転生司祭は看病する 2
「あれ??」
不思議そうに声を上げるアーサーに小さく溜息。
「大丈夫かい?アーサー、具合が悪いだろう?」
「司祭、さま……?」
カクン、と力を失くす体躯を支えきれずに一緒になってぐらつくが、なんとか膝をついて倒れ込むことは抑えた。
そっと前髪を掻き分け額に手をやれば…………あきらかな高熱。
「部屋へ……その前に水分をとった方がいいか。誰か、水を頂けますか?」
声をかければすぐさま騎士が水を持ってきてくれた。
「どうぞ!水です!!」
体育会系のノリで水を差し出してくれたのは、例のいつだったか「彼女と約束あったのに!」と嘆いていた騎士だ。
あの後、わざわざ謝罪に出向いてきた意外と生真面目な彼は当然の如くアーサーやユリアの怒りを買った。
折角どの騎士かは黙秘してたのに……。
荒ぶる二人から庇ったら、えらく感激されて土下座にて再びの謝罪をされたのち、このノリである。まるで舎弟のように忠実だ。解せぬ……。
ぐったりする体を支えながら水を飲ませる。
「具合悪かったのか……?さっきまで全然平気そうだったのに。ってかよく気付いたな、お前」
「なんとなく、ね。アーサーはいつも倒れる直前まで自分の不調に気づかないんですよ。なまじ無理がきいてしまうから余計なんでしょうけど」
普通に戦闘してて、敵を殲滅して安全な場所へ移動した途端ぶっ倒れるなんてこともある。
要は気が抜けると疲労がグッとくるんだろう。
今回は僕が気付いて障壁を張ったけど、そうでなければ躱して一撃をお見舞いするところぐらいまではやってからぶっ倒れてたんじゃないかな。
最低限の自衛は本能でしてるみたいだし。
だからまぁ、僕の助けは多分要らなかったんだけどね。具合悪いのにわざわざ無理させる気もないし。
「ウルフ、彼を部屋まで運んで頂けますか?」
「ああ」
僕じゃちょっと無理。
今も何気に潰れそうです……。重っ。
ぎゅっと水を絞り、冷たい布を額へと置く。
赤く染まり苦し気だった表情が一瞬だけへにゃりと崩れた。
幼げなその表情に笑みを浮かべ、頬へ張り付く髪をよけてあげれば冷たい指が気持ち良かったのか懐くようにすり寄ってくる。
「早く良くなってくださいね」
そっと頬を撫でて手を引いた。
魔法で治療することは可能だが、何でもかんでも魔法で癒すのは良いことばかりではない。自然の治癒力や体力も落ちるしね。
ましてや怪我なんかと違って、体が疲労を訴える風邪なんかは特に。
高い熱を落ち着かせ、咳を抑える薬は飲ませたが何といっても肝心なのは休息だ。
初めての旅や魔王討伐にその後のゴタゴタ、責任感も強く頑張り屋なアーサーは気づかぬ内に疲れも溜まっていたのだろう。
なお、僕が姿を消したのが一番の心労だったのでは?という点には目を背けたい。
「あっ、起きた!アーサー平気?お腹すいてない?」
「お腹……すいた」
瞼を開き、キョロキョロと視線を彷徨わせるアーサーにユリアはフフッと笑った。
彷徨う視線が求める先を知っているから。
身を起こそうとするアーサーを手で制し、ベッドへと体を戻しながら告げる。
「今ね、ミシェル様がプリン作ってくれてるよ。おいしーよね。風邪ひいた時の楽しみだったなぁ」
「……プリン。司祭さま、の?」
「うんっ!」
まだ意識が覚束ないのか、言葉遣いが危ういし、司祭様呼びに戻ってるアーサーの様子はどこか幼い。
起きようとした弾みで額から落ちた布を拾い、首筋を伝う汗を拭ってから「ちょっと待っててね」と席を立った。
ひょこりと備え付けのキッチンを覗き、声を掛ける。
「ミシェル様ー!アーサー、目を覚ましました。お腹すいてるそうです!」
「本当ですか。ああ、アーサー。具合はどうです?いま食べるものを用意しますね」
キッチンから出てミシェルが声を掛ければ分かりやすくアーサーの肩が下がった。まるで迷子の子供が親を見つけたように、表情に滲む安堵。
「司祭さま、プリン」
裾を掴んで強請る子供のような姿にプッと噴き出す。
「プリンはあとです。ご飯を食べて、お薬を飲んで、そしたらご褒美にあげますからね」
幼い子供にするようにそっと汗ばんだ髪を撫でた。
大きな瞳が心配そうに部屋と扉を行ったり来たり。
「アーサーさん、大丈夫でしょうか?」
落ち着かなげにヨハンが零す。
勇者としての圧倒的な強さと身体能力を見てきた彼にとって、寝込んだアーサーの姿は衝撃だった。だからこそ余計に心配で仕方がないようだ。
ヨハンはぶっちゃけアーサーやウルフの体力を人としての限界を超えてる、と思っている。
なお、ミシェルや周囲の人間が二人を含め勇者パーティ全体にその想いを抱いていることを彼は知らない。
屈強な騎士よりよっぽど体力のあるショタ僧侶。
「多分大丈夫だよ。アーサーってたまーにああなるけど、基本翌日にはケロッとしてるもん」
「倒れる前に気付かないの?」
魔導書から視線を上げないままジャンが問う。
ヨハン同様、寝込むアーサーの姿に衝撃を受けたジャンだが、長年の付き合いのあるミシェルとユリアが落ち着いているならとすでに平静を取り戻していた。
「本人も全く気付かないんですよね。その状態でも普通に動けるし、闘えるし。で、安心した途端バーンって倒れるの」
「むしろミシェルはよく気付いたな」
「ほら、ミシェル様だし!」
根拠のないその一言は何故か説得力抜群だった。
因みに、アーサーを部屋へと運んだウルフは既にどっかへ出掛け、シルフィーナはエルフの森へと戻っているのでここにはいない。
「でもちょっと羨ましいかも」
「羨ましい、ですか?」
「ほら、ミシェル様に面倒見てもらえるし。甘えられるし」
「「……」」
ブレないな、という瞳を隠すヨハンと、それいつもしてねぇ?という瞳を隠しもしないジャンだった。
そんな二人の反応にちょっと頬を膨らますユリア。
「だってっ、ミシェル様はいっつも優しいけど、看病してくれてる時は更に優しいもん!!アーサー、ズルい!!」
「「私も風邪ひきたい!」とか言うなよ」
「言わないですよ。今はもう」
「今は?」
「昔は競って風邪ひこうとしてたんだよね。ミシェル様大人気だったから独占するまたとないチャンスだったの」
賑やかな孤児院を思い出し、想いを馳せる。
あの村が本来は滅んでしまう筈だったとはとても思えない。
「誰かが風邪を引くとね、自分も!ってその子に近づいてうつしてもらおうとしたり、夜に水被って寒空の下で耐えたり色々してたなぁ」
「「…………」」
懐かし気なユリアの反応に二人はドン引いた。
「それは……お前らだけじゃなく?」
「そうですよー。孤児院は競争率高いからみんな必死です」
「……お二人以外にも信者の方が」
恐る恐る確認するジャンに当然!とばかりのユリアの肯定。
ポツリと落ちるヨハンの呟き。
「大人気、だったんだな」
「もっちろんですよ。だから魔王討伐はいい機会だったんですよね。あの魔王は許せないけど、ミシェル様を独占出来たことだけはちょっと嬉しかったり」
「魔王の存在意義って一体……?」
「まぁ、そんな風に競って体調崩そうとしてたんですけど、ミシェル様自身が体調崩しちゃったんです」
「当然ですよね」俯いて小さく呟く。
「誰かが体調を崩すたび、ミシェル様は付き添って看病してくれてた。他にも私やアーサー、他の子供たちの面倒も見て、色んな知識や技術を教えてくれた。きっと普通の司祭様の何倍も大変で無理してた」
見て、感じていたことの他にも、ミシェルのあの告白を聞いた今はどれだけのことをしてくれていたのかを知っている。
「だから、禁止!って決まってるんです。ミシェル様にわざと心配かけるようなことしたら他の子たちに怒られちゃう。みんな私やアーサーと同じぐらいミシェル様のこと大好きだから!!」
にこやかに締めくくったユリアだが、
「「……同じぐらい?」」
顔を引き攣らせ、恐怖に慄くジャンとヨハンだった。
憤りの果てに魔王をリンチして滅ぼす二人と同じ熱量の大好き!
怖い、怖すぎる……。




