転生司祭は転職したい 3
でも冷静に考えてみてほしい。
いくらみんながチートとはいえ、魔王討伐だよ?
旅の仲間も武器も一から集めなきゃならないうえに、あっちこっちの国を行ったり来たりするだけでも相当時間がかかる。
「本来なら十数年にわたる旅の果てに魔王を倒し、凱旋した王都であの事件が起きるんです。でも過酷な旅にそんな長い年月を捧げるのも嫌ですし、ショートカットしまくりました。
仲間も必要な武器や魔術の取得方法も私は事前に知ってますから最短ルートが可能だったんです。一番大きいのは仲間にする順番ですね。ジャンやシルフィーナ様のお蔭で転移術での移動が可能になりましたが、本来なら馬や徒歩、ぐるりと船で海を迂回して一つの場所を訪れるにも数カ月かかることもあったんですよ?時間がかかるのも当然でしょう?」
ゲームでは仲間になる順番はウルフ、ヨハンくん、シルフィーナ、ジャンさんの順だった。
シルフィーナが仲間になるまでに数年が経過していたし、ジャンさんが転移術を取得するのは旅の後半。
だが実際は……エルフの病のこともあったし、僕は真っ先にシルフィーナの元へと向かい、ついでジャンさんを仲間にし、転移術も取得させた。
二人のお蔭で移動は一瞬。
しかもいついつ何処で待ち合わせねーと二手に分かれての同時行動も可能となった。転移術最高!!
「村の襲撃の原因である魔族の討伐もあって旅の開始が若干早まったこともありますが、それでもまさか一年ちょっとで魔王討伐が終わるとは思いませんでしたけど……」
ははは、と乾いた声で笑う。
だって、ショートカットは便利だけど、旅といえばレベル上げは必須でしょ?
旅を短縮するってことは必然的に経験の短縮にも繋がるから正直、ちょっと不安もあったんだけど、みんなが強すぎて普通に引いた。ドン引いた。
……しかも実質、勇者と聖女だけで魔王倒してるし。
「流石は勇者パーティ。チートすぎます」
「いや、お前がチートすぎて引いてるんだけど」
「ミシェル様、本当に司祭を辞されるのですか?これほど神の寵愛がお厚いミシェル様を神が手放されるでしょうか……」
「お前、ヤベェ奴に執着されるなんかがあるよな」
ウルフの発言が失礼すぎる。
そして実は神に寵愛などされてないけどね。神託とか嘘っぱちだし。
神のお声?聞いたことないですよ。
一方的なお話しなら毎日してるけどね。色々と抱えきれない心の内をお祈りと見せかけて愚痴り倒すのが僕の日課です。
神様、もしも僕の心の内が届いてるなら僕の胃に平穏を!
哀れな子羊のお願いです!!
「話を戻しますけど、時期も確実に起きるかも不明の事件でみんなを足止めするのも躊躇われましたし、告げなかったのはそのためです。ユリアにお願いした簡易結界もありますし、ジャンとヨハンもいますしね」
シルフィーナとウルフはそれぞれエルフの森と獣人の国に帰るが、ジャンさんとヨハンくんは王都に在留する。僕が居なくなったアーサーとユリアは村に帰るのかどうするか不明だったが……。事前に頼んでたユリアの結界、それから王子殿下が動かす魔導師たちも居るし全員居なくとも対処は可能だった。
「とりあえず事件が起こるか、それかあの王が排除されるまでは様子を見てその後はやりたいことでもやってみようかなと思ってはいたんですよね」
ゴニョゴニョと後半ちょっと声が小さくなる。
「やりたいこと?」大きな瞳で小首を傾げながら覗きこんでくるユリアにちょっと色づいてるだろう頬を照れ隠しでかいた。
恥じることでもないけれど、この年で夢を語るのはどうにも面映ゆい。
「司祭を辞めたら飲食店をやってみたいと思っていたんですよね。小さくていいので自分の店を開こうかと」
みんなの目と口が真ん丸に開かれる。
まぁそうですよね。
勇者パーティの司祭から飲食店店主とか司祭から邪教の教祖様と張るぐらい異色のジョブチェンジだ。
「料理は元々好きですし、自分の料理を喜んで食べてくれるのは嬉しいので」
今世は料理人ではなかったけど、孤児院の子供たちが美味しそうに満面の笑顔でごはんを頬張ってくれるのが嬉しかったし、旅の間みんなのごはんを作るのも楽しかった。やっぱり僕は料理が好きだ。
「すっごく素敵だと思います!ミシェル様のごはん、わたし大好きです!世界一美味しいですもん!!じゃあわたし、お手伝いとウェイトレス頑張りますね!!」
パンッ!と胸の前で両手を叩いたユリアが驚いた顔から一転、満面の笑顔で身を乗り出してきた。
「なら材料の調達は俺に任せて下さい!竜でもなんでも最高の食材を獲ってきてみせます!どうせなら国一番の店を目指してはいかがでしょう?ミシェル様の料理なら世界を取れます」
キリッとした顔で割ととんでもないことをアーサーがしれっと言いだす。
「ちょ、ちょっと待って」
両手を広げて二人を止める。
「それは最初の計画でっ、一人になったら全てが終わったらやってみようかと思っていた話です。二人が居るなら改めて今後どうするか考えて……」
「「どうしてですか?」」
や、どうしてって……。
「お店、すっごくいいと思います。楽しそうだし、ミシェル様の美味しいごはんが食べれるし!」
「今からすごく楽しみです」
元気いっぱい答えるユリアと、じゅるりと口元を拳で拭うアーサー。
「すごいメンバーの飲食店ですね……」
それな。
ヨハンくんはポソッと的確なツッコミ決めてくるよね。
勇者と聖女が従業員の飲食店。
人材の無駄遣い感ハンパない……。
必死に二人を思いとどまらせようとするも肝心の二人の意思が微塵も揺らいでくれない。くっ、手強い。この件に関しては時間をかけてゆっくりと話し合おう。
「でも意外でした。今まで一言もそんなこと仰らなかったので」
「まぁ、司祭ですしね」
アーサーの言葉に苦笑いで返す。
「確かに全然違う職業ですもんね」と笑うユリアには小さく首を振った。
「それもあるんですけどね。ほら、司祭は刃物が使えませんし」
僕の言葉にみんなが「あっ」と声を上げる。
聖職者は「血を流すことを禁ずる」戒律のために刃物を使えない。
中世ヨーロッパとかではどうだったかわかんないけど、この世界では刀剣だけでなく日常生活で使う類の刃物さえ聖職者は手にしない。超不便。
そもそも僕的には刃物はダメでメイスはOKなのもよくわかんない。
メイスで殴打したって血ぃ出るじゃん!
むしろ剣でザクッよりメイスでフルボッコの方が残酷な気がするのは僕だけだろうか。
因みに杖で「えいっ☆」と魔物の脳天打ち砕くヨハンくんに「ひぃ!」ってなってる僕はメイスは使わない派です。専ら魔術専門。
みんなは僕が刃物NGなのを忘れてたらしく「そういえば」と納得中。
でしょー?包丁使えない料理人とかないよね。
「じゃあ司祭様じゃなくなったらこれからは包丁も使えるんですね」
「ええ。旅の間と違って刃物以外にも食材も道具も色々使えますし凝ったお菓子なんかも作れますよ」
「わぁい!!楽しみ♡」
「俺は肉料理がいいです!!」
「オレも喰う」
なに作ろっかなー。あー楽しみ!!
「でもミシェル様のご功績を知ったら全力で教会が引き留めてきそうな気が……」
ヨハンくーん!!敢えて若干目を逸らしてたこと突き付けるのやめてー。
上がってたテンションがダダ下がった。
教会だって個人の意思を強要はできないからここはもう強行突破しかないよね。
そしてアーサー、ユリア。説得お手伝いしますは嬉しいんだけど、キミたちの説得は実力行使すぎて怖そうだから気持ちだけ貰っとく。
自分で頑張るよ。
さ、最終手段では頼っちゃおっかな……?
結局、誰だって自分が可愛いわけで、僕の内なる天使と悪魔が言い争って天使が負けそうになってるところで「あっ」とアーサーが声を上げた。
「そうだ!ミシェル様、コレをっ!!」
腰に手をやり、捧げ持つように差し出されたそれは……。
「聖剣?」
男の子なら誰でも憧れるような格好いいデザインの剣。
鞘に入ったまま押し付けられたそれを手にしたまま首を傾げる。だって唐突に聖剣を手渡された意味がわからない。
「この剣、すっごく切れ味いいんですよ!!刃物解禁なら是非お役立てください」
「なににっ?!」
「えっ?だって調理するんですよね?あっ……剣のままじゃ使いにくかったですね。すみません。すぐドワーフの名工に包丁に打ち直して貰いますね」
「聖剣をっ?!」
この子、聖剣をなんだと思ってんのっ?!
聖剣だよっ??
勇者の必須アイテムだろっ?!
そりゃあ切れ味いいよ!だって聖剣だもん!
魔王も斬れる聖剣様だよっ??
それを包丁に??
魔王を切った剣で料理なんてしたくないし、頼まれたドワーフだって泣くわ!それかブチ切れる。
僕と仲間たちの必死の説得もあって聖剣は無事勇者の腰に戻った。
「あーー、ほら、アーサー。切れ味良すぎてミシェルが指切ったりしたら大変じゃん」
勝因はジャンさんのその一言。
グッジョブ!ジャンさん。
そんなこんなで、僕は勇者パーティの司祭から邪教の教祖様へのジョブチェンジを免れて、聖剣は勇者の聖剣から僕の包丁へのジョブチェンジを免れた。
夢の料理人へのジョブチェンジのため明日にでも教会に「司祭辞めます」って言いに行こー。
めちゃくちゃ気が重いけど、刃物解禁のために頑張るぞ!
★☆★
追伸。
司祭は辞められませんでした。
最終手段出しちゃおっかなー……と思ったけど、大人の取引で包丁など日常品の刃物の取り扱いと一定の自由はGETしました。
なので現状の職業は「司祭」です。
最近やたらと「保護者」や「飼い主」の肩書も加わるけど……。




