転生司祭は休日を過ごす 1
その日は休日だった。
魔王討伐の旅も終わり、以前のように孤児院の世話などをしているわけでもない現在、毎日が休日だろうと言われてしまえばそうなのだが……これでも色々と細々とした仕事はしているのだ。
教会関係での呼び出しや、新国王やら宰相やらとの会合とかね。
アーサーらも騎士らに訓練をつけたり、討伐やら怪我や病気の人を癒しに治療院をまわったりとそれぞれ国に貢献している。
まぁ、魔王討伐は果たされたといえ魔物の被害や弊害の爪痕はまだまだあるし。
新国王から請われ国の立て直しに貢献してることもあり、僕らは未だ王城住まいだ。
そして今日、治療院も炊き出しも、お偉方がたとの会合もなに一つ予定がない。
つまり全くのフリーデー。
僕がいいたかった休日とはそういう意味だ。
そしてそんなたまの休日を満喫すべく、僕は一人王都をブラついていた。
他のみんなはそれぞれ予定が入ってたからね。
僕が出かけると知ってアーサーとユリアが自分たちの予定をすっぽかそうとしたのを宥めて城を出たのがつい数十分前。
やたらと不安そうな彼らに夕方頃には帰るからと告げて出た。
万が一遅くなるようならちゃんと連絡もするから、と。
僕って小学生の子供かなんかかな?
そんなことを思わないでもないが、「絶対、絶対ですからね!」と泣きそうな顔で言われてしまえば仕方ない。勝手にいなくなったあの一件は、彼らの心に思ったより深く傷を残してしまったようだ。
王都の街並みをフラフラと歩く。
気ままな独り歩きも久々なら、司祭服でない私服でこうして過ごすのも久々だ。
司祭服は司祭服できちんとして見えるし、服装に迷うこともなく便利っちゃ便利なんだけどね。
王城近くには貴族御用達の高級店が、もっと歩くと貴族や商人など裕福な平民層も使う上品で質のいい店、広場の辺りに出れば屋台がずらりと並んだりと変化もあって面白い。
時折チラリと女性たちから視線が飛ぶことはあるが下手に絡まれるようなこともない。
これが他のみんなならキャーキャー言われて街の散策どころじゃなかったかも……なんて思いながら気になる店を覗きこむ。
果物の果汁をつかったジュースに、肉の串焼き、蜂蜜を絡めたナッツの菓子に骨董品にレース製品。連なる露店の通りを歩いていると前方がやけに騒がしい。
喧嘩だろうかと目を向けて思わず「ん?」と声をあげた。
「いい加減にしてっ!!」
肩へ回すように伸ばされた腕を弾いた瞬間、パチンッと小気味いい音が響いた。
「痛ってぇ!!このアマっ!!」
弾かれた手をさすり、激高する屈強な男。
「人が優しくしてやりぁいい気になりやがって!!」
「お嬢ちゃん、責任はキッチリとってもらうぜ」
フルーツを売る露店の前、一人の少女を囲むようにたむろする数人の男たち。
ザ・悪役感が満載のゴロツキ染みた兄ちゃんたちはこれまた典型的な感じで威嚇しながら少女へとぶっとい腕を伸ばした。
「いっ!?」
手首を掴めば苛立ちと下卑たニヤつきを浮かべていた顔が痛みに歪む。
ギリギリと掴んだ腕に力を入れながら少女を背に庇った。
「大丈夫かい?レーネ」
顔だけ僅かに後ろに向けて問いかければ絡まれていた美少女・レーネの瞳が真ん丸に開かれる。
「ミカエルさんっ?!」
数週間前のことなのに酷く懐かしい名前がその口から発せられた。
若干指も疲れたので絡んでいたゴロツキ、パイナップルみたいなモヒカン兄ちゃんの腕を離す。
……この世界にもモヒカンってあるんだね。
あと仮にもナンパするならもうちょっとこう、女性に受けやすそうな恰好とか出来なかったのかな?とか内心めっちゃ失礼なことを考えている間にも彼らはどんどんヒートアップ。
「テッメェ!!」
「覚悟はできてんだろうな?!」
テンプレだ。
使いまわしたかのようにテンプレだ。
殴り掛かってきた男の手をひょいッと掴んで捻りあげる。
男の目が真ん丸に見開かれた。
たぶん……こうも簡単に阻まれるとは思ってなかったのだろう。
ほら、僕って見た目わりと大人しそうな優男だし。
そう納得しながら面倒なので男の首筋に一撃を入れて気を失わせた。
お兄さんたち気が立っちゃってるからね。五人居たお兄さんたちはそれぞれ拳を握ったりナイフを取り出したりと完全に頭に血が上った状態だ。
これは早めに片付けないと周囲に被害が出てしまうかもしれない。
「喧嘩だ!」「騎士様呼んで来い!」野次馬からそんな声が飛ぶが彼らの殺気は変わらない。騎士を呼ばれることで怯んでくれれば一番良かったんだけどそうもいかないようだ。
「ミ、ミカエルさんっ……」
怯えた声でレーネが後ろから手を伸ばす。
「大丈夫だよ。でも危ないから少し下がってて」
「大丈夫じゃないですよ?!相手あんなに居るんですよ?刃物だって持ってるし!!」
半泣きな彼女をそっと露店の方へと押しやると同時に男たちが襲い掛かってきた。
ラリアットでも食らわせるように突っ込んできた男に靴底をめり込ませ、背後から襲って来た男には振り向きざまに肘を食らわせよろめいたところで足を払って地面に沈める。
キィィン!!
振り下ろされたナイフを障壁で受け止めれば「魔法だ!」と周囲の男の子から声があがった。
顎に掌底を叩き込み、ついでに蹴りも叩き込めば一際大柄だった男は白目を剥いて崩れ落ちた。
「なっ……」
次々とやられた仲間に焦ったのか、モヒカン男が半狂乱になりながらナイフを振り回しながら突っ込んでいった先は僕でなくレーネと露店の女主人や幼い子供のいる先で。
木の板を渡しただけの台をその上に乗る商品ごと男の手が派手にひっくり返し、悲鳴が漏れた。
振りかぶられる刃が陽の光を受けてキラリと光る。
だけどその凶刃が振り下ろされることはなかった。
肘から先を凍りつかせた男が驚いたように、ブリキの人形のようなぎこちなさで首をこちらへと回した。
そこら中、宙に浮いた状態で静止したフルーツたち。地に落ちることなく浮かぶパイナップルを一つわし掴んだ。
足元に転がっている先の男のナイフをブーツで蹴り上げ反対側の手に握ると、モヒカン男の目の前で手にしたアーミーナイフをブスッとそれに突き立てた。
貫通した刃の切っ先が僅かに男の鼻先へと顔を出し、滴る果汁が男の顔へと降り掛かかる。
「こんな人混みで刃物を振り回すと危ないですよ。それに女性に声をかけるならそれなりのマナーがあるでしょう?」
串刺しになったパイナップルに己の姿を見たのか「はひっ。すみませ……」しおしおと崩れ落ちたモヒカン男の背後では、仲間が二人ほど逃げ出そうとしていた。
風の障壁を生み出せば「ぶっ!」とぶつかった男たちが間抜けな声を出す。
「あまり無駄な行動はしないで頂けますか?こちらも手荒なことは控えたいので」
氷の刃を幾つも浮かべてお願いすれば実に快く頷いて貰えた。
脅迫?
いえいえ、ちょっと強引なお願いです。
もちろん真っ当な人達にやったら脅迫だよね。
でもさ、威圧して人を言いなりにしようとしてたの彼らのやり方じゃん?
恐喝でしかないあのナンパも彼らからしたら違うんでしょう?
なら僕のこれだってただのお願いだよね。




