転生司祭は看病する 1
回廊を歩めば、道行く人たちが立ち止まり一礼する。
会釈や軽い挨拶の言葉を交わしながら広い回廊を進んだ。
人影が途切れた所で思わず浮かんだのは苦笑い。
ずいぶん対応が変わったものだ。
数週間前を思い出し、そんな感想を抱いてしまうのも仕方なかった。
魔王討伐後、“勇者パーティ”としての英雄扱いから一転、“勇者パーティのおまけ”として微妙な扱いを受けた僕。
いや、おまけ扱いは別にいいんだ。
僕自身、おまけの自覚は大いにあるからね。
だって比較対象がアーサーたちだ。
勇者パーティ、マジハンパない。
ぶっちゃけアレは人外レベルだと僕は思ってる。
知識チートがあるだけの器用貧乏の僕が浮くのは仕方ない。
良からぬ思惑ですり寄ってくる奴らとか、自分は何もしてない癖に口だけは偉そうな人たちはムカついてたけど、別に英雄扱いを期待してたり、持てはやして欲しかったわけではない。
断じてないのだ。
なのになーぜーか、僕の扱いはまたしても一転していた。
すれ違えば足を止めてでも礼を尽くしてくれる人々。
向けられる笑顔は好意的で、「司祭様」と呼ぶ声には敬意が滲む。
先代の馬鹿王がやらかしたアレコレと王都襲撃事件の後、僕は再び英雄的立ち位置に祀り上げられていた。
これには王子……現在の王様や騎士団長による正式な謝罪や事情説明、アーサーたちの活躍が大きい。
僕の功績やらこれまでエピソードを到る所で宣伝してたからね。
しかもアーサーやユリアだけならまだしも、ジャンさんや皆まで。
どうやら僕の扱いに憤ってくれたみたいなんだけど……恥ずかしいし居た堪れなくて密かに胃にダメージを喰らったのは内緒だ。
仲間想いの皆の気持ちは嬉しいけど、胃痛持ちには好意からくるプレッシャーもあるんだよ。
しかもなんか……アーサーとユリアは、僕を褒めたたえる言葉の数々が自慢と言うか、むしろ布教の域に至ってそうで怖かった。
彼らが熱心に話し込んでいた相手が、僕のことをキラキラした目で見てくるのに恐怖を感じる。
やめてね?
信者はいらないからね??
僕、邪教の教祖様は目指してないから。
「あら、司祭様。お祈りのお帰りですか?」
侍女たちを従えて声を掛けてこられたのはローゼマリー様だ。
ドレスの裾を掴み笑顔でたたたっと駆け寄ってくる。
「私はこれからドレスの採寸なんです」
「それはそれは。花嫁姿はきっと眩いばかりのお美しさでしょうね」
「それでその……例の件、なのですが……」
上目遣いで窺ってくる姿にうっとたじろぐ。
無事王子……じゃなかった、新国王と結婚が決まったローゼマリー様は、巫女と愛する人との結婚、両方失わずにすんだ嬉しさからか切っ掛けを与えた僕にえらく懐いてくれてる。
美人に懐かれるのは悪い気はしないのだが、聖職者としてキラッキラした尊敬の瞳を向けられるのがちょっと後ろめたかったりする。
エセ聖職者だしね、僕。
例の件、というのは結婚式の神父役だ。
王様からも頼まれているのだが……正直、荷が重いのでお断りしたい。
失敗したら、とか考えるだけで胃が痛いしね。
「ぜひ司祭様にお願いしたいのです。どうか考えておいてくださいませ」
「そろそろお時間が……」という侍女の声掛けに眉を下げ再度のお願いをしたローゼマリー様は歩き出し、「あっ」と足を止め振り向いた。
「そういえば、騎士の鍛錬場にて勇者様と獣人様をお見掛けしましたわ」
にこやかに告げ、去っていくローゼマリー様。
彼女の言葉を受け、鍛錬場を望む回廊でも部屋に戻れるし、ちょっと回り道をしていくかと進路を変更。
再び歩き出した。
「ご機嫌よう、司祭様。この先で勇者様のお姿を拝見しましたわ」
いつも身の回りの世話をしてくれるメイドに挨拶したらそう返された。
「あっ、司祭様!勇者様なら鍛錬場ですよ。聖女様は……どこだろう?」
「午前中なら温室でお見掛けしましたよ」
胃薬を横流ししてる宰相補佐室の文官たちに声をかけられた。
「勇者様ならあっちです!」
敬礼した騎士にあっち、と指をさされた。
聞いてもいないのにアーサーやユリアの居場所や動向を事細かに教えて下さる皆様。
何が一番変わったかといえばこれだ。
確かに待遇は良くなった。
信頼、尊敬、親しみ、そういった感情を向けられているのもわかる。
だけど、国を救った英雄云々っていうよりも……
“保護者” “飼い主” “唯一の常識人”
認識的にはそういう感じだ。
特に前者二つ。
後者は……アーサー、ユリアもそうだが、基本的に皆ぶっ飛んでるからね。
城にまだ滞在してる僕らは国からの要請を受けて知識や技術の提供をしてる。
僕が語った「自分たちは何もしないで、全部押し付けて」って発言を真摯に捉えてくれた結果だ。自分達の能力を鍛えようとする姿には好感が持てる。
アーサーやウルフがいま騎士団の鍛錬場に居るのもその一環。
だが、ここで問題発生。
勇者パーティ、人外疑惑。
もうね、本当に規格外なんだわ。
しかも自分達が特殊なことはわかっていても、どのくらいズバ抜けているかわかってない彼らが一般人に要求するのは「出来るかっ、ボケぇ!!」「俺ら人間なんで!!」と声を荒げたくなるレベル。
そして間に入るのが僕の役目。
喧嘩を始める皆を宥めることなんかもあるから近頃は “救世主!” って目を向けられることも少なくない。
そんな僕だが、先程から「司祭様」「司祭様」と呼ばれていることからも分かる通り、司祭からのジョブチェンジは叶わなかった。
いや、めっちゃ止められたんだよね。
教会の上層部にもだし、王様や騎士団長含め諸々に。
勇者と聖女召喚しちゃおうかとも思ったが、事態は無事解決を見せた。
「特別な地位につかないで自由にしてていいから、所属はそのままで、最低限の式典やなんかだけ顔出して!武器以外なら刃物も使っていいから!!(意訳)」
稀にない神の寵愛を受ける司祭をキープしたい&広告塔に使いたい教会側が出した妥協案だった。
大人の取引ってやつですね。
そもそも神託じゃないし寵愛ないけど……。
昔、水泳の大会で優勝しまくってた友達がいて、部員たった一人の「水泳部」が設立されたことを思い出したよ。
学校にプールないのにね。
部として所属させたら学校の宣伝になるもんね。それと一緒だ。
世の中の世知辛さと強かさに想いを馳せながら歩いていると、回廊の隙間から鍛錬場が見えてきた。
固唾を呑んで見守る騎士たちの中心にいるのは、剣を構えたアーサーとファイティングポーズを決めたウルフ。
「あれ……?」
僅かな違和感に目を瞬く。
視線の先には残像に近い動きで激戦を繰り広げる二人の姿。
気付けば足は駆けだしていた。
「ウルフっ止めろっっ!!」
叫びと共に紡いだ魔法。
繰り出された蹴りは止まることも出来ずにアーサーへ。
だが、直前の僕の叫びに動きを止めようとしたことが幸いし、内臓を抉りそうな一撃はアーサーの前に生まれた風の障壁に止められた。
ほっと大きく息を吐く。
ウルフの全力の蹴りならあの程度の障壁など容易く突き破っていたことだろう。
騒めく人たちの群れへと駆け寄る。
「ミシェル?一体なん…………ちょっ!!」
苦情を言いかけたウルフの前でぐらつくアーサーの体を慌てて支えた。




