毒殺されましたけれど、わたくしは生きております
喉が焼ける……。
わたくしは地獄の苦しみを味わっていた。
恋人のアシュトンから食事に誘われ、彼のお屋敷へ。それが運の尽きだった。彼は食事に毒を盛っていた。
必死に喉を押さえるわたくしをアシュトンは嘲笑う。
「……はは! アイリーン、君との婚約はこれで破棄する」
「…………ど、して」
「どうして!? そんなの決まってる。君の妹……アイリスの方が好きになってしまったからだ! だから……だから君の存在が邪魔だった」
そんな……妹を好きになったからって、わたくしを毒殺するなんて……酷い。
半年間、真剣なお付き合いをしてきたのに……その思いは、もう届いていなかったのね。
バタリと倒れるわたくしは、意識を失った。
「アイリーン……残念だ」
…………。
…………。
死んだ……のかな。
目の前は真っ暗で寒い。何も感じない。
でも、それは気のせいだった。
息苦しいけれど、土の香りがする。
目を覚まして――でも辺りは真っ暗だった。
……どこ。ここはどこなの?
藻掻いてみると、ポロポロと何か崩れていく。……土だ。
半身を起こすとズボリと抜けて夜の世界に辿り着いた。
わたくしは……どこにいたの?
周囲を見渡すと、アシュトンのお屋敷の庭だった。
そっか、わたくしは毒殺されて庭に埋められたんだ。死体と勘違いされて。
アシュトン……馬鹿な男。
わたくしは生まれつき“なんでも解毒”する体質を持っていた。辺境伯の令嬢という立場だから、狙われることも多くて度々暗殺の対象になっていた。
でも全て切り抜けてきた。
彼には秘密にしていた――魔法のような体質。
おかげで、わたくしはまた命拾いした。
起き上がって、ドレスの汚れを落とす。
……許せない。妹を好きになって、わたくしを毒殺するとか……絶対に許せない。
直ぐにお屋敷へ戻ろうとしたけど、冷静になってみれば返り討ちに遭うだけ。なら、一度自分のお屋敷へ戻って、まずは妹のアイリスに問う。
こっそりとお屋敷を抜け、わたくしは自分の家へ帰った。
玄関から入ると、そこには丁度妹のアイリスの姿があった。
「アイリス! これはどういうことなの!」
「……お、お姉様。なんのことですか?」
「……知らないの」
「なにをですか?」
「わたくし、アシュトンに毒殺されました」
「え……お姉様が!? でも、生きて……あ、そっか」
「お察しの通りです。わたくしには毒は効かない。でも死ぬような苦しみは味わう……それは絶望。アイリスも御存知でしょう」
「はい……。でも、あのアシュトン様が?」
「あなたに恋をしたと言っていました。アイリス、あなたの気持ちはどうですの?」
震える口調でアイリスはこう言った。
「……アシュトン様には、なんの感情もありません。だって、わたしには他に好きな人がいるんですよ」
それがアイリスの本音。
疑う余地のない真実。
つまり、アシュトンの一方的な恋心。
余計に許せなかった。
「そうでしたか。アイリス、お願いがあるのです」
「……はい、なんでしょう?」
「アシュトンを毒殺したいのです。手伝って戴けませんか」
「ど、毒殺って……でも」
「大丈夫。全ての責任はわたくしが負いますから」
「分かりました。大切なお姉様の為です」
……翌日。
お屋敷に何も知らないアシュトンがぬけぬけとやってきた。アイリスに告白する為に。でもさせない。その願いは叶えさせない。
わたくしは影から状況を見守った。
「ア、アシュトン様……お待ちしておりました」
「会いたかったよ、アイリス。……その、お姉さんは?」
「アシュトン様の方で住まわれているのではないのですか」
「そ、そうだったな。ああ……そうだ。ウチで元気に……いや、話さなければならないな」
「なにをです?」
「君の姉、アイリーンは死んだ」
「え……」
「誰かに毒を盛られたらしくてね……助からなかったんだ」
「そんな……」
「ショックを受けるのも無理はない。犯人は見つかっていないし……今後も見つからないかもしれない」
「……酷いです」
「ああ、酷いね。でも大丈夫だ、君を一人にはさせない。アイリス、僕と一緒に住もう。よければ結婚も考えて欲しい」
「……今はそんなことは考えられません」
本気で悲しんでくれるアイリスを見て、わたくしは胸が苦しくなった。
……許せない、アシュトンを。
あんなクズ男は抹殺しなければ……。
居間へ移ったことを確認し、わたくしは準備を整えた。今のわたくしは給仕をするメイド。変装していた。
タイミングを見計らって毒入りのお菓子と紅茶を出す。
それをアシュトンに飲ませる作戦だ。
そろそろね。
ティーセットを運び、わたくしは居間へ入った。
彼はわたくしの存在に気づいていない。
ただのメイドとして認知していた。
「どうぞ、お菓子とお紅茶です」
「……ああ、助かるよ。もう下がっていい」
もうこの屋敷の主でいる気だ。
なんて男なの……図々しいにも程がある。
そんな時、居間に誰かが入ってきた。
「やあ、アイリス。ん……この男は誰だい」
「……アドルファス様!」
アイリスがその金髪の男性を見て驚く。
そっか、アイリスが好きという男性ね。
「お、お前はアドルファス……!」
「そちらはアシュトンか。なんだ、良いお菓子を食べているな……どれどれ」
あ!
あのお菓子は……毒入りの……!
アドルファスは毒入りのお菓子をバリバリと貪り……急に苦しみ悶えて――倒れてしまった。
「きゃあ!! アドルファス様、そんな!!」
「な、なんだ! アドルファスが死んだぞ!? ま、まさか……このお菓子は……毒入り!! アイリス、これはどういうことだ!!」
「アシュトン様、あなたのせいではありませんか!! お姉様を毒殺なんてするから!!」
「ち、違う……アイリス!! 僕は殺してなんていない!」
「嘘を言わないでください!! 最低ですよ!!」
怒りに身を委ねたアイリスは、残った毒入りのお菓子を掴み取り……それをアシュトンの口元へ無理やり押し込んだ。
なんて力なの……!
火事場の馬鹿力ってところでしょうけど、少し驚いた。
あまりに突然で乱暴すぎる行為に、アシュトンは抵抗できず……飲み込んでしまった。
ごくりと毒入りのお菓子が喉を通っていく。
「……がっ! が! がああああああぁぁ……」
ぶくぶくと泡を吹かしてアシュトンは、白目になっていく。苦しそうに苦しそうに、わたくしを睨む。
やっと、わたくしの存在に気付いたようね。
姿を出し、変装を解く。
「アシュトン、さようなら」
「…………ア、アイリーン、お、おまええええええええ……がはッ」
これで終わった。
「……お姉様、アドルファス様が!!」
「こんなこともあろうかと解毒剤を用意しておきました。これを飲ませるのです」
「お姉様!! ありがとうございます」
急いでアドルファスに解毒剤を飲ませた。
だんだんと容体は安定して毒は抜けた。
……良かった、無事で。
「アイリス、あなたは幸せになりなさい」
「……お姉様、はい。わたしはアドルファス様と共に幸せになります」
アシュトンを抹殺完了。
わたくしは、屋敷を後にした。
もう気分はすっかり晴れたし、しばらく毒とは無縁の生活を送りたいと思った。次は毒殺してこない優しい男性がいいな――。