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【麻緒】―かなたより―

 高校に入学したわたしは、友達がたくさんできました。

 わたしはもう“魔王”ではありません。

 むしろ、少し華奢になっていたほどでした。うっそうとしていた長い髪は短く切り揃え、薄っすらと化粧をしています。

 初めてできた友達と、剣道部の見学に行くことになりました。わたしは運動オンチなので付き添いです。

 友達が「あの人カッコよくない?」と耳元でささやきました。

 友達の見ている方を振り返ります。


 彼がいました。


 わたしは目を疑いました。眩暈がしそうです。心臓が止まりそうでした。なにか言っている友達の言葉も耳に入りません。目に涙が浮かんできました。体の震えが止まりません。

 やっと、やっと見つけました。もうあきらめていた彼です。黒く澄んだ瞳をした彼です。胴着を着て真っ直ぐ前を見据えています。あの頃とまったく変わりません。

 わたしは目をこすりながら、彼の姿をじっと懐かしむように眺めていました。



 わたしは今日も放課後の教室から外を見ていました。

 部活に向かう彼の後ろ姿を見て家に帰ります。

 わたしは彼を見つけることができました。でも、どうしていいかわかりません。

 タイミングを見計らって、廊下ですれ違う彼に何度か声をかけようとしました。でも、何を話せばいいかわかりません。

 ただただ、彼に対する想いだけが募っていきました。



 そして、昨日の夜。

 わたしは部活が終わるのを待って、一人でいた彼にやっとの思いで声をかけることができました。

「ああああの……ゆ、ゆうしゃさまに、なってくれませんか!」

 わたしが魔王だったなら、彼は勇者。過去のわたしという魔王は、彼のおかげでいなくなりました。

 でも、これではワケがわかりません。わたしは声をかけるのに精一杯で、頭が真っ白になっていました。なぜこんなことを言ったのかわかりません。


「ごめん」

 彼はそう言葉を紡ぎました。

 わたしはワケのわからない告白で、これまでの思いをみんな台無しにしてしまいました。目の前は真っ暗で、何も聞こえません。彼になにかを言っていました。


 わたしは彼から逃げました。

 でも、おぼつかない足同士が引っかかり、倒れてしまいます。

「大丈夫?」

 彼が手を差し出していました。

 あの頃とまったく同じ優しい声。懐かしくて、うれしくて、けれども戸惑いがちに手を伸ばします。


 立ち上がって逃げようとするわたしを、彼が呼び止めました。わたしの言葉の意味がわからなかった、と。

 でも、わたしは何を言えばいいかわかりませんでした。言葉になりません。わたしの思いはどうすれば伝わるのか。

 考えがまとまらなかったわたしは、頭の中に浮かんだことを話し始めます。

 思いつくままに、彼をデートに誘いました。

 そして彼の返事を聞いて、わたしは跳び上がりそうなくらい喜びました。感極まって一方的に予定を決めてしまいます。浮かれてしまって、またつまづいて転びました。



 遊園地へは三十分前に着きました。

 さすがに着くのが早すぎたみたいです。


 約束の一時になりました。

 彼の姿を探してきょろきょろします。


 一時を三十分過ぎました。彼はまだ来ません。

 わたしは二時と言ったかもしれないと思い始めました。


 二時十分になりました。彼は来ません。

 もしかして、今日は何か予定があったかもしれません。わたしは彼の予定をまったく聞かずに約束をしていたことを思い出しました。


 三時になりました。

 やっぱりわたし、ダメだったのかな……そう悲観していると、彼が来ました。

 膝に腕をついて、苦しそうに肩で息をしていました。遊園地まで全力で走って来たみたいです。

 彼が二時間も遅刻したのは、わたしが遊園地としか言っていなかったせいでした。他の遊園地を探してまで、わたしの一方的な約束を守ってくれました。


「僕は今野勇児。名字一緒だね、麻緒ちゃん」

 彼に初めて名前で呼ばれました。

 なんだかこそばゆくて、チケットを買いに行ったわたしはまた転んでしまいました。

「麻緒ちゃん、なんで羽生えてんのかな?」

「えとー、かわいくないですか?」

 こういう服装が男の人は好きだと聞いていました。

 友達の情報、間違ってたみたいです。反応はイマイチでした。

 でも、わたしはかわいくないですか?


 遊園地へ入ろうとする彼に、わたしは大胆にも手をつないで欲しいとお願いしました。

 わたしはまだ彼の手の温もりを覚えています。

 彼と手はあの寒い日と変わらない、あったかくて大きな手でした。



 遊園地に入ったわたしは、手の感触にぼーっとしたまま、なぜかジェットコースターに乗りたいと言っていたみたいでした。

 わたしは絶叫マシンがまったくダメです。

「あれ? 乗りたくないの?」

「いえ、あの、わたしは……なんでもいいです」

 でも、彼と一緒ならなんでも構いませんでした。彼も絶叫マシンは苦手だったみたいですけど。


 コーヒーカップから降りた後、気持ち悪くてベンチに座っていました。

 彼が背中をさすってくれます。

 わたしはまた、うれしくなって震えてしまいました。

 彼はやっぱりやさしい人です。


 わたしの得意なおばけ屋敷。彼は絶叫マシンよりもっと苦手だったみたいです。

 錯乱した彼は、わたしを抱きかかえて走りまわっていました。

 わたしは夢を見ているようでした。いつか見たことのある夢。

 思いも寄らないところで夢が叶ってしまいました。


 わたしはもう一つ夢を叶えました。

 わたしが作った料理を、彼に食べさせることです。

 一度だけ作ったことがある料理は、カレーでした。

 お弁当にカレーなんておかしいけど、これしか自信がなくて。

 きっと、冷めてておいしくなかったと思います。

 でも、彼は文句も言わずに食べてくれました。家庭的な味だと言ってくれました。


 もう、胸がいっぱいです。


 わたしは覚悟を決め、観覧車に乗りました。



  *  *  *



 外の景色から、窓に映る彼に目を移しました。

 黒く澄んだ瞳と目が合います。彼も窓越しにわたしを見ていました。

 窓から目を離し、彼の方に向き直りました。

 彼もわたしを見ています。

 目を閉じて息を深く吸い込み、緩やかに吐き出す。


 そして、わたしは――



  『かなたより』



「わたし、あなたのことが好きです」


 なんの飾り気もなく、わたしの思いを。


  『私の思いを』


「わたしと一緒にいてください」


 ただ真っ直ぐに。



  『あいをこめて』



 彼は無言のまま、わたしをじっと見つめていました。


「ゆうしゃになるには、どうしたらいい?」

 一瞬、わたしは彼が何を言っているのかわかりませんでした。

 でもこれは――

 きっと、最初の告白の返事。


「わたしのそばにいてください」

 わたしが彼に望むこと。



  『私の願い』



「そっか」

 彼は下を向いて、しばらく考えているようでした。





  【魔王と呼ばれた彼女、時代錯誤の僕】





 彼が顔を上げ、黒い瞳でわたしの目を見据えます。



「なら、僕はゆうしゃになろう」







  * 始まりの物語 *



「もう暗くなってきたんだけど。観覧車、何周するつもり?」

「す、すいません! 次は降りれますように……」



  ―― 終 ――


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