転生司祭は看病する 3
夕食を食べさせ、薬を飲ませたあとは症状もかなり回復していた。
まだ少しとろりとしているものの、焦点が怪しかった瞳も戻り、荒かった息遣いも少しは落ち着いた。
「熱も、大分下がったようですね」
掌で額の温度を測りながらそう告げる。
流石の若さと体力だ。
具合が悪くても基本的に一日で治してしまうアーサーの治癒力は驚異的だ。
前なんて、毒を喰らったのに一日経ったら治ったからね。因みにその時、僕もユリアも一緒じゃなかった。一緒ならすぐに解毒できたんだけど。
魔物の毒を喰らって魔法も治療もなしに自然治癒するとかどんな体の造りしてんの?驚異的すぎるんだけど。
背もたれにしていたクッション代わりの枕を取り去り、頭を枕へと横たえる。
掛け布団を引き上げ整えていると伸ばされた指が腕を掴んだ。
弱々しい動きに反して力は強い。
「………………」
もごもごと言葉を発することなく動く唇。
上目遣いで見つめる、縋るような瞳。
小さく笑みを浮かべ、布団の上から肩口を反対の手でポンポンと叩いた。
「眠るまでここに居ますよ」
安堵したように緩む指先に「だから、安心してお休み」と声を掛けた。
読んでた本に栞を挟んで閉じる。
穏やかな寝顔と健やかな寝息。
すこしズレた掛け布団を再び引き上げ、「お休み」と夢の中の彼へと声をかけサイドテーブルに置かれたランプを消した。
簡易キッチンで温かい飲み物を淹れる。
蜂蜜入りのホットミルクが二つと、コーヒー二つ。
会話の内容までは聞き取れないが、話し声が聞こえたのでアーサーの見舞いに訪れた彼らはまだ居るのだろう。
お盆に4つのカップを乗せ、扉を開ければ予想通り三人はテーブルを囲んで会話していた。
ジャンさんとヨハンくんの表情が引き攣ってるのがちょっと気になる……。
「あっ、ミシェル様。アーサー寝ました?」
「ええ、体調も大分良さそうですよ。明日には回復してるでしょう」
たった数歩の距離なのに席を立って迎えにくるユリアにそう告げる。
「良かった。まぁ、アーサーですもんね」
顔を見合わせ笑う。
「どうぞ」
ことりとカップを置けば、それぞれがお礼を言って口をつける。
「プリンご馳走様でした」
ぺこりと頭を下げて「美味しかったです」とはにかんでくれるヨハンくんに嬉しくなる。作ったものを喜んでもらえるのは嬉しいよね。
思わず手が伸びてその頭を撫でた。
「ヨハンもあまり無理しちゃダメですよ?最近頑張りすぎです。アーサーみたいになる前にちゃんと休息もとりなさい」
「はい」
照れくさそうに俯くヨハンくんの横でユリアが「自分も!」とばかりにプリン美味しかったですアピールと頑張ってますアピールを始める。
……なんでこの子らこんな張り合うの。
ヨハンくんの頭に置かれた手をガン見しながらのアピールにユリアの頭も撫でれば猫みたいに瞳を細めてご機嫌な表情だ。
「そういうミシェルこそ体調は平気なのか?最近、やたら宰相とかに頼られてんじゃん」
「あー、まぁぼちぼち?」
曖昧に言葉を濁して緩く笑う。
なんか割と宰相さんと話が合っちゃったんだよね。
多分、苦労人の胃痛持ち属性だからだと思う。
……で、エセ神託情報とか、あとは前世知識で孤児院で実践してた教育法だの就職に活かせる知識だのポロっと零しちゃったら王様や宰相さんたちにめっちゃ食いつかれちゃった。
あとはさっき言ってた胃薬の横流し。
宰相さんも補佐室の皆さんにも胃痛持ちに大人気なんだ、僕の薬。
まぁ、効果は自身で実証済みだからわからないでもないんだけど。
「迷惑かけられたらすぐに言ってくださいね?」
可愛い笑顔で小首を傾げてくれるユリアだが…………迷惑かけられたら絶対に言っちゃいけない人選だよね。どう考えても。
不幸な結末しか見えないよ。
あはは、と乾いた笑いを漏らしつつ、「それ飲んだら二人も寝なさい」と会話を逸らす。
「そう言えば、さっきまで何の話をしてたんです?」
コーヒーを啜りながら問いかければ、返ってきた答えは僕らが居た村の孤児院の話。
なんでそれで二人が引き攣った顔するんだろう?と首を傾げた。
アーサーやユリアの衝撃エピソードでも聞いたのかな?規格外な勇者様と聖女様だし。
でも、と懐かしい村へと想いを馳せる。
村を出てから一年ちょっとか。
「久しぶりに村や孤児院の皆とも会いたいですね」
「わたしも会いたいです。アーサーの具合がよくなったらジャンさんかシルフィーナに連れてってもらいましょう!」
ジャンさんかシルフィーナに、っていうのは転移術で連れてって貰おうって意味だ。
まともに帰ると行き帰りだけで結構な日数だからね。電車や飛行機なんて便利なものはないし。
転移術のがもっと便利だけどさ。
「別にいいけど」
「でもその前にエルフの森にも行かなきゃですね」
フィーアデルフィア様や花妖精たちにも頼まれてるしね。
あと、エルフの病は癒えた筈だけど一度ヨハンくんにちゃんと看てもらいたいし。
「エルフの森……どんなところなんでしょう?」
ちょっとほっぺを染めてソワソワしてるヨハンくん。
ある意味好きな相手の実家に招待されるわけだし緊張するよね。シスコン気味のアルトに意地悪されないか心配だ。
会話に参加しながらもずっと手元の魔導書に視線を向けてたジャンさんが本を閉じて眉間を揉んだ。目が疲れたっぽい。
ブラックコーヒーをずずっと啜って軽く首を振るジャンさんの手元を身を乗り出したユリアが覗きこむ。
「……グラウィタス?」
「グラヴィタス。語源は万有引力。重力や引力に関わる魔術に関する魔導書で、コレはその写本の一部。まぁ、実用には向かない趣味で編み出されたような魔法が多いけど、貴重だし面白いは面白いかな。重力や引力は応用出来る範囲も多いし……」
興味を示した子供組に題名が見やすいように向きを変えてあげてるジャンさん。
術の名前なのか聞き慣れない用語を幾つも出しながら説明してくれるんだけど……僕らの頭にはハテナマークがいっぱいだ。
つまり、全然わからない。
半分聞き流しつつカップの中身を減らしていると、聞いたことあるような説明が一部過った。
あれ、どこで聞いたんだっけ?と頭を傾げていると、既にジャンさんの話に興味を失ったユリアが「どうしたんですか?」と両手にカップを持ったまま問いかけてくる。
「なんか聞いたことがある気がして……」と答えつつ頭を傾げること数秒。
「ああ、ミュルクヴィズの地下神殿の宝箱にある魔導書か」
魔導書の名前にもちょっと憶えがある気がしてたけど、前世のゲームプレイ時だ。
確か、難易度高かった割に魔王討伐には特に必要ない魔法や武器しかGET出来ないから、今回の旅ではスルーした地下神殿にそんなのがあった筈。
思い出せてスッキリ。
中途半端に思い出せないのって気持ち悪いもんね!と晴れやかな気持ちでうんうん頷いてたらガシッと肩を掴まれた。
犯人は隣のジャンさん。
「今、何て言った?」
美形のマジ顔、ちょっと怖いです。
「ああ、ミュルクヴィズの地下神殿の宝箱にある魔導書……か……」
ガシッ、っていうかもはやグワシッ!!な肩を掴む手が両手になった。
なになに、怖いっ?!
「あんの?」
「はい?」
「魔導書。グラヴィタスの魔導書」
「えっと、はい。確かそんな名前の原書が……」
「しかも原書っ?!」
ビビる僕に気付いてか、瞳を据わらせたユリアが「ジャンさん?」とどっから出したのっ?ってくらい低っい声でジャンさんを呼び、「手っ、手を放して下さい!」という必死な表情のヨハンくんの叫びにジャンさんが慌てて離した両手をユリアに示す。
必死に無実アピールした後で、再び僕へと向き直るジャンさん。
今度は勿論、肩は掴まれてない。
「もしかして……それも神託、だったり?」
「ええ……まぁ。魔王討伐に関係ないのでスルーしましたが……」
若干目を彷徨わせ答える僕に向けられる驚愕の視線×3対。
「バケモンかよ」
思わず、といった感じで漏れたジャンさんの発言には断固抗議したい。
それ、僕らがいつも思ってることだからね?一般人からしたら勇者パーティ、人外だから。
あと、人に向かってお祈り始めるヨハンくんと、僕の賛辞を繰り出すユリアの反応もどうかと思う。
「よっし!ミュルクヴィズの地下神殿、行こう!!」
いい笑顔で立ち上がるジャンさんは若干テンション可笑しい。
何気に魔導書オタクだしな。
あと薄っすら目の下に隈あるから睡眠不足でハイになってるのかも。今夜も夜更かしするって言ってたけど、もう寝ろし。
飲みかけのジャンさんのブラックコーヒーをそっと遠ざけた。
「こんな夜中から行けるわけないでしょう。それに行くならアーサーかウルフを連れて行った方がいいですよ。あそこ、魔法不可で力技で突破しなきゃいけない罠とか結構ありましたし」
「…………………一応確認するけど……行ったこと、ないんだよな?」
「……はい」
若干目を逸らして答える。
ゲームならありますけどね……。
現実的には魔王討伐の旅以前に迷宮とか行ったことありません。
……なら、なんで内部構造知ってんだよ!って話ですよね。わかります。
「…………神託って、迷宮内部や罠や宝箱の内容まで把握出来るモノなんですね」
何処か遠い目のヨハンくんにうっと肩を竦ませる。
だから神託じゃないんだ。言えないけど……。
翌日、アーサーは無事完全復活。
そして当然のように後日ジャンさんに地下神殿に引っ張って連れて行かれて魔導書も無事GETした。
そして行ったことのない迷宮内部まで把握してる事実に、周囲に慄かれたのも後日の話。




