転生司祭は休日を過ごす 3
「なんで急にお店辞めちゃったんですか?みんな残念がってましたよ」
「すみません。ちょっと火急の事情があって……」
「それと髪!最初気づかなかったけど黒から薄い茶髪になってる!!」
「ああ、こっちが地毛なんです。黒いのは染めてただけだから。変ですか?」
「お似合いです!!ミカエルさん雰囲気柔らかいから今の色合いの方がしっくりきます。黒は黒で落ち着いてて似合ってましたけど」
「ありがとう」
相変わらずレーネは元気だなーと思いつつ隣を歩けばやがて見慣れた街並みへと出た。
「ミカエルさんっ!ミカエルさんってば聞いてます?!」
「聞いてますよ」
久しぶりなこともあってかレーネからの質問やらマシンガントークが終わらない。
でもまぁ、この年頃の女の子はこんなものかも知れない。
ユリアもおしゃべりは好きだし、孤児院の子たちも一生懸命その日にあった出来事なんかを語ってくれたし。
そんなことを思っていると動き続けていたレーネの口の動きがとまり、どこかツンと唇を尖らせてこちらを見ていた。
「レーネ?」
「……誰のこと、考えてたんですか?」
自分が話しているのにと上の空になっていたことを拗ねているのだろうか?
そんな反応も見慣れたそれで「ごめん、ごめん」と苦笑いを浮かべる。
「“あの子ら”のことですか?」
ムスッと上目遣いに覗きこんでくるレーネ。
「その片割れとその他大勢の子たちのことです」
「なんですかそれ?結局だれかわかんないし!」
「ほら、到着」
店の前についたのでレーネに先を譲る。
僕は両手塞がってるしね。是非ともドアを開けて欲しい。
カラン、とベルの音が響いた。
「いらっしゃいませー!」
活気のいいおかみさんの声が響く。
「ごめんなさーい!買い出し遅くなっちゃいました!!」
「レーネ!遅いから心配したんだよ……ってミカエルさん?!どうしたんだい一体?!」
よく通る二人の声にお客さんたちの目が一斉にこちらを向いた。
厨房からはこの店のご主人も驚いたように顔を覗かせている。
急に居なくなった手前、気まずさを覚えながらも一先ず荷物を置くのとお客さんたちに迷惑をかけないためにも店の奥へと進んだ。
「勝手に居なくなってご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」
まずは謝罪。
ピシリと腰を折り、誠心誠意の謝罪を告げる。
事情があったとはいえ、お店に迷惑をかけたのは事実だし。
怒鳴られることも覚悟していたが店主夫婦は怒るどころか何があったのかと心配してくれた。
「ミカエルさんは最近のチャラチャラした若いのと違って真面目だしな。事情があったんだってこたぁわかってらぁ」
「ちょっと旦那さん!チャラチャラした若いのって私は入ってないですよね?」
「レーネが働き者なのはわかってるよ。……いらっしゃいませー!!っと油売ってる暇はないね。昼時は大忙しなんだから。さぁアンタは早く料理を作って!!レーネもさっさとエプロンつけて接客に回りな!」
またもや響いたドアベルにおかみさんが忙しなく指示を飛ばす。
昼時の店内はほぼ満席状態だ。
「せっかくだからミカエルさんも何か食べていくかい?店内は満席なんでこっちのスペースでよければだけど。それから置いてったお給料も渡さなきゃ。落ち着くまでちょっと待っててくれるかい?」
「いえ、それはご迷惑をお掛けしたお詫びなので!」
「何言ってんだい!労働の対価なんだからいいんだよ」
「いえいえ、本当に。それより……もしよかったら私も手伝いましょうか?」
あまりの混み具合に思わずそう声をかけた。
厨房から料理を受け取り、配膳し、グラスに水を注ぎ入れ、テーブルを拭き、そしてまた新たなお客さんの注文をとる。
どのくらいその作業を続けただろう。
ピークの合間、隅のスペースで賄いを口にする。
メインはデミグラスソースもかかったカツカレー。
他のメニューにも使用されるデミグラスソースは手間ひまかかった味で濃厚だ。大ぶりなチキンカツの衣もサクサクでカレーはわりとスパイシーめ。
「なんか前より混んでません?」
以前働いていたときもお客は多かったし、それこそ昼時ともなれば満席なのは珍しくもなかった。だけど食事時を過ぎればもう少し余裕があったはずなのだが、今日はお客さんがひっきりなしだ。
「今日は特別ですよ。ミカエルさん効果です」
水を持ってきてくれたレーネに「は?」と首を傾げれば何故か怒ったように腰に手を当て仁王立ちされた。
「は?じゃないです。お昼のピークはいつもだけどその後の混雑は完璧ミカエルさん目当てです。現にお客のほとんど常連さんとか女性のお客さんばっかじゃないですか!」
確かに見覚えのあるお客さんにちらほら声をかけられはした。
「でも女性客は前からそこそこいましたよね?」
「だ・か・ら、あの時もミカエルさん効果ですってば!」
「前は食事時以外はレーネ目当ての男の常連は多かったけど若ぇ女性客は少なかったからな。ミカエルさんが居なくなった時には女の子らが嘆いてたぞ。まぁ、その後も味を気に入って通ってくれる子らもいて助かってるが」
フライパンを振りながらご主人までそう語りだす。
僕はといえば、思わぬ新事実にビックリだ。
そういえば日を追うごとに女性客が増えていた気もするが……普段をしらないだけにそんなものだと思ってた。
お客さんから注文が入り「はーい!」と可愛らしい声をあげてパタパタと走って行ったレーネが注文を済ませまた戻ってきた。
順番に休憩を済ませる為にも僕はその間スプーンを順調に進ませる。
「ミカエルさんまたここで働いたりしないんですか?」
期待いっぱいのレーネには悪いが答えはノーだ。
首を振ればレーネばかりでなく店主夫婦も肩を落としてくれるのが大変申し訳ない。
「あっ、でも今後も王都に居ることになったのでたまに寄らせてもらいます」
「それと……」と若干言い淀む。
同じ飲食店としてライバルは望まれないかもしれないが、黙ってるのも心苦しいし。
「私もそのうち王都に飲食店を出店しようかと……」
「ええっ?!」
一際大きな叫びをあげてお客さんの注目を浴びたレーネが慌てて口を押さえて身を寄せてきた。作業の手を止めた店主夫婦まで寄ってきて一人座ってる身としては圧迫感がハンパない。
「飲食店って……ミカエルさん料理出来たのかい?」
当然の疑問だよね。
面接の時にホール専門でって希望出したし。
「えっと、まぁ……」
ぽりっとひとつ頬を掻く。
事情は非常に説明しにくいが、刃物解禁されたいま思う存分料理ができる。
なお、王都に出店するのはほぼ決定。
……というのも、国が直々にお店を用意してくれる。
敷金・家賃ゼロ。しかも住居として変わらず城に住まわせてくれるという好待遇。
出店希望の話をしたら新国王自らオファーがあったんだよね。
まぁ国としたら自国に勇者パーティがとどまってくれるっていうのは大きなメリットだし。
なんせ僕が残ればつられて勇者様と聖女様がついてくる。
あとやたらと僕に懐いてくれたローゼマリー様のご要望とかもあったのかもしれない。王様ローゼマリー様を溺愛してるし。
まぁ、そんな裏事情は語るわけにもいかないよね。
ぽつりぽつりと質問に答えつつ、手早く食事を終えて手を合わせる。
「ごちそうさまでした。次レーネ休憩どうぞ」
お皿を流しへと運び、その足でそそくさとホールへと向かった。




