侍女メレイヤ
「どうも。ワタシの方が後から入って来たけど、
メレイヤ姉さんって呼んでいいからね」
「……メレイヤ姉さん」
これはまた……変わった人が入って来たな。
借金返済のために王妃様の元で働き出した
わたしに、新たな同僚?が出来た。
ん?わたしの方が先に入ったらならわたしの方が
先輩よね?
でも確かに相手の方が年上だし、
親しみ込めて呼ぶ方が仲良く出来そうよね。
わたしはそう判断し、今度は笑顔を交えて再び
「メレイヤ姉さん」と呼んだ。
するとメレイヤ姉さんは
一瞬、何やら思案をした後で
「特別にメレ姉さんって呼ばしてあげる」
と言った。
?よくわからないけどまぁいいわ。
「メレ姉さん♪」
と言い直すとぎゅっと抱きしめられた。
「イイ子……」
ふふ、ホント変わった人だ。
でも仲良く出来そう。
これからわたしは常にこのメレ姉さんとコンビを
組んで働くのだそうだ。
メレ姉さんはお金が大好きらしい。
どの高官の手伝いをしたら内緒でチップが
貰えるかとか、
繁忙期の各部署で手伝いをすると小遣いを
稼げるから、どの時期にどの部署に行けばいいかとか事細かに教えてくれた。
借金返済のためには1円でも多く稼ぎたいから
非常に有り難い情報なのだが、
王妃様のお側係という事は
王妃様のお側にいないと意味がない。
従ってその有り難い情報を
活用出来る事はなさそうだ。残念。
残念といえば、
オディール様の生家、エバンス侯爵家が突然
殿下の婚約者候補を辞退したというのだ。
なんでもオディール様の健康不良が原因だとか。
この前までお腹の底から大きな声を出しておられて、健康優良児だなぁと感心していたのに……
急にどうなされたかしら?
早くお元気になられるといいのだけれど。
お気の毒なヴィンセント殿下……。
あんなにオディール様の事を
気に入っておられたのに……。
……という事は
もうじき発表されるという殿下の婚約者は、
唯一残った候補者の
モロー辺境伯令嬢リュシル様で決まりなのかしら。
多分そうなるのだろう。
そうか……ヴィンセント殿下とリュシル様が……。
いずれそうなる事はわかっていたはずなのに。
婚約者候補を辞退した時点で、
殿下が他の人と結ばれる事を
受け入れたはずなのに。
どうしてこんなに胸が苦しいの。
一夜の思い出なんて作ってしまったのが
間違いだったのだろう。
だってますます殿下の事を
好きになっちゃったんだもの……。
でもダメね、
いつまでもこんな想いを引きずっていたら。
殿下のために
なかった事にしようと決めたんだから、
本当になかった事になるように
さっさと忘れなきゃ……。
ここのところ毎日、
リュシル様は殿下の執務室を
訪問されているらしい。
午後のお茶の時間前に訪れて、
殿下とひとときのティータイムを楽しまれて
帰って行かれるらしい。
きっと殿下も心癒される楽しいひとときをお過ごしなのだろう。
そんな話をメレ姉さん含む侍女の方たちと
お話ししていたら、メレ姉さんは
「あんな人使いの荒い腹黒王子のどこが
いいのか分からない」
と、もげそうなくらい首を傾げて言っていた。
人使いが荒くて腹黒?
どちらも殿下を表現する言葉には
相応しくないと思うのだけれど。
まぁでもこのままなるべく殿下との接触を
避けて、会わないようにしていたら
いずれ綺麗な思い出になるだろう。
……なればいいな。
という事で、
わたしは徹底して殿下に会わないように心掛けた。
王妃様の元へ殿下の訪いの先触れがあったら、
何か用事を見繕って違う場所へ逃げたり、
庭園や図書室など、
殿下と鉢合わせをしそうな所へは
極力近づかないようにした。
差し当たってはこのくらいしか思いつかない。
でも功を奏したようで、
かれこれ2週間近く殿下とは顔を合わせていない。
このままフェードアウトしてゆけば、
殿下もすぐにわたしの事なんか忘れてしまうだろう……。
そんな事を考えると
わたしはすぐに俯いてしまう。
それが殿下のためだとわかっているのに
殿下に忘れられてしまうのが堪らなく辛い。
ホント……わたしはダメだなぁ。
そんなわたしに
たまたま廊下で鉢合わせたリュシル様が
追い討ちをかけてくる。
リュシル様は今日も殿下に会いに行かれて
その帰りなんだろう、
両手でお菓子の入ったバスケットを抱えた侍女を
伴っていたから。
リュシル様はとてもご満悦なご様子で
わたしに言った。
「ご機嫌よぅ~ハグリット様~。
近頃全くお顔を見なくなって寂しいですわぁ。
もうすっかり使用人の姿が板に付かれましたのね~。一瞬、どこの侍女かと思いましたわぁ。
リュシルは今日も殿下と楽しくお茶をして参りましたのよ~。
殿下もとっっても楽しそうにしてくださってぇぇ。やっぱりリュシルと殿下は結ばれる運命なんですよねぇ~」
「ご機嫌ようリュシル様。
まぁそうなのですか、良かったですわね。
お可愛らしいリュシル様ならヴィンセント殿下と
お似合いですもの。どうか末永くお幸せに」
わたしがそう言うと、
リュシル様は照れ臭くて居た堪れなくなったのか
わたしを思いっきり叩きに来た。
「やだもう!!
ハグリット様ってば正直っっ!!」
でもリュシル様の手がわたしに届く前に、
その場に居合わせたメレ姉さんの手が
リュシル様の手首を掴んだ。
「「!?」」
「この人に指一本でも触れてごらんなさい、
その腕を速攻で切り落としますよ?」
メ、メレ姉さん……?
どうしたのかしら急に……
なんだか護衛みたいな感じだわ。
リュシル様は手首を掴まれたのがよっぽど
腹に据えかねたのか、侍女が無体を働いたと
そのまま踵を返して殿下の執務室へと
とんぼ帰りして行かれた。
きっとヴィンセント殿下にチクリに行ったのね。
今度はわたしがメレ姉さんの手首を掴んで
走り出した。
「ハグリット様?」
メレ姉さんはきょとんとした顔で
わたしに腕を引っ張られながら付いて来る。
「とりあえず逃げましょうメレ姉さん!
わたしの所為でメレ姉さんにお咎めがあるなんて
絶対にダメです!」
「………ハグリット様……」
わたしは走りながらチラリと後方を見た。
すると遠くの方で
リュシル様を伴い、慌てて先程の場所に駆け付ける
殿下の姿が見えた。
そんなに急いで駆けつけて……
よっぽどリュシル様を害されたのが
お気に召さないのね。
でもメレ姉さんはわたしが守らなきゃ。
なんだか後ろの方で
「ハグリット!」とわたしの名を呼ぶ殿下の声が
聞こえたような気がしたけど多分気のせいだろう。
わたしはそのままメレ姉さんを連れて、
王妃宮までスタコラサッサと逃げ帰った。
◇◇◇◇◇
「……おい、お前は一体何をやってるんだ」
今日の仕事が終わり、
夜間の警護に当たる者に引き継ぎを終えて
帰宅する途中で、主の第二王子ヴィンセント殿下に
捕まった。
「……何って……仕事ですけど?」
「メレイヤ、俺がお前に命じた任務はなんだ?
ハグリットの護衛だろ、それがなんであいつに
手を引かれて走ってるんだ」
「なんでって言われましても」
昼間の件では
なんら咎を受ける謂れはない。
あのトチ狂ったピンク頭が
護衛対象に暴行を働きそうになったのを止めただけなのだから。
「ただ仕事をしただけです」
「なんでその場を離れたんだ」
「ハグリット様がワタシの手を引いて走り
出されたから」
「何故そのまま付き従う、その場に居ろよ。
せっかくハグを捕まえられるチャンスだったのに」
あぁ。
ワタシは殿下の言わんとしている事がようやく
理解出来た。
「ハグリット様に避けられまくってますもんね」
「ぐっ……言うな………やはり避けられて
いると思うか?」
「はい、十中八九」
「くそっ……まぁいい。
メレイヤ、お前に特別任務だ」
「お断りします」
「即答かっ、……特別手当を出そう」
「承ります」
「またまた即答かっ、この守銭奴め」
「お金は裏切りませんから」
「……明日、王妃宮のリネン室に
ハグリットを誘導しろ」
「またあの方にエロい事をする気ですか?」
「するわけないだろう(多分)」
他人の事なんて、
ホントならホントにどーでもいいと思っているのに、ワタシはなんだか気に入らなかった。
「……ハグリット様は純心で良い方です。
ただの遊びで追いかけ回されるのなら、
貴方を秘密裏に処理しますよ」
「お前は第二王子暗部の者だろうっ、
なぜ自らの手の者に殺されねばならんのだ。
……お前もハグリットが気に入ったか。
あいつは不思議と人に好かれる性質だからな」
「……お金の次に好きなだけです」
「とにかく、明日、13時に王妃宮のリネン室だ。頼んだぞ」
「……は」
「ホントだぞ?」
「……はぁ」
「ホントに頼んだぞ?」
「………」
「おい」
はぁぁ……面倒くさい。
特別手当のためならしょーがないけど。
そうしてワタシは
今度の任務の護衛対象を
なんやかんやと理由を付けて
13時にリネン室に放りこんだ。
気の毒な護衛対象。
あんなのに惚れられたのが
運の尽きね……。
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