【勇児】―絶叫―
秋の陽気でぽかぽかと暖かい土曜の昼下がり。カップルや家族連れでごった返す遊園地。ゴーカートでハンドルを乱暴に振り切り、あちこちぶつかりながら回り続ける子供。カートが近くに来るたび、手を振ってシャッターを切る大人。派手な外装のレストランにできる長蛇の列。急落下して風を切り裂くようなフリーフォールの轟音が、絶叫と共に運ばれてくる。遠目に見える遊園地のマスコットキャラクターには、砂糖へ群がる蟻のように人の波が押し寄せていた。肩がぶつかりそうなほどの人、ひと、ヒト。
そんな中、僕は羽の生えた女の子と手をつないで歩いている。
正面から来た子供が立ち止まり、妙なイキモノでも見つけたかのように、彼女をじっと見上げていた。
続いて家族連れの母親にマスコットと間違えて声をかけられる彼女。「違いますよ、たぶん」と苦笑いを浮かべながら、曖昧な説明をする僕。
彼女は何も言わず、ふやけた顔でじっと手を見つめているようだ。
そういう僕も彼女の方をあまり見られない。何割かは彼女の格好のせいだけど。
どこに顔を向けても、動物園のパンダを見るような視線とぶつかる。僕はずっと、目のやり場に困っていた。いっそのこと馬のかぶりものでもかぶって彼女と練り歩けば、見せ物として割り切れたかもしれない。
たっぷり二十分ほどぐるぐると歩いただろうか。このままでは本当にただのマスコットになってしまう。
そろそろ周りの視線に慣れてきた僕は、久しぶりに口を開いた。
「とりあえずどうしようか」
彼女を横目に聞いてみる。
「えと、お、お好きなように……」
あわててうつむいて目を逸らす彼女。
「そう言われても、僕は遊園地なんて来たことないから」
困ったな、と辺りを見回す。どれがいいのかなんてさっぱりわからない。
「それじゃ、あ、あれなんてどうですか?」
彼女があさっての方を見ながら指差したのは、絶叫とともにうねりを上げてレールを滑っているジェットコースターだ。
気持ち悪くなりそうで少し不安だけど、彼女が乗りたいのならそれでいいだろう。「そっか。じゃあ行こう」と彼女を引っ張る。
「え? ほんとに行くんですか?」
顔を上げていた彼女は、引っ張られながらそんなことを言い出した。
「あれ? 乗りたくないの?」
僕は耳を疑った。彼女が指差していたのは、確かにジェットコースターだったはずだ。
「いえ、あの、わたしは……なんでもいいです」
彼女はまたうつむいて、もじもじし出した。
僕は何か恥ずかしいことでも言ったのか?
「そ、そう。じゃあ行こっか」
もしかしたら、『遊園地のデートはメリーゴーランドから』なんていう茶道のお手前のような常識でもあったのかもしれない。うかつだった。
羽をはずした彼女とジェットコースターの最前列。
コースターがカタカタと音を立てて昇り始めた。
隣の彼女を見る。これまたカタカタと音が聞こえそうなくらい震えていた。目には涙が浮かんでいる。
僕は言うまでもなくジェットコースターは初めてだ。安全だと頭ではわかっている。だからなぜ、乗ってる人があんなに絶叫しているかなんてわからなかった。
「きゃああああ!」
「まだ昇りきってないよ」
「ご、ごめんなさい、気を紛らわそうと」
「ジェットコースター、苦手……だよね?」
「はい! 刑事さん、カツ丼なんてなくても全力で白状します!」
「僕は刑事じゃないけど。なんでこれにしたの?」
「うぅぅ……ぽーっとしてたんですぅ」
そういうことは早めに言って欲しい。
なおも上昇を続けるコースター。
彼女はカタカタどころかガタガタ震え出した。涙を端に浮かべながら固く目を閉ざし、歯を食いしばっている。唇が小刻みに震えていた。
恐怖が最高潮に達しようとしているのか。
「あ、あ、あああ……わたしの骨は、海にまいてください……」
「海が好きなんだね」
「あぁ……どこまでも冷静で……す……ああああああ!」
急降下!
落下と言ってもいい。腹の奥から何かひやりとしたものが込み上げ、全身の血が一気に昇っていく感覚。
なぜ絶叫するのかわかる気がする。いや、わかる、声でも上げたくなる。
隣はもう、目を見開いてぽろぽろ涙を横に流しながら、きゃあきゃあ叫んでいる。
天地が逆転する!
続いて左から右へ急カーブ!
目まぐるしく変わる景色に頭が追いつかない。
また急降下!
たまらず、うぁっと短く声が漏れてしまう。
もうあまり音も聞こえなくなってきた。隣からの悲鳴、轟々とした風の音、レールの摩擦音だけがかすかに聞こえる。
左から右へ急カーブ!
直後、回転しながら落下!
「うぁ、あ、ああぁ……ああああああああ!」
結局、二人して聞くに堪えない、情けない声を上げ続けていた。
コースターが停止しても、二人とも顔面蒼白、両腕をだらりとしたまま呆然としていた。魂が口から出ていたかもしれない。
出口を出たところで、ぼーっと立ち尽くす。
「ナカナカ……タノシカッタデス、ネ」
魂を吐き出すかのように、彼女がつぶやいた。
「くせになりそうです」
ふふ、と不気味な笑みを浮かべる彼女。
「次……あれは、どうです、か……」
彼女は虚ろな表情でぐるぐる高速で回っているコーヒーカップを指差していた。
「……ぽーっとは、してないよね?」
まだ頭がぐるぐるしている僕は、額を押さえながら聞いた。
「ふふふ……きっと楽しいですよ」
彼女は怪しげな笑みを浮かべたまま、ひたひたとおぼつかない足取りでコーヒーカップに向かっている。
重症だ。ぽーっとしている方がよっぽど良い。
魂よ、戻って来い。
「ほんとに行くの?」
「ええ……きっと、辿り着いてみせます」
これまで以上に何を言ってるかさっぱりわからない。ゆらゆらと揺れながら歩く彼女の後からついていく。
彼女を止めなかったのは、怖いもの見たさからかもしれない。
コーヒーカップに乗り込む。
ぐるん――ぐるん――と横にゆっくり回転していくカップ。
いつの間にか、彼女の笑顔が凍りついていた。今さら正気に戻ったのだろうか。
「あ、あ、ああぁ……わたし、走馬灯が見えます」
「これまでの人生じゃないなら、メリーゴーランドだと思うよ」
ぐるんぐるん、と徐々に速度が上がるカップ。
耳鳴りがする。耳の奥が締め付けられているかのようだ。
彼女は両手でカップにしがみついていた。すでに目の焦点が合っていない。
「こ、このままじゃ……バターになっちゃう」
「加熱処理、しないと、難しそう……だ、ね」
カップはぐるっぐるっと高速で回転し出した。
回転の遠心力で体が一方に引っ張られる。まともに座っていられない。全身の血が片側に寄っていくような感じがする。
僕も気持ち悪くなってきた。喉の奥に込み上げてくるものを感じる。
回る景色が溶けて、色が混ざっていく。
僕に見えるのは、目を回して泡でも吹きそうな彼女だけだった。
げんなりしてベンチに腰掛ける僕と彼女。背を丸めて座る姿は、郷愁に浸る老夫婦のように見えるかもしれない。
二人ともよぼよぼと、コーヒーカップを出てすぐのベンチへ吸い込まれるように座っていた。
これってデートなんだろうか?
初めての僕が言うのもなんだけど、一緒に楽しいことをしたり、おいしいものを食べたりするのをデートと呼ぶのではないのか?
僕たちはジェットコースターやコーヒーカップ、あえて苦手なものに挑戦してげっそりしている。
やっぱり僕は遊園地へ修行に来たんだと思う。




