転生司祭は休日を過ごす 5
「あーー、お騒がせして申し訳ありません」
「待って、本当に待って下さいっ!!ミカエルさんっっ?!」
「もしかして前に言ってたあなたが偽名使って働いていたお店ってここのこと?」
シルフィーナ、大正解!!
「偽名?!」
零れ落ちそうなほど目をかっぴらいて叫ぶレーネの頭をよしよしと撫でる。
とりあえず一旦落ち着こう。
……原因僕だけど。
「ごめんね?ミシェルが本当の名前なんです」
「髪色も変装……?勇者パーティの司祭様が偽名と変装でウチの店に……?待って、なんで??あっ!!でもミカエルさんがいなくなったあの後って、魔物の襲撃があって……もしかしてミカエルさんが居なくなったのってそのせい?!」
「本当にすみません」
お客さんたちもだけど、かつてのアレを思い出したのか背中にジト目を向けてくるウルフとシルフィーナもマジごめん。
視線がザックザック突き刺さるわー。
「とりあえず、皆さま気にせずどうぞお食事を再開してください」
「無理―!!」
「ほら、レーネもお皿運んで。料理が冷めてしまいますよ」
「ミカエルさ……じゃなかった!ミシェル様」
「別にいままで通りミカエルでいいですよ。言葉遣いもそのままで」
レーネの背を押し厨房へと促す。
僕はといえばくるりと振り向き四人へと向き直った。
「注文は決まった?」
「俺はコレとコレ食べたいです!ミシェル様、変装ってどんなですか?」
「私はこれー!あとはどうしよっかなー?」
「髪を黒く染めてただけですよ。君らと違って私は目立たないですしね」
「そんなことないです!!ミシェル様は光輝を放っておいでなので何万の人混みの中でも見つけられます!」
「そーですよ!黒髪のミシェル様みてみたかったー」
…………いや、そんな芸当出来るの君らだけだから。
しかもこの子らマジでリアルウォーリーを探せ出来そうで怖いんだけど。
はははと乾いた笑いを浮かべつつシルフィーナやウルフにも注文をとる。
忙しいのを見てとってか「お手伝いしましょうか?」と申し出るアーサーやユリアの申し出は断った。
暴走さえしなきゃいい子たちなんだよ、本当に。
料理もあらかた行き渡り、一息つけたところでアーサーたちの席へと座る。
……ガッチガチなレーネも一緒に。
いつもの元気もどこへやら、まるで借りてきた猫のようにおとなしいレーネはよく見ると緊張のあまりか若干涙目だ。
せっかくだからと誘ったけど有難迷惑だったかも知れない……。
「じゃあ改めて自己紹介を。彼女はこの店の看板娘のレーネです。そっちが勇者のアーサー、聖女のユリア、獣人のウルフにハイエルフのシルフィーナ」
順々に紹介すれば「ガチで勇者パーティ様だった……」と口から魂が抜けそうなレーネの声が漏れた。
最初のざわめきこそ過ぎ去ったものの、お客さんたちの視線もめっちゃ感じる。
周囲の視線なんてものともしないのが彼らだけど……。
「ミシェル様はなにを召し上がられますか?」
「これどうぞー」
アーサーがメニューを差し出し、小皿にとった料理をユリアが僕とレーネの前においてくれる。
「驚かせてすみません。ですがそんな緊張しなくても平気ですよ」
料理も運ばれ、なんとか再起動を果たしたレーネに苦笑いをしながら声をかければ凄い顔でジトッと見られた。
その表情が「これで驚かないでいられるとでも?!」と雄弁に語っている。
そうだよね、うん、ごめん。
それでもにこやかに話しかけてくる同じ年頃のユリアの存在もあって少しずつ緊張は解けたようだ。
会話も少しずつ弾み、それなりに和やかに食事は進んだ。
もっとも、他人に気なんざつかうウルフやシルフィーナじゃないので、彼らは時折相槌を打ったりするぐらいだが。
勇者パーティはどっちかっていうと若い子らの方が気ぃ使えるからね。
自分の分の食事を終えると「そろそろ片付けのお手伝いをします」と空になった皿を重ねはじめた。僕も席を立とうとしたが大丈夫だと断られたのでお言葉に甘え腰を降ろす。
まとめた皿を持ち上げようとして、レーネはなにかに気付いたかのようにテーブルへと戻した。
「そうだ、大事なことを言い忘れてました」
そういってレーネは真っすぐに姿勢を正した。
「勇者パーティの皆さま、魔王や魔物を倒してくださってありがとうございました。私たちを守ってくださったこと、心からお礼を言わせてください」
下げられた頭と真摯な声音に思わず目を見開いた。
呆然とした僕と眼が合ったレーネが「ミカエルさん?」と首を傾げる。
「いや、ちょっと吃驚しただけです。急に真面目にお礼なんてされたので」
「そりゃあそうですよ!それに私、小さいころ魔物に襲われたことありますもん。すっごく怖かったです。それに旅ってすっごく大変じゃないですか。感謝するのは当然でしょう?第一、アーサーさんやユリアさんなんて私とほほ年齢だって変わらないし。本当に凄い。尊敬します」
勇者だから、聖女だから、特別だからと押し付けるのを当然だと思わず、そんな風に想ってくれる彼女に心がほわりと温かくなった。
ふわりと笑みを浮かべて頭を撫でれば何故かやたらと動揺された。
しまった……つい癖でやってしまったが年頃の女の子にはNGだったか。
ユリアや孤児院の子たちは嫌がらないからうっかりしてた。
真っ赤な顔で両手にお皿を抱えて厨房へと引っ込んでいくレーネを、「レーネちゃん、いい子ですね」とユリアがニコニコと見送る。
アーサーもあまり関わりのない人間に向けるにしては取り繕った笑顔でなく好意的な感じだ。
その一方で、何故かひどく面白そうな表情でグラス片手に僕と厨房とを見比べるシルフィーナ。
「あなたも意外とやるじゃない」
ニヤニヤとした表情に首を傾げれば、シルフィーナが身を乗り出してそっと囁く。
「あれは絶対あなたに気があるでしょう」
「彼女はユリアの一つ下ですよ?私とは年だって10歳以上離れてる」
まさか、と苦笑いを浮かべれば、やれやれと肩を竦めるシルフィーナの動作にちょっとイラッとした。非常にワザとらしいリアクションが腹立つわー。
にやにやしたままのシルフィーナはそういえば、と今度はその表情をユリアへと向けた。
「ユリアはミシェルに対して恋愛感情はないの?やっぱアーサーがいるから?」
話しを振られたユリアはカルパッチョを食べてた手を止め、うーんと考えながら口の中のものを飲み込んだ。
「わたしにとってミシェル様は神様的な立ち位置だから」
「「「…………」」」
非常にコメント困る発言に思わず黙った。
「教祖様だしな……」
「教祖様だものね……」
待て、ウルフにシルフィーナ。
その言葉でまとめようとすんな!
「それにアーサーと殺し合うの嫌だし」
さらっと零されたユリアの言葉に思わずユリアを凝視する。
え?待って、どういうこと?
なんでアーサーと殺し合う話になった??
フリーズする僕らを他所に、当のアーサーはというとユリアの発言にうんうん頷いていた。
「恋愛感情とかそういうのはとっくに超えてるから置いとくとして、結婚っていう手段で合法的にミシェル様を独占できるのは魅力的だけどアーサーも他の子たちも許さないだろうしなぁ」
「お前だって同じ立場なら許さないだろう。万が一ミシェル様が女性で俺が告白したら絶対邪魔するだろうが」
「そうだよねぇ」
ねぇ待って、本当に待って。
「ま、まぁさっきの女がミシェルに気があるにせよ、10歳ぐらいなら許容範囲だろ。そんなこと言ってたらコイツなんて犯罪だしな……ぐぁ!」
とにかく話題を逸らそうとしたのだろう。
フォークでコイツ、とシルフィーナを指したウルフの腹にはシルフィーナの見事な一撃が決まった。
店内で暴れんなし。
そして腹は大惨事が起きると大変だからやめよう?ウルフはどうでもいいけど、店に迷惑をかけるのは本意でない。
「うるさいわよ……」
悪態を吐きながらカルパッチョをフォークの先でつつくシルフィーナの声音には多分な苛立ちと、指摘されたくないことを指摘された時の色が含まれていた。
……今のヨハンくんの見掛けは立派な美少年ショタだしね。
女性らしくスタイルのいいシルフィーナとヨハンくんが恋人同士と思われることはまずない。
もどかしさとやるせなさを覗かせる彼女を見てつい口を挟んだ。
「ヨハンはいい男になりますよ」
「え?」
「背だって今のアーサーと同じぐらい伸びてたし、端正な男前間違いなし。私が保証します」
微笑んで告げれば長い睫毛をパチパチと瞬かせたシルフィーナがフォークを皿においてこちらへと身を乗り出した。
「そうよね……。ミシェルはヨハンの将来の姿を知っているのよね」
髪を耳にかけながら頬をピンク色に染めたシルフィーナが「10年後の彼はどんな姿?もっと詳しく教えて」と詰め寄ってくる。
恋するツンデレ乙女なその姿はちょっと可愛かった。
あ、ちなみにパーティ内で僕だけ「司祭」って役職呼びだったけど、あの一件の謝罪のあと名前で呼んでくれるようになりました。
僕も様付けしなくていいって言って貰えたし。
心の中では前から呼び捨てだったけど……。
食事を終え、いつもより遅くなった閉店に合わせてレーネを送りがてら僕らも帰った。
帰り道の途中、何の気なしにレーネが口を開いた。
……開いてしまった。
「でもミカエルさんがあんな強かったの納得です」
「強い……?」
「ちょっ、レーネ……」
ストップをかける間もなく、にこやかな笑みを浮かべたユリアが「なんかあったの?レーネちゃん」と問いかけ…………。
「昼間ゴロツキに絡まれちゃったんですよ~」
レーネの口から零れ落ちたその一言に固まった。
間に合わなかった……。
制止が間に合わなかったその事実に片手で額を押さえる。
詳しく話を聞き出し、そして僕に刃物を向けたゴロツキたちに「そいつら殺す!」オーラを立ち昇らせる勇者サマと聖女サマ。ある意味安定の彼らを止めるのに四苦八苦することになるのだった。
その後、一人でお出かけがますます難しくなったのは言うまでもない。




