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転生司祭は逃げだしたい 1




もうムリ。


精緻(せいち)な装飾のなされたバラ窓のステンドグラスが美しい光の模様を織りなす祭壇の前に(ひざまづ)き、心の中で呟いた。



「やはりこちらにおられましたか。ミシェル殿、王がお呼びです」


懺悔タイム終了のお知らせに振り向けば、声の主の騎士団長は何とも言えない表情で僕を促す。売られる子牛のようにドナドナされる最中、第一王子と遭遇した。これ、絶対偶然じゃないし。待ち伏せしてたでしょ絶対。

白々しく「おや、どちらに?」とか話しかけてくる王子との会話を切り上げようとしたところで問いかけられた。


「司祭殿はいつまで城に滞在なさるので?」


はよ、帰れ。

そう言いたいんですね、わかります。

いや、こんなキラキラ王子がそんな言葉遣いしないのはわかってる。だが、意味としてはあってる筈だ。そしてそれは王子だけじゃないのもわかってる。


溜息を押し殺し、曖昧な笑みを浮かべその場を辞した。

向かう先は、会いたくもない王の元。背中に刺さるいくつもの視線が痛くて、キリキリと痛む胃をそっと押さえた。




さて、自己紹介をしよう。

僕は、ミシェル。職業、司祭。勇者パーティの一員だ。


勇者パーティとか何言ってんの?と思うかも知れないがマジの話です。んでもって、転生者です。ある日いつものように神に祈りを捧げてる途中に突然前世の記憶が降ってきた。

転生先は王道RPG『アースガルズ』の世界。

因みに、アースガルズとは人に魔族、獣人やエルフ、精霊や妖精まで存在するこの世界そのものの名前だ。


嵌りに嵌ったゲーム世界への転生に最初はもちろん興奮した。

が、すぐに我に返った。


「僕、死ぬじゃん!!」


自分の役どころを思い出し、ミシェル人生の中でMax高かったテンションは急降下した。例えるなら某遊園地のジェットコースターを上回るぐらいの急降下だった。……吐くかと思った。

その日から胃痛さんとはお友達。もう親友の域だね。



先程、勇者パーティの一員だとか言ったけど、正しくはミシェル()は勇者パーティの一員なんかではない。



『アースガルズ』の物語はある辺境の村から始まる。

教会に併設された孤児院に暮らす少年と少女。

孤児ゆえに謂れのない差別や迫害にあいながらも、引き取られた教会で彼らはようやく人の温かさを知る。貧しいながらも穏やかな日々が過ぎ、だけどある時、村は魔族に襲われた。

幾つもの村が全滅させられ教会も当然襲われるが、ある少年と少女だけは司祭の命がけの行動により難を逃れる。

慕っていた司祭も、兄弟のような孤児院の仲間も、村そのものも何もかも失くした二人は『勇者』と『聖女』として覚醒し、旅に出る。


もう、お分かりだろう。

所謂、「始まりの村」的なその村で二人を守って死ぬ司祭が僕だ。

いや、僕だった。

当たり前だが僕は死にたくなかった。だから必死に暗躍した。それはもう必死こいて。だって死にたくないし。


そして

『勇者』『聖女』『獣人』『僧侶』『ハイエルフ』『魔導師』の勇者パーティに『司祭』の僕が加わった。


結果、僕の存在が浮いた。


なんせ、顔がいい。

そりゃそうだ、勇者パーティだもの。主人公とその仲間たちだもの。そりゃあビジュアルだっていいですよ。

イケメン勇者に可憐な聖女、ワイルドな獣人に美少年ショタな僧侶、美女エルフと色気のある魔導師。そんな人目を惹き付けまくる彼らの中に混ざる僕。

そりゃ、浮くよ。


なんか、一人地味なの居んな?

メンバー編成、偏ってない?


そんな疑問も当然だ。僕だって第三者ならそう思う。

聖女と僧侶がいてさらに司祭って必要?って思うよね。


言っておくが僕ことミシェルだって捨てたもんじゃない。

色素薄めの茶髪に茶色の瞳は派手さこそないものの顔立ちは整ってるし、幾つもの村を全滅させた魔族から勇者たちを守ったぐらいの聖魔法の使い手だ。

だが所詮、出オチのサブキャラ。メインキャラとは違うのだ。


例えるなら、顔が良くって品行方正で地元では大人気だった兄ちゃんが、超一流のトップアイドル集団に混ざっちゃった感じ。浮いて当然。



「もう……限界かも」


部屋に戻った僕は溜息と共に呟いた。

すっごく疲れた。主に精神的に。


よろよろとソファへと辿り着き、荷物から幾つかの小瓶を取り出す。クリスタルの瓶に入ったそれはお手製の頭痛薬と胃痛薬。ごっきゅごっきゅと中身を飲み干し、こめかみを押さえたままソファヘッドへ頭を預ける。


窓の外からは賑やかな喧騒が僅かに響く。

街も城も大賑わいだ。当然だよね、だって勇者パーティが魔王を討伐して凱旋したんだから。


そう、魔王討伐に成功したのだ。


「冒険終わってるんかい!」と突っ込みを受けそうだが、実はそうなのだ。

転生チートを大いに生かし、暗躍に暗躍を重ね、仲間の確保や伝説の武器や防具、スペシャルアイテムを集めて万全の体制を持って挑んだ魔王討伐はつい先日終了した。圧倒的完勝だった。


歓喜に沸く人々に歓待され、王城に招待され、昨日は凱旋パレードだってあった。

僕は出なかったけど……。


王城に招待された僕らは大層なもてなしを受けた。

みんな最初から「一人だけ地味」とは内心思ってただろうけど、僕の扱いだって丁寧だった。きっと見掛けは地味でも能力が凄いんだと思ってくれてたんだろう。

でも数日滞在して、毎日旅の話をせがまれればやがてみんなは気づいた。


「あれ?能力も大したことなくない?」


一言、言いたい。

ふざけんな、比較対象が悪すぎる!!


何せ奴らは本物のチートだ。存在自体がチートなのだ。

ビジュアルだけでなく、能力も、なんなら体力だって可笑しい。

勇者や獣人はともかく、9歳のチビッ子僧侶だって険しい崖に息一つ乱さないんだぞ?!僕なんて勇者に背負われたし!!

そもそも、9歳児に魔王討伐参加させるとか鬼畜もいいとこじゃない?


地味で大した能力もない司祭を勇者も聖女も「司祭様、司祭様」とやたらと慕い、持ち上げる。聞けば、司祭は二人が居た孤児院を運営していたらしい。

と、くれば……僕が二人の信頼を盾に親代わりの立場を活かしてその栄光にあやかろうとしているのでは?と考えるのもわからないではないんだけどね。


言っとくけど、僕、むちゃくちゃ頑張ったからね?

戦闘面では確かに足手まとい感ハンパなかったけど……

「あの山の向こうの祠に伝説の剣が……」とか、

「あの村で大いなる災いが……」とか、

やりこんだゲーム知識活かしてシナリオさくさく進めたのは僕ですけどー。

それに調整や交渉役兼保護者としても大活躍でしたけどー。


まぁ、実際してることは助言だの炊事だので地味なんだけどね。

そこは否定出来る要素皆無。反論の余地なし。

それに司祭の立場を活かして神の啓示だの神託だの語ってたけど本当は違うし、大いに手柄を主張しにくいことではあるんだ。

詐欺と言われれば詐欺だしね。でも、誰も傷つかないし、むしろ世界を救うための詐欺だからそこは許してほしい。


しかも面倒なことにうっとうしいのが寄り付いてくるんだよね。

何故って、チョロそうだから。

勇者パーティ懐柔したいお偉いさんたちは大勢いて、直接彼らに接触する人たちも勿論いるけど、それよりチョロそうなアイツ狙おうって奴らに僕ってば大人気。

わー、嬉しくなーい。

ここ連日呼び出し喰らってる王がまさにそれ。

結果、王子だの騎士団長だのまだまともな人達にとってますます僕は疎ましい存在だ。まぁ、あの二人は上辺だけでも丁寧に接してくれてるし全然マシなんだけど。


ソファの上で胎児みたいに小さく丸まる。

お手製の胃薬はよく効くんだけど、いかんせん胃痛が心因性だから治ったそばから痛むんだよね。


寝床や食料に頭を悩ますことも、グロい光景に胃のヒクつきを押さえることもなくなって、やっと過酷な旅が終わったと思ったのにこれ。


もう無理。

ほんと、無理。


『司祭様っ』


輝くような満面の笑顔を向けて慕ってくれる二人の顔を思い出して、僕はきつく瞼を閉じた。




そうして、僕がどうしたかというと。



 ▶『 しさいは、にげだした 』 



お偉いさんとの会食やら何やらが終わった勇者パーティのみんなに最後に顔を合わせてから、荷物を纏めて城から逃亡した。


もちろん、逃げることは言ってない。

顔を合わせたみんなは僕のことをやたらと心配してくれて、その優しさにしくしくと胃が痛んだ。なんせ、凱旋パレードも会食も具合が悪いを理由に欠席したからね。特に勇者のアーサーや聖女のユリアなんかは、「それなら自分も欠席して看病します!」って言って聞かないのを無理矢理に宥めたくらいだ。おまけの僕はともかく、主役が居ないって駄目でしょう。


「置手紙を置いてはきたけど……今頃あの子ら泣いちゃってるかなぁ」


「だぁーれが、泣いちゃってるんですか?ミカエルさんてば、彼女を地元に置いてきたんですかー?」


テーブルを拭きつつ呟けば、背後から声がかかった。

興味津々で覗きこんでくるのは看板娘のレーネだ。


「あっ、でも今“あの子ら”って言いましたよね?もしかしてミカエルさん、既婚者?!妻子を捨てて家を出たとかっ?!」


ちょ、本当にやめてっ。

声、大きいからめっちゃ周りに見られてんですけどっ?!


「違いますよ。生憎と独身ですし彼女もいたためしがありません」


ずっとお一人様ですが何か?

いや、昔から子供らの面倒みてたし、一人ではなかったけど。


「えっ?マジですか??ミカエルさんてばめっちゃイケメンなのに!」


礼をいいつつ、テーブルを拭き上げ、隣のテーブルの皿を重ねて運ぶ。その後ろをレーネが「本当?本当にですか?」と問いかけながらついてきた。



ここは王都のとある定食屋。

そして僕は“ミカエル”と名を変え、この店で働いている。偽名がそのまんますぎるが、洗えば落ちる染料で髪を薄い茶から黒っぽく染めていることもあって全然バレない。まぁ、凱旋パレード以外で勇者一行の姿を見たことある市民は少ないし、あっても僕の印象などないに等しいのだろう。


そんな僕だが、なんと、イケメン店員として大人気だ。

外見も中身も超一流集団の中にあっては圧倒的“地味”だったミシェルだが、世間一般から見れば充分“イケメン”。僕はちょっと希望を取り戻した。


本来ならとっとと王都を出て、田舎にでも引っ込んだ方が見つかる可能性は格段に減るんだけど……ちょっと、そうできない事情があるんだよねぇ。はぁ、と溜息。



「うーん、店選びを失敗したかも」


宿の一室、城のとは比べものにならない寝台に寝ころび天井を見上げる。

仕事は楽しい。接客は嫌いじゃないし、洗い物だって同じく。店の人達もいい人たちだし、賄いも美味しい。でも……。


「料理、したくなっちゃうんだよなぁ」


洗い物を手伝うことはあれど、担当は厨房でなくホール。

何故なら、店のみんなには秘密だが、僕は刃物が扱えない。

別に不器用だとか料理下手という意味ではなく、中世ヨーロッパと同じく聖職者は刃物の扱いを禁じられているからだ。まぁ、本来の意味合いとしては剣とかを指すんだろうけど、聖職者=刃物ダメのイメージが強すぎて結果、包丁が使えない。

野営での食事は主に僕が担当してたけど……刃物NGのために切るのは人任せ。部位関係なくもれなくぶつ切りにされていく食材を前に歯がゆさがハンパなかったんだ!!

なんせ僕、前世は小さいながらも自分の店も持ってた料理人。

料理大好きな僕にとって刃物を持てないことは拷問に近い。



穏やかな日々が数日過ぎたある日、不穏な噂を耳にした。


「勇者様たちが?」


「ええ、最近はめっきりお姿を見かけないそうよ」


お話し好きの常連マダムによると、ここ数日、勇者一行がまったく姿を現さないらしい。


「しかも」


ちょいちょいと指で招かれ、内緒話の体をとったマダムに耳を寄せれば、自分で呼んでおいて頬を染めたマダムは驚愕の情報を囁いた。


「勇者様たちは監禁されてるって噂もあるの。なんでも、聖女様に魔力封じの首輪が付けられていたんですって」


「あ”?」


有り得ない、そう思いたい。

でも、そんな暴挙をやりそうな馬鹿に物凄く心当たりがある。

いや、でも……あの馬鹿にアーサーたちが遅れをとるとも思えない。馬鹿が馬鹿やろうとした瞬間に反撃すれば全て解決でそれが可能だ。


さらにマダムは城内で第一王子派の不穏な動きがあるやら、騎士団が秘密裏に動いているやら様々な情報をくれた。

情報通すぎるだろう、マダム。

マダムの情報網どうなってんの?と思えば、城で文官として働く甥っ子がいるらしい。それにしても詳しすぎるよ。

甥っ子、本当に文官?諜報とかじゃなくて??

僕が裏ルートで依頼してるプロより情報通なんですけど……。





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