転生司祭は帰省する 2
「さて、メニューは何にしましょうか?」
手を洗って、腕まくりしながらエリザに尋ねた。
ある程度の広さはあれど、そう広くもない台所には僕やエリザのほかにユリアや子どもたちとやや密集状態だ。
「お客さまなのにごめんなさいっ。本当にいいんですか……?」
眉を下げて上目遣いで見てくるエリザには「勿論」と笑って答える。
さて、なぜ台所に居るかというと……夕食の準備のためだ。
やー、子どもたちにさ、強請られたんだよね。
「久しぶりの司祭様のごはんー!!」「やったー!!」って期待満々で喜んでくれる子たちに否とか言えるわけないよね。
エリザ的には一応客人である僕らを働かす気はなかったみたいだけど、もともと人数多いところにいきなり押しかけたんだし、最初から手伝う気だったから問題ないんだけど。
そのうえであんな楽しみにされちゃ張り切るってもんですよ。
ちなみに、アーサーは男の子たちに剣の稽古+孤児院の修繕なんかの力仕事。
ヨハンくんとシルフィーナは村の絶景ポイントへお出かけ。
そこから沈む夕日を二人で見ると幸せになれるというジンクスがあるんだ。シルフィーナは意外と乙女だよね。
ウルフは暇だからってお肉調達も兼ねて狩り。
アーサーとウルフがいる時点で確実に食材が足りない。大物を期待しよう。
ジャンさんはちょくちょく子どもらに話しかけられつつも、この前GETしたばっかの例の魔導書とにらめっこ中だ。
「今日はポトフにしようと思って……」
「じゃあメインはそれで。他は何にしましょうか?……とりあえず、お肉は大量に調達されるはずです」
はず……っていうかほぼ確定?
「お肉の調理法はウルフが何をとってくるかですねー。お野菜とかおつまみも欲しいし、わたしサラダとか作ります。お手伝いしてくれる子ー?」
ユリアがサラダ担当に決まり、小さい子らも葉物を洗ったりお手伝い。
僕は……ポトフを手伝いつつ、おつまみを数種パパっと作るかな。
勝手知ったる台所、足元の扉を開いて包丁をとりだした。
お手伝いを申し出てくれた子らの目が真ん丸に開かれた。
「司祭さま、ほーちょー…………」
「し、司祭様?!」
ほら、例の戒律で僕は刃物使えなかったからね。
しかし……今の僕は違うのだっ!!
「特別に許可を貰って使えるようになったんです」
心なしかドヤッってしちゃうのは仕方ないよね。
「それに王都にお店も出店予定なんだよ!わたしとアーサーも一緒に働くの。みんなもいつか来てね!!」
僕以上にドヤ顔で「ミシェル様のお店!!」と高らかに宣言するユリア。
そんなユリアに「ずるーい!」「卑怯だー」とブーイングと「司祭様のお店?行きたい!」「なんてお店ですか?」と感想や質問が飛び交う。
魔王討伐は完了したが僕らは村に戻らない。
そのことは先程のお茶の席ですでに話題にだした。
……年少組を中心にめっちゃ号泣されたけど。
とはいえ、改めて直接聞いて泣いちゃったってだけで子どもたちもそれはわかっていたことだ。
クリスたちには旅に出る前から話していたし、だからこそ信頼できる後任を置いたのだから。
ほら、なんたって魔王を倒した勇者一行だし。
そんな目立つのが辺鄙な村に居るとなると、いいことだけでなく色々と面倒ごとも起こるだろうからね。
組織に属していないアーサーやユリアはともかく、僕は余計に。
教会とかが孤児院の存在をちらつかせて無茶ブリとかしてきても困るし。
まぁ、手を出されたら普通にブチ切れる自信はある。
アーサーたちにとっても大事な家族である友人だから死亡フラグ以外の何物でもないけどね。
でも偉い奴に限って自分以外の者がなんでも従うって勘違いしてるのとかいるからなー。困っちゃうよね。
左手にジャガイモを、右手に包丁を構えた。
その途端……。
「すげー!!司祭様が包丁握ってる!!」
「カッケー!!」
「包丁だ!包丁!!」
作業の手を止めた少年たちが歓声をあげた。
身を乗り出してキラキラした瞳で僕の得物を食い入るように眺める姿は正しく大・興・奮!
いや、あの……僕が持ってるの、普通の包丁なんだけど。
なんかアーサーの聖剣にはしゃいでいたときと同じくらい、もしくはそれ以上のキラキラしい瞳を向けてくれてるけど、何度も言うけど包丁だよ?
なんなら年長の子は君らも普段使ってるよね?
そして僕が刃を向ける先は人類の敵でもなんでもなく、ジャガイモ。
スルスルと皮をむけば、居た堪れなくなるほどのキラッキラの瞳をして「すごい」「恰好いい!」って褒めてくれるんだけど…………ごめん、ちょっとどう反応していいかわからないや。
遠い目になりつつ作った夕食はなかなか豪華だった。
幾つものテーブルいっぱいに並ぶ料理の数々。
…………その半数以上が肉だということには目を瞑ろう。
いいんだよ、子どもたちも大喜びだし多少バランスが悪かろうとちゃんと野菜もあるんだし。
ウルフが狩ってきたお肉はシンプルにステーキ。
他にも薄切りにしてタレに絡めて焼いたり、鳥の胸肉的なさっぱりしたお肉は茹でてバンバンジー風にしたりした。
ポトフにサラダに、おつまみ数種にデザートとご馳走にみんな大はしゃぎだ。
今日はウルフが狩ってきた大量の肉があるし、お客さまが来てるってことでまた特別だが、孤児院の食事は他所と比べて格段にいい。
食事に限らず衣服も、日用品も、それなりに充実している自負はある。
なにせ頑張った。
支給される金銭だけでは子どもたちを養うのは苦しいから、知識チート活かして色々頑張ったのだ。
その一つが内職的な副業。
教会の支援や、善意の施しは大変ありがたいが、他人の好意に甘えるだけじゃなく自分たちの糧を得る努力をするのは大切だよね。
特に教会の支援とかって誰がトップに居るかで大きく左右されるし。他力本願だけじゃ正直心もとないのだ。
そしてそのマインドは思った以上に強く受け継がれているらしい。
デザート皿付近、大皿に盛られた勇者パーティクッキーを見てそう思わずにはいられない。他にも色々グッズ展開されてたし、今後の予定もわんさからしい。やめて……。
僕的に唯一の救いは前世の推しグッズみたいなのとは大幅にかけ離れていることかな。
ほら、顔写真のプリント技術とかないからね。
だからグッズって言っても十字架とかのモチーフとかイメージカラー的なものなのが不幸中の幸い。
……あのこっ恥ずかしいネーミングは切実にやめて欲しいけど。
どうかこの世界に推しうちわとかぬいぐるみ的なものが出てきませんように……!
とりあえずだ、孤児院の子らは思った以上にたくましい。
こんなことがあった、あんなことがあった、なになにができるようなったなど、子どもたちは報告に忙しくて夕飯の席はいつも以上に賑やかだ。
明日は明日で村中でお祝いしてくれるらしいし、きっと今日以上だろう。
「……そうして二人は幸せに暮らしました」
パタンと絵本を閉じるころには、腕の中の体温はうつらうつらと船を漕いでいた。
僕らが旅立ったあとに孤児院にきた最年少の少年は最初こそ人見知りをはっきしていたものの、途中からはだいぶ懐いてくれた。
起こさないように目元の前髪をそっと払う。
「オレ、寝かしてきます」
年長の少年がそう言って差し出してくれた腕に幼い体を預ける。
他の子らは…………と見れば、みんなお目めぱっちりだ。
いつもなら年少組はベッドに入っている時間なのだけど、今日は久々の懐かしい再会に興奮しているせいもあるのかまだまだ眠気は訪れていないよう。
期待に満ち満ちた眼差しに「次はどのお話しですか?」と問いかければ、すぐさま差し出された絵本。
「次はわたしがおひざ!」
手をあげて膝の上にのってくる少女の体をずり落ちないように引き寄せる。
ふくふくのほっぺをご機嫌に緩めて「えへへ」と笑う姿はとても可愛らしい。
……お膝の上を巡って行われたジャンケンはちょっと鬼気迫る迫力だったけど。
あと、ずるいとか妬ましそうに見られても流石に年長組の子らは厳しいんで諦めてくれるかな?
アーサーやユリアも諦めなさい。




