転生司祭は招待される 1
命の輝きに満ちた葉がそよそよと囁くように揺れる。
木漏れ日が生み出す光と影のカーテン。
美しくも幻想的な森は、空気さえも清浄でほんのりと甘さを孕む気がする。
ここはエルフの住まう神聖な森。
「ミシェルー!いらっしゃい!!」
「いらっしゃいなの!」
「なのー!」
真っ先に出迎えてくれたのは花妖精たち。
歓迎のつもりなのかパラパラと撒いた花が頭上を舞う。
「お招きありがとうございます。お邪魔します」
髪についた花びらをそのままにまずはご挨拶。
今回は以前からお呼ばれしていたエルフの森にお邪魔してます。
もちろんヨハンくんたちも居るよ。
普段は滅多に人間が足を踏み入れられない未知の領域にジャンさんも興味津々だったし、エルフとは性格的にも相性が悪いウルフは当初迷っていたが……お肉が絶品ってことで結局ついてきた。
アーサーとユリア?
この2人は僕が行くのにお留守番とかするわけないよね。
「訪問を歓迎する。ゆるりと過ごされるがいい」
エルフの王であるアルベルト様直々にお声をかけてくれた。
今日も今日とて神秘的なまでの美貌が眩いばかりだ。
そして…………。
訪問を歓迎してくれつつも、とってもとっても気まずそうなエルフの皆さん。
ほら、僕ってシルフィーナの件もあって前回は塩対応されてたしね。
エルフ、しかもハイエルフともなれば気位が高く、ただでさえ人間を見下しがちだ。
そんな人間が立場的にはエルフの姫ともいえるシルフィーナに交換条件突きつけたわけだしね。
痣の治療を買ってでたとはいえ、感謝よりも怒りや侮蔑の方が断然大きく……前回の滞在時は居心地最悪でした。
嫌味を言われるのはもちろん、アーサーとユリアがいつブチ切れるかって胃が痛いったらなかったもん。
「その…………司祭様」
意を決したように年長のエルフが前へと進みでた。
「聖樹のこと、我らの病のこと……王よりすべてお聞きいたしました。…………色々と失礼な態度をお取りして、大変申し訳ございませんでした。我らは恩人に対しなんと無礼なことを……」
声を詰まらせて謝罪するエルフさんに他のエルフさんたちが続く。
「い、いえ!お気になさらずっ」
いきなりの謝罪合戦にややビビりつつ、両手を前に差し出して止めるも勢いは中々やまない。
「ぶっちゃけブチ切れそうだった」
「わたしもー。ミシェル様が優しいからって何様のつもりなの?って感じだったし」
真顔のアーサーや、唇を尖らすユリアの言葉にますますエルフさんたちが肩を縮こませる。
どうやらこっちもよっぽど鬱憤がたまっていたようだ。
実際、滞在中に何度か剣や魔法をぶっ放そうとしてたの止めたしね。
「そこら辺にしておけ」
両者をどう止めようか迷っていると鶴の一声が放たれた。
美しい澄んだ声の持ち主は、碧く透ける絶世の美女。
豊かな波打つ髪と人智を超えたまでの美しさを誇る彼女はフィーアデルフィア様。聖樹に宿る木の精霊であり、アルベルト様の契約聖霊でもある。
「自らの愚かさを認め謝罪するのは大切じゃが、それでミシェルを困らせては元も子もなかろ」
さすがは聖樹に宿る木の精霊。
エルフたちが一斉に大人しくなった。
「よう来たな。ミシェル、それに他の者も」
「お久しぶりです、フィーアデルフィア様」
「うむ、息災そうでなによりじゃ。先般は世話になった。礼を言うぞ」
「それなら彼とユリアに」
そう言って僕はそっとヨハンくんの背を押した。
真の功労者は元の世界で治療法を見出したヨハンくんだ。
「そ、そんなことないです!実際に皆さんを救ったのはミシェル様やユリアさんたちですしっ」
わたわたと焦るヨハンくんにフィーアデルフィア様が宙に浮いたまま一歩近づく。
「ヨハンといったか?」
「は、はい……」
「そなたにも礼を言う。妾たちを救うために未来のそなたが尽力してくれたことは確かであろ。もちろん実際に救ってくれたミシェルやユリアにも感謝しておる」
フィーアデルフィア様の感謝のお言葉に、改めてエルフの皆さんからもお礼を言われた。
お礼を口にしつつも、アルトのヨハンくんを見る顔つきがちょっとぐぬぬ……。
アルトはシスコン気味だから、きっとシルフィーナが夢中なヨハンくんのことが面白くないんだろうな。
改めてエルフの皆さんが歓迎ムードになったところで、「さて」とフィーアデルフィア様がパンッ!と両手を打った。
……透けてて実体がないのに手を打ったら音がするのがちょっと不思議。
「このような場で立ち話もなんであろ。シルフィーナ、持て成しを」
「畏まりましたわ」
「そしてミシェル、そなたは妾と共に」
心なしかキラン☆と光った瞳に僕は“きた”と思った。
花妖精たちもにっこにこだし、いつの間にか集まってた風妖精やほかの妖精たちもにやにやしている。
ふわりと髪を揺らして背を向けるフィーアデルフィア様に続こうとした僕だったが、思わぬ方向からストップがかかった。
「待て。司祭殿になにか用が?」
意外にも待ったをかけたのはアーサーでもユリアでもなく、アルベルト様だった。
もちろんすぐにアーサーたちからも自分も行くって声があがったが。
止められたフィーアデルフィア様はちょっと不満そうに腕を組む。
「うむ。少し話があるのでな」
「聖樹の話か?それならば私も同席しよう」
「だ、だめじゃ!」
焦った様子のフィーアデルフィア様にアルベルト様の片眉があがる。
うおぅ、美形はちょっとの表情の変化だけでも大迫力。
「聖樹が完全に癒えたかはヨハンやユリアにも明日確認してもらうつもりじゃ。その時は勿論、そなたも同席してもらう。今日は少し違う話があるのでな!」
狼狽えたのを隠すように、威厳を出しつつそう語るフィーアデルフィア様だが、アルベルト様の追及は止まない。
「なんの話だ?私が居てはまずいのか?」
「そ、それは……っ。その……ちょっと内密な話があるのじゃ。個人的なというか、色々とこう……」
花妖精たちよりはだいぶマシだが、フィーアデルフィア様も案外嘘が苦手らしい。
めっちゃしどろもどろなうえ、「助けよ」って視線がバンバン飛ぶ。
最終的には「ええい!行くぞ、ミシェル」と叫んだフィーアデルフィア様に魔法で攫われた。
聖樹の元に転移させられた僕は大慌てでアーサーたちに「大丈夫だから!本当にちょっとお話しするだけだから暴れないように!!!」と伝言を飛ばしたのだった。
下手したらエルフの森が壊滅する危機ですよ、まったくもう。
そんな想いでジトッと苦言を呈すると、その危険性に気付いたのか青くなっていた。
あの子らマジでシャレになんないんで気をつけてください。
基本的にはいい子たちなんだけど……僕が絡むとなんでか暴走するからね。
さーて、そんでもってなんでフィーアデルフィア様がアルベルト様たちの同席を拒否したかっていうと……。
「あの静かで美しい瞳。まるでこのエルフの森を閉じ込めたような深く美しい碧……」
熱を帯びた声が切々と語る。
「理知的で合理的。一見冷徹に見えもするが、守るべき者の為なら己が犠牲さえも厭わぬあの気高さは中々持ちえるものではないぞ。まさしく王となるべく生まれた存在じゃと思わぬか?ああ……」
時に拳を振るい熱弁し、時に感極まって声に詰まる。
「なにより特出すべきはあの美しさ!一切の非の打ちどころがないあの美貌はまさに生きた芸術品と言っても過言ではなかろ。王としての器、能力に容姿、その全てが聖樹に宿る木の精霊である妾の契約者に相応しい!」
瞳を熱に溶かし、頬を色づけて語るその姿は……。
まさしく“推し”語り。
ついさっきまでの威厳のある姿はどこへやら……熱く語る姿は手にウチワを持って「きゃ~!!〇〇さまー♡」「恰好いい~♡」と黄色い声をあげる推し活女子そのものだ。
「…………それでそのとき、アルベルトが……って、聞いておるかミシェル?」
「ええ、聞いてますよ。流石はアルベルト様ですね」
「そう、そうなのじゃっ!」
意識が逸れていたのがバレて、すかさず指摘してくるフィーアデルフィア様に慌てて頷き、笑顔を取り繕う。
まるで酔っ払い上司と絡まれてる部下だ。
そう、美しき偉大なるエルフの王・アルベルト様はフィーアデルフィア様の“最推し”である。
聖樹に宿る木の精霊として、長命のエルフよりもさらに長い時を生きる彼女はこれまでにも数名のエルフと契約を交わしたらしいが、中でもアルベルト様は“最推し”。
きゃあきゃあと大盛り上がりなフィーアデルフィア様を、花妖精やその他の妖精たちもにこにこしながら見守っている。きっといつものことなのだろう。
そしてもうお気づきだとは思うが……僕が1人だけ呼ばれたのは思う存分に“推し”語りがしたかったからだ。
「別にみんなが居たっていいじゃないですか」
花の蜜を固めた菓子に手を伸ばしつつ苦笑いする。
きっとあとでシルフィーナたちから「なんの話でしたの?」と問い詰められるだろう。
誤魔化しやすそうな彼女はともかく、アルベルト様からの質問はできれば避けたい。
アーサーたちもやきもきしてそうだし……。
僕の言葉にフィーアデルフィア様はむぅっと唇を尖らせた。
「そうもいかぬ。妾の威厳に関わろう」
「驚かれはするでしょうね」
きっとビックリどころの騒ぎじゃないだろう。
多くのエルフたちにとって聖樹の守り神でもあるフィーアデルフィア様は神聖で尊い存在。彼女本人もそれを自覚して普段は悠然と構えている。
そんな存在が熱に浮かれて“推し”語り……。
驚くなという方が無理だし、なんなら僕も最初にこれやられた時は目が点になったよね。
怖いほどに真剣な顔で向き合われ何を言われるかと思いきや……突然で全力の“推し”語り。
真剣な顔だったのはにやけそうな表情を必死に引き締めていたからっぽい。
いやぁ~、めっちゃビビッて損したわ~。
どうやらフィーアデルフィア様はずっと全力で語れる相手を求めていたらしい。
そして白羽の矢が刺さったのか、部外者の僕ってワケ。
「私も最初は驚きましたが……親近感は沸かれるのでは?エルフの方々も気軽に声をかけやすくなるかもしれませんよ?」
恋する乙女のような姿はちょっと可愛いし。
あとアルベルト様は絶大な支持を得てるから、お仲間も見つかるかも?
ちなみに……ずっとこの森とエルフを見守っているフィーアデルフィア様にとってはエルフは我が子のようなものでもあり、“最推し”ではあるものの恋愛感情とかはないらしい。あくまで“推し”。
「む、む……それは…………」
なにやら迷っておられる様子。
アルベルト様以外のエルフたちに敬して遠ざけられてるの気にしてたのかな?
「フィーさま、実はさびしがり屋さんなのー」
「ねー」
「基本、ぼっちだしな」
「ぼっちじゃないよー。わたしたちがいるもん!」
「そーだよ!フィーさまぼっちじゃないもん」
「……ぼっち」
周囲の妖精たちが好き勝手に口をはさみ、“ぼっち”発言にフィーアデルフィア様がずーん!と落ち込んでしまった。
妖精さんたち、無邪気に“ぼっち”連発しないの。
「ええい!!妾はぼっちなどではないっ!!多くの眷属とエルフたちを従え、アルベルトという契約者までいるのだ。ぼっちなわけなかろ!!」
髪を振り乱しながらブンブンと首を振るフィーアデルフィア様。
“ぼっち”発言めっちゃ気にしてるよ……。
「と・に・か・く!妾のこんな姿を皆に見せるわけにはいかぬっ!妾は偉大なる木の精霊なのだぞ。しかも聖樹の!こうっ、威厳を持ってどどーん!と構えてなければならぬのじゃ!」
……“推し”語りをしてる自分がアレな認識はあるんですね。
腕を組んでふよふよしてる偉大なる木の精霊サマにそんなことを思った。
「だ……第一、アルベルトの前であんな妾を見せられぬ……」
「それは確かに」
すっごい納得して頷いた。
あのアルベルト様の前ではっちゃけるとか結構なハードルだと思う。
少なくとも僕だったら無理だ。
あの美しい顔で「なに言ってんだコイツ」って目を向けられたら立ち直れない自信がある。




