表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

【勇児】―衆人環視―

僕は急いでいた。それはもう、今までないぐらい。

脇目も振らず、ただひたすら走る、走る走るはしるはしる肩がぶつかりそうになる、走る走るはしるはしるハシルハシル――


 喉を鳴らし、胸で荒い呼吸をする。額に滲む汗が顎からしたたり落ち、じっとりと重くなった服は肌に張り付いていた。

 手を膝についてうつむき、早鐘を打つ鼓動を落ち着かせる。

 遊園地に着いたのは、午後三時。二時間の遅刻だ。ここまで何かに遅れたことは一度もない。

 顔だけ上げて、あたりを見回す。

 さすがに二時間も待ってるとは思えないけど、それらしい人をひとりひとり……ん?

 明らかに目立っているコがいた。マスコットの着ぐるみがいるように、通りすがる人が顔を向けている。家族連れの小さい子供が指を差す。

 その目立ちに目立っているコは、僕の方を向いてぺこりとおじぎをした。僕を待っていたみたいだ。

 まぎれもなく、昨日の彼女だった。まだいてくれてよかったと、僕は胸に手を当て、安堵のため息を吐いた。


 彼女がこちらに駆け寄ってくる。

「ふぎゅ」

 ――こけた。

 ふぐぐ、なんてうめき声を上げながら立ち上がる彼女。

 裾を払っている彼女に歩み寄る。

「大丈夫?」

「は、はい! 顔はぶつけてません、お嫁にはいけます!」

 転び慣れているのか、ケガはないようだ。それにしてもよくこける。

「足、悪いの?」

「ち、違います。ちょっと転びやすいだけです」

「そっか。良かった」

「え? そんな、全然良くないですよ」

「あぁ、それもそっか」

 足じゃなくて、頭の方に何かあるかもしれないし。


「ところで、来てくれたんですね……もうダメかと思ってました」

 女の子は目を細める。二時間も遅刻した僕を責める様子は微塵も感じられない。

「ごめん。かなり待たせたよね」

 素直に謝る。遅刻は遅刻だ。

「いえ、わたしもさっき来たとこですから」

 あからさまなウソを言う。

「それに、相談もしないで予定決めちゃったの、わたしですし」

「あぁ、そうじゃなくて」

「んぅ?」

「アテが外れたというか」

「うー……んと??」

「どっちの遊園地かわからなくて」

 僕は二時間前まで、近郊にある別の遊園地に行っていた。大遅刻の理由だ。女の子のことはケータイどころか名前すら知らない。

「あ、あ、あ……ああああぁぁぁ!」

 耳が痛い。女の子が青い顔をして両手で頭を抱えている。

 どうやら僕に“遊園地”としか言っていなかったことを思い出したみたいだ。

「すいません! ごめんなさい! いつか死にそうになったら切腹してお詫びします!」

「気にしてないからいいよ。僕も遅刻したし、ずっと待っててくれたみたいだし」

「あ、ああありがとうございます! お客様は神様です!」

 よくわからないけど、感謝してくれてるみたいだ。


「それはそうと、いくつか聞いていいかな?」

 とりあえず名前ぐらいは聞いておかないとまずい気がする。

「はい、なんなりとお聞きくださいませ、ご主人様」

「うん、ご主人様じゃないんだけど。名前はなんていうのかな?」

「わたしはカイリョーシア・パンナコッタと言います」

「珍しい名前だね。日本人にしか見えないけど、どこの生まれかな?」

「えとー、東ヨーロッパあたりだと思います」

「そっか。長い名前だから短くして……そうだな、かいぱ

「ごめんなさい、今野麻緒といいます」

「僕は今野勇児。名字一緒だね、麻緒ちゃん」

「ま、ま、まおちゃん、ですか……あの、わたし、チケット買ってきます!」

 女の子は耳を真っ赤にして、湯気が出そうになっていた。まおちゃんと呼ばれて恥ずかしいらしい。慌てて窓口まで走っていって――こけた。


 戻ってきた麻緒ちゃんにチケット代を渡す。おごりでいいと手を振る彼女に、無理やり握らせた。


「さて、じゃあ本題に入ろうか」

 遊園地へ入る前に、僕はずっと気になっていることを聞くことにした。

「え? ホンダイに入るんですか? 遊園地に入るんじゃないですか?」

「できれば先に本題に入らせて」

「はい、じゃあホンダイに入ります!」

「麻緒ちゃん、なんで羽生えてんのかな?」

 そう、彼女はコウモリのような黒い翼が背中からにょっきり出ている。

 さっきから彼女と一緒にいる僕も、注目の的になっていた。まさに衆人環視だ。なにかパフォーマンスでもしなきゃいけないような気さえする。

「えとー、かわいくないですか?」

 羽をぱたぱたさせる彼女。良く出来たアクセサリーだ。

「うーん。わかんないな」

「そうですかぁ……残念です」

「それにその、頭に乗ってるの」

「あ、これはネコミミです……これも、ダメですか?」

 ネコミミとやらは髪飾りにくっついてるだけのようだ。動いたりはしなかった。

「ダメじゃないけど、僕はそういうのわからないから」

 それに、女の子に服装のことでとやかく言いたくないけど――真っ黒いガウンというのかローブというのかを羽織っているし、その上から、これまた真っ黒なマントを着ている。コスプレってやつなのか、それともこれが普段着なんだろうか。

「わ、わかりました! ご迷惑なら、羽をもぎます!」

「いや、うん、よく見ればかわいいよ、羽は」

 もがれても困る。

「そうですか。じゃあ羽だけつけておきます」

 と言って、いそいそとネコミミをしまう彼女。

 焼け石に水――なんとなくそんなことわざが脳裏に浮かんだ。


「それじゃホンダイも済んだし、そろそろ行こっか」

 僕はあきらめてため息を吐いた。ド派手な彼女と遊園地に入る覚悟を決め、歩き出す。

「あ、あ、あの!」

 振り返ると、彼女は立ち止まったままだった。どもりながら何か言おうとしているようだ。

「て、ててて、て、て……」

「て?」

「て、て……てんぷらうどん!」

「たぶん、園内で食べられるんじゃないかな」

「じゃなくて! ててて、てお、てお……おおお、お……オットセイ!」

「遊園地に? さすがにオットセイは干からびそうだよ」

「ち、違います! て、手を、つ、つないでも、いいいですかっ!」

「は、はぁ……はい」

 まるでこれから果たし合いでもするかのような気迫に圧倒され、手を差し出す。

 彼女が腫れ物にさわるかのように、軽く触れてくる。

 そのまま、彼女は手を震わせるばかりだった。

 じれったくなって握り返すと、彼女はびくっと肩をすくませる。

 彼女の手は柔らかい感触がした。


 ふと見上げれば、彼女は握られた手をじっと見つめたままだった。完全に固まっている。


 いつの間にか、つられて僕も手を見つめていた。

 つないだ手から彼女の体温が伝わる。

 僕の手が冷たいのか、握っている彼女の手があたたかい。

 どこか懐かしいぬくもり――――


 なんだか僕まで気恥ずかしくなってきた。


 ただでさえ注目を集める翼の生えた彼女と、これからずっと手をつないで行動しなければならない。

 毒を食らわば皿まで――なんとなくそんなことわざが脳裏に浮かんだ。

 僕はきっと、遊園地へ精神鍛錬か何かの修行に来たんじゃないかと思う。


 そう考えるのは、僕の照れ隠しなんだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ