【勇児】―告白―
「ああああの……ゆ、ゆうしゃさまに、なってくれませんか!」
突然投げかけられた言葉に、僕はただ耳を疑うばかりだった。
部室に鍵を掛けて竹刀を背負い、校舎脇の砂利道を歩く。
遠くに見える星空。木の葉がざわめく音が耳をかすめ、ひんやりとした秋の夜風が滑らかに頬を伝っていく。
思わず目を少し細める。疲れて火照った体に、感じるもの全てが心地良い。
僕は部活の帰り道が好きだった。
「あ、あの……」
空耳かと思うような小さい声だった。
振り向くと、両手を後ろにした女の子がうつむいて立っていた。
栗色のショートカットで背の小さい、くりくりした目が印象的なかわいらしい女の子だった。全く知らないコじゃないけど、校内で何度かすれ違ったことがあるだけだ。
その女の子が、いきなりワケのわからないことを言った。
――壮絶にどもりながら。
木の葉の擦れる音だけが響く。
「ごめん」
「そ、そうですよね……突然、すいません」
そのコは僕に背を向け、逃げるように走り出
「あぅ」
そうとして、つまづいて転んだ。何もない砂利道で。
「大丈夫?」
そっと手を差し伸ばす。
ためらいがちに手をとって、立ち上がる女の子。ケガはしてないみたいだ。
そのコは転んだのが恥ずかしいのか、真っ赤な顔をしてぺこりとおじぎをした。
振り返って、また走り出す。
「ちょっと待って」
女の子を呼び止めた。
ビクっという音が聞こえそうなくらいの反応をする女の子。足を止めて、顔だけ僕の方を振り返る。
「ごめん。さっきの、なに言ってるかよくわかんなくて」
王子様でも変だけど、ゆうしゃさま、だ。僕はゲームだのファンタジーだのといったことはさっぱりわからない。勇者は魔王と呼ばれる悪者を退治する人――その程度の知識しかない。それも合ってるかどうか。だから、このコが僕に何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「あの、わたしは……その……」
女の子は僕の方に向き直っていた。目を伏せたまま、口篭る。後の言葉が続かないようだ。
やがて意を決したように僕を見据え、ぎこちなく口を動かし始めた。震える口元がそのコの緊張を伝えている。
「あ、あの、えと……え、映画! 映画、好きですか?」
「たまに見るけど」
端的に答えてしまう。さすがに僕でも、このコがデートに誘っているのがわかる。
「よかった……明日、わ、わたしと……」
映画館は行った事がない。どうす
「ゆ、遊園地! 行きませんか?」
「え? は、はあ…………はい」
僕はやっぱり耳がおかしいのか? 混乱したまま、思わず『はい』と言ってしまった。
女の子は、じっと僕の目を見つめ続けていた。懸命に。目を逸らすと死ぬかのように。
僕は、その気迫に圧倒されていたのかもしれない。
「そうですよね、ダメですよね……」
女の子はうつむいてため息を吐き、え? とすぐ顔を上げた。目を丸くしている。よほど僕の返事が意外だったようだ。
「いい、いいんですか!」
女の子は、受験で合格したように取り乱し、両手でバンザイでもしそうなほど喜色満面といった様子だった。さっきからおもしろいように表情が変わるコだ。
「そ、それじゃ、明日の午後一時! 遊園地の前で待ってますから!」
女の子は僕の返事も待たずにきびすを返し、ひったくりのように走り出した。
「はわっ」
と思ったら、またこけた。
女の子はぷるぷる震えながら立ち上がると、またぺこりとおじぎをして、今度こそ去っていった。
女の子の後ろ姿を、僕は呆然と見つめていた。元気というかドジというか……見てて楽しくなる女の子だった。
僕は今まで浮いた話はひとつもなかった。それはもう鈍感だの武士だの化石だのと言われ続けるくらいに。だから、デートなんてしたこともない。
落ち着いて考えると、急に恥ずかしくなってきた。
この僕が、あんなかわいらしいコと……。
でも、勇者だとかよくわからないことを言うコだった。それに、映画は結局なんだったのか。何もないところで二度もこけるし。
「ちっちゃくてかわいらしい、ちょっと変わったコ……か」
僕はそうつぶやいて、誰もいない砂利道を歩く。
遠くの夜空に、瞬く光がさわがしい。
舞い上がる落ち葉は桜吹雪のようだった。




