので、彼らがいっているのはそれを免れた人たちだろう。
「一体なにをしたんですっ?!危ないことは……」
僕も慌てて問いただせば、いたずら小僧そのものの表情を浮かべた風妖精たちは「だいじょーぶ」と胸を張って僕の言葉を遮った。
「危害加えちゃだめなんだろ?わかってるって!ミシェルがだめっていうから自重したし」
「標的もちゃんと絞ったし」
「穏便ないたずらにした」
「ええ~~」
「そこは自重しなくていいぞ」
うんうん頷く風妖精たちを煽る約2名……君らも自重しよっか?
いや……自重してるのはわかってるんだけどさ。
しなかったら相手今頃死んでるだろうし……。
「それで、結局なにをしたんです?」
花妖精たちを乗せてるから無理だけど、額を抑えたい気持ちでため息をつきつつ尋ねる。
「髪の形をした帽子を飛ばしてやった!」
いぇーい!みたいなノリで再び親指を突き出し返されたお答え。
髪の形をした帽子……ってカツラか!?
ハゲ……げふんげふん。
頭髪が寂しい人にとってヅラを吹き飛ばされるって結構なダメージだよっ?!
「よくやった!」
「すごーい、えらーい!」
アーサーとユリアもグッジョブ!返すんじゃありません!!
火妖精や花妖精たちも「おれら(わたしたち)はなにする?」って話し合わないの!!
なにもしなくていいから!!
髪をチリチリにしてアフロにしてやるとか、鼻にドングリつめるとかしちゃいけません!
なんか疲れる一幕もあったが妖精たちの案内もあって散策を満喫した。
花妖精たちの秘密スポットで収穫したベリーは煮詰めてソースにしたらお肉料理ともよくあって大好評でした。
「また遊びにきてねー」
「きてねー」
にっこにこと笑顔で手を振ってくれる花妖精たちの言葉に力強く頷くジャンさん。
いや、あなたに言ってないから。
そして何人かのエルフさんたちがひぃ!ってぶんぶんと首振ってんだけど……。
どんだけエルフさんたち困らせたのジャンさん……。
「うむ。また遊びに来て妾の話を聞くがよい」
「だからなんの話をしてたのだ?」
「なっ……そ、それは内緒だ」
こっちはこっちで我が道を行く人(人じゃないけど……)なフィーアデルフィア様が僕にお誘いをかけてきて、アルベルト様の質問に慌ててる。
なんか僕の周囲、自由人率高いよね……。
「また果物おくるねっ!」
「お肉もあげるー」
「あげるー」
「肉は多めに頼むっ!!」
「俺も食う」
花妖精たちの言葉にアーサーとウルフが前のめりに食いついた。
若干、目がギラギラしてる。
「「「任せてー!!」」」
親指をつきだして胸を張る可愛い妖精たちの頭を指で優しくなでる。
エルフの森の食材はおいしいので僕も普通にうれしい。
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
撫でられたことがうれしいのかきゃっきゃっとはしゃぐ妖精たち。
「ミシェル、ミシェル。またおかし作ってねっ!」
「フルーツたっぷりのがいいー」
「食べにいく」
堂々と遊びに行く宣言をする花妖精たちに風や火、水の精霊たちも「ずるい!」「おれは料理の方がいい」「両方……」などと好き勝手に騒ぎ出す。
うん……遊びにくるのも、お菓子や食事を作るのも全然いいんだけどさ?
あっちでアルベルト様が「あまり勝手に出歩くなと……」と眉をしかめてらっしゃるんですけど。
勝手に森を抜け出て遊びまわってることバレバレだよ?大丈夫??
気持ちを切り替えるようにひとつため息をこぼしたアルベルト様が数歩踏み出した。
相変わらずまっすぐに向けられると怯みそうになるほど美しい瞳が僕らを見た。
「またの訪問があればその時は歓迎しよう」
静かにこぼされた声音と……長い睫毛と共に瞳を伏せ、わずかに掲げられた右腕。
その姿に思わず目を見開いた。
貴族の礼に似て、だけど異なるそれは……エルフの友好の証。
驚く僕らを他所に、それはエルフたちへと伝染していく。
アルベルト様の周囲に居たエルフたちが、シルフィーナやあのアルトまでもが沈黙と共に礼を捧げる。
「さぁ!我らが友人を見送ろうぞ!」
腕を広げたフィーアデルフィア様の言葉に沈黙からいくつもの声が生まれる。
「またお越しください」
「お元気で」
「本当にありがとうございました」
「またねー」
いくつもの声を受けながら、僕らは美しいエルフの森をあとにした。




