転生司祭は帰省する 1
「いー天気!」
青空を仰いだユリアは満面の笑みを浮かべている。
その横に立つアーサーも晴れやかな表情だ。
かくいう僕も、自然と口元が綻んでいることは自覚している。
「準備はいいか?」
ジャンさんの声に「お願いします」と返せば、足元に複雑な魔法陣が浮かんで視界が一瞬だけぐらりと揺れた。
眩暈にもにた感覚に僅かに瞳を閉じて開いた先には……懐かしい景色が広がっていた。
久方ぶりの村への帰還。
転移魔術のお陰で一瞬の旅路は旅の感慨には欠けるが、目に映る光景には込み上げるものがあった。
広い大地、王都と違って自然豊かな土地と見慣れた村の入り口。
魔王討伐の旅に出てからはじめての帰還だ。
本来なら村への里帰りはエルフの森を訪れたあとの予定だったんだけど…………ちょうどもう少し先にエルフの森では大規模なお祭りがあるらしい。
聖樹の木の精霊であるフィーアデルフィア様から「折角だから祭りの時期に訪れるとよい」というお達しがあってそっちは先延ばしになった。
ちなみに、今回の訪問はみんなも一緒。
転移魔術での往復を当てにしていたジャンさんはもちろん、ほかのみんなも予定が空いていたのでついてきた。
……勇者パーティ全員集合とか村の人たちぶったまげないかな?
そんな不安を感じないこともないが、勇者や聖女を見慣れてるだけあって以外と平気かもしれない。
「早く早く!」と僕の腕を引っ張るユリアに連れられて村へと足を踏み入れた。
第一村人発見。
当然ながら顔見知りでもある第一村人は僕らを見てぽっかりと目も口もかっぴらいた。
「し、し……」
あわあわとぎこちなく口が動く。
「司祭様ーーーーーーー!!!!!」
そして大絶叫された。
「お久しぶりです」って微笑んだ僕の挨拶なんて完全に掻き消されるぐらいの大絶叫。素晴らしい肺活量だ。
「司祭様がお帰りになったぞー!!アーサーとユリアも居る!!!」
一瞬のうちに僕らの帰還は村中へと知れ渡った。
SNSも吃驚の拡散具合だ。
流石に世界中……というわけにはいかないが、そう広くない村へあっという間に広がった知らせに、わらわらと村中の人たちから大歓迎を受けたのはその数十秒後。
若干ヨレヨレになりながら椅子へと腰かける。
なにがすごいって、アーサーたちも軽くとはいえ疲れているのがすごい。
魔族やそれこそ魔王相手にも息一つきらさなかった勇者たちを疲労させる村人……強い。
「もうっ!司祭様たちは着いたばかりなのにっ。……そりゃあ嬉しいのはわかりますけど」
はいどうぞ、と飲み物を差し出してくれたのはエリザだ。
しっかり者の女の子で、昔から孤児院でもお姉さん役を果たしてくれていた子だ。
去年からはスタッフとして子どもたちの面倒を見てくれているらしい。
そして大興奮の村人たちから僕らを解放してくれたのも彼女だったりする。
「ありがとうございます。みんな元気そうで安心しました」
温かな湯気のたつカップを受け取りながら微笑んだ。
もみくちゃの大歓迎には驚いたけど、笑顔で迎えてくれたのは素直に嬉しい。
「うんっ!みんな元気そうで良かったー。エリザちゃんも久しぶりっ!みんなもいい子にしてたー?」
「何人か新しい子が入っているな」
アーサーが言う通り、扉のところからだんごになってこちらを窺う姿には数人見かけない子がいた。旅に出ている間に新しく入った子たちだろう。
部屋に全員は入りきらないので、「お客さんをおもてなしするんだから大人しくしてなさい!」というエリザの命令で不満そうながら入口で待機している。視線がすごい。
「騒がしくてすみません。なにせみんな司祭様たちに会いたがっていたもので……」
申し訳なさそうにジャンさんたちに頭を下げるのは僕の後任で教会と孤児院を任せているクリスだ。
温和で優しい青年なのだが…………優しすぎて気が弱いとこだけがちょっと心配。
くれぐれも胃は大事にね?
「いや、あまりの大人気っぷりに驚いたけど……」
はは、と乾いた笑いで答えるジャンさん。
そして残りの三人もちょっと引き攣った笑いを浮かべている。
うん、僕も大歓迎っぷりにちょっと引いた。
村人たちとはうまくやっている自信はあったけど、思ったより慕われてたっぽい。
……勇者パーティ全員集合とか村の人たちぶったまげないかな?とか思ってたけど、見知らぬ彼らのことはほぼスルー状態で僕らの歓迎してくれてたしね。
このメンバーをスルー出来るってなかなかないぞ。
「変わったことや困ったことはありませんか?」
お茶をご馳走になったあとでクリスへと問いかければ少しだけ困ったように彼は笑った。
「困ったこと……といえば司祭様たちがいなくなられたことぐらいでしょうか。特に最初は急に泣き出したり、喧嘩する子が絶えなくて情緒不安定でしたから。みんな心配で寂しくて仕方がなかったんでしょう。本当にご無事でなによりです」
それ以外は特に。という彼の返答にほっと肩をおろしたのは一瞬だった。
「ああ、そういえば……最近は村を訪れる人々も増えて村の収入も増加しているようですよ」
「この村に?」
特に名産があるわけでもない、旅人が訪れることなど滅多にない村だ。
「ここは司祭様たちがおられた村ですから」
「成程、勇者たちの生まれ故郷として有名になっているんですね」
「アーサーとユリアもですけど一番多いのは司祭様にご恩がある方たちですよ。司祭様がおられた教会ってことでここにも良く来ます」
エリザの言葉に「は?」と驚いていると扉付近からも追撃が。
「「ここに司祭様がっ……!」って感涙しながら拝んでく人とか居ます」
「オレ、知ってる!そーいうの、聖地じゅんれーって言うんだって!!」
「しさいさまのせーち!」
聖地巡礼??
いやまて、一体だれが?と思いかけてバッと隣を見た。
聖地巡礼の意味がまずわからないが、布教をしそうな人物に心当たりがものすごくあった。
「そういえば旅の途中で出会った人たちに村のこと話したかも」
「俺もミシェル様の功績を語るうえで村の名前を出したことがあるかもしれないな」
やっぱり君たちかっ!!
旅の途中でも布教してたのっ?!
僕に見られたアーサーたちは何故かドヤ顔だ。
「ミシェル様の偉功は世に広く知らしめるべきです」
「そうですよ!そうじゃないとまたお城の人たちみたいに愚かな思い違いをする人たちがでてきます」
「待って、ユリア。その話、くわしく」
ユリアの発言に素早くストップがかかった。
そんでもってユリアに僕の初期の城での扱いを聞いた子どもたちから黒い殺気が。
「はぁ?!アーサー、ユリア、当然そいつらは消したんだろうな?」
「あ”あ”ふざけたマネしてくれんじゃねぇか」
巻き舌気味にキレる子どもらの姿に目をまたたく。
え?まって、誰?
僕の知ってる可愛い子どもたちの姿と全然違うんだけど。
ここって闇ギルドかなんかだった?ってぐらい殺気がヤバいんですが……。
見知らぬ何人かの子どもたちだけが呆気に取られた顔で仲間たちを見て、その怖さに泣き出した。その気持ち、よくわかるよ。
「ちょ、ちょっと……」
困惑しながらも僕が声をかけたところで、扉近くの子どもらはハッと息を飲んだ。
「本当、ひどいですよね」
「許せないです」
非難を口にしながらも声のトーンは一変し、ぷうっと頬を膨らませたり、にこにこしたりと子どもらしい表情へと変わる。
その表情はすこぶる可愛らしい子どもそのものなんだけど……先程の姿と一瞬の変貌を目の当たりにすると逆に怖い。
「本気でユリアらの同類…………」
「先ほどの様子を見るに村人の方達もでは……?」
引き攣った表情でジャンさんとヨハンくんがなにやらコソコソしている。
ウルフとシルフィーナもドン引きの表情だ。
「そ、そうだ司祭様!クッキー、クッキー作ったんですよ僕ら」
話しをそらすように一人の少年が声をあげた。
「とってこいよ」と誰かが声をかけ、走り去る足音。すぐさま戻ってきた少年は皿と手にしたものをエリザへと手渡した。
袋を開け、エリザがクッキーを盛り付けてテーブルへと置く。
並べられたクッキーは変わった形をしていた。
十字架に、剣、それから花の形だ。
「これが「神の寵児!偉大なる司祭様クッキー」でこっちが「勇者クッキー」に「聖女クッキー」です。売り上げは孤児院の運営にまわしてるんですけど、司祭様クッキーが一番人気です」
「当然ですよね」と笑って説明してくれるエリザにもうなんて言っていいかわからない。
「他にも……」と披露される色んな商品。
まさかのグッズ販売されていた……。
しかも僕のだけなんか変な名前ついてるんですけど?
え、やだ。普通に恥ずかしい。
売れ行き好調で孤児院の運営費がUPと聞かされても、素直に喜んでいいかわかんないんですが。
「なるほど、聖地巡礼…………」
「ミシェル様教の聖地ですね」
「教祖様になる日も近いな」
「近そうね」
しかも無情な仲間たちに慰められるどころかしれっと追い打ちをかけられるし。
ねぇ、やめて。
お願いだから納得してないでたすけて。
あとアーサーとユリアは反省しなさい。布教はやめて。




