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母と子の密談

「殿下!耳寄りな情報ゲットです!

王妃様が庭園のガゼボにて、オディール嬢と

リュシル嬢と面会をされるそうですよ、

もちろんハグ様を伴われるとか!」


俺の側近…というよりは腹心の友である

ブラウニー伯爵家のチャーリーがナイスな

情報を持って執務室に入って来た。



「なに、それは本当か?」


「王妃様の侍女の一人に聞きましたから、

 間違いないかと!」


「でかしたチャーリー。では早速突撃するぞ」


「アイアイサー!」


チャーリーが先に出て、扉を開ける。


俺は昨日ようやく我がものにした最愛のハグリットを捕獲するために執務室を後にした。


なぜ何も言わずに帰ってしまったのか、

体は大丈夫なのか、

俺の事をどう思っているのか、

聞きたい事は沢山ある。


でもそれよりもまず

俺の本当の気持ちをハグにきちんと告げて、

プロポーズをしよう。


本来の順番を違えてしまったが、

まずはそこからだ。


そしてこれからの事を二人で話し合おう。


そう思いながら庭園を歩いてゆくと、

遠くガゼボにその姿を見つけた。



ま、眩しいっ……!


こんなに距離があるのに

直視出来ないほど輝いてるぞ!俺のハグは!


しかもなんだか昨日までと雰囲気が違う。

まぁ俺はその理由を知ってるけどな!



女性陣に声をかけて近づく。


母上の射抜くような視線が痛かったが、

訳を聞いてる暇はない。

一刻も早くハグを連れ出したい。


するとオディール嬢が話しかけて来た。


「ヴィンセント殿下ご機嫌よう。

昨日はお約束しておりましたのに急に体調を

崩されたと側近の者に聞きましたわ。

もうお加減は大丈夫なのですか?

何か体調に異変をもたらすような事でもありましたのかしら……?」


こいつ……

俺に鎌をかけているのか。


昨日の事はオディール嬢の生家、

エバンス侯爵家の差金だという事はもう

わかってるんだっつーの。


残念だったな、


お前らが今、血眼になって探している

あの侍従見習いは捕獲済みだ。


まぁいい。

お前らの事は後々纏めて片付けてやる。


それよりも今はハグだ!ハグ!


あ?うるさいなリュシル嬢、

二人っきりになんかなるわけないだろ。


それにしてもハグはさっきから何を見てるんだ?


あぁ、チャーリーか。

ハグはチャーリーを愛でる会の会長だからな。



お、やっと目が合った。

よし、ここはひとつ、

懐かしの瞬きモールス信号で密かに通信だ。


イコリス王国の女王陛下に二人で教わったのも

また良き思い出だな。



ハグもすぐにそれに気付いて瞬きモールス信号で

返してくる。


ちょっ……もう!なんだアレは!!

ぱちぱち瞬きして!

いやそういうものなのだが、

可愛すぎるだろっ!!

俺をキュン死させる気かっ!?


俺は悶えそうになるのを必死に堪え、

ハグと瞬きモールス信号で

()()()()()()()()()をする。

(なんかいい響きだ……)


しかし仕事中で離れられないだと?


そんなものは口八丁でなんとでもなる。


俺は母上にハグを連れ出す事を願い出た。


「いいわよ、少しだけなら。

その代わり私も貴方に話があります。

今夜政務が終わったら私の自室に来て頂戴」


と母上は仰ったが話とはなんだろう?


でも俺の方こそ母上に話しておきたい事があったので丁度良い。

俺は承諾してハグに同行を促した。


俺が手を差し伸べると、

ハグが逡巡しながら小さくて白い手を

俺の手に添える。


もう!ホント無理っ!!

なんだそのおずおずとした手の添え方はっ!!


手が温かいぞ!!

柔らかいぞ!!

すべすべだぞ!!


思わず感動に浸る俺に母上は言う。


「ヴィンス、うるさいわよ」


ぎくり。

声に出てたか?

いや、そんなはずはない。

母上のハッタリだ。


「……私は何も言っておりませんよ」


(わたくし)には聞こえるのよ」


そうなのか……。

母親とは恐ろしいイキモノだ……。


俺はとにかくその場からハグを連れ出した。



執務室横の応接室に連れ込み……もとい、

案内し、人払いをする。


今から大切な話をするからな。


さて、どうやって伝えようか。


俺のこのハグへの溢れる想いを、

どんな言葉にして伝えればよいのか……。


“お前だけを愛してる”


“第二王子妃になってくれ”


“大好きだ!”


うん、とにかく気持ちを伝えよう。


俺がどれだけハグを愛しているのか、

それを伝える事から始めよう。



俺は意を決してハグに告げようとしたその瞬間、


俺の発した声とハグの声が重なった。


というより俺の言葉にハグが意図的に被せて

来たようだった。



「ハグ…「なかった事にいたしましょう!」

……は?」



え?



ハグはとびっきりの笑顔でこう言った。


「ご安心ください殿下!

昨夜は()()()()()()()()()と認識しております!

何もなかった事を他人にベラベラ喋るような事は

出来ませんもの。

だから殿下は、少しも!ミジンコ程度にも心配なさらなくていいのです!

良かったですね、殿下!」



……………何も起こらなかった……?


ど、どういう事だ?



と、とにかく落ち着こう。



「…………いや、ちょっと待て」



俺が制止するも、ハグは尚も言い募ってきた。



「いいんです殿下、お気になさらないでください、


〈ヴィ:いや気にするだろう!〉


昨夜の事は事故みたいなものなのですから、


〈ヴィ:事故っ!?〉


殿下が責任を感じられる必要は一切

ございません。


〈ヴィ:いやむしろ責任を感じたいのだけど!?〉


わたしはもう、全て記憶から抹消しましたから!」



ちょっ……ちょっと待て……。

「……抹消」



「はい!もう綺麗さっぱり!」


「綺麗さっぱり……」


その時点で俺のガラスのハートは既に粉々に砕け散っていたのだが、

ハグは更に抉りにかかって来る。


「はい!跡形もなく!」


「……跡形もなく……」



跡形も……ない、だと……?



あれだけの事が、


既に、


綺麗さっぱり跡形もなく抹消されただと……?


あれだけの……事を……


なかった事に……だと……?





その後の事はよく覚えていない。


あまりにショック過ぎて

気がつけば膝から崩れ落ちていた。


ハグがいつ退室したのかもわからないほどだった……。



な、な、なんという事だ……。


昨夜の事はハグにとって消し去りたい思い出と

なってしまったのか……?


綺麗さっぱり忘れてしまいたいほどの……?



ぐもっっ!(←溢れ出る涙の音)



それからはどう過ごしたのかはわからない。


気がつけば夜で、


気がつけば政務が終わっていたからには、


とりあえずきちんと仕事はしたのだろう……。



“きゅう~~ん”


泣くな、俺の脳内で飼ってる犬よ。


そうか、

俺の代わりに泣いてくれてるんだな……。



(補足: ヴィンセントはアレルギー体質で

医師に禁止されているため、子どもの頃から

脳内でイマジナリードッグを飼っているのだ)



俺はとりあえず母上の自室へと向かった。


気持ちが滅入ってる時にとてもあの母と

話す気にはなれないが、

約束は約束だ。


チャーリーは込み入った話になって

遅くなるからと帰らした。


俺は扉をノックしてから母上の部屋へと入る。



「待ってたわよヴィンス、

……なんなの?その捨てられた犬のような顔は」


そ、そんな顔をしているのか……。


道理でチャーリーが心配して

俺の好きなお菓子を色々と用意してくれるわけだ。

(俺は子どもか)



「……べつに?至って通常モードですが?」


「まぁいいわ、どーでも」


「それで?お話とは?」


「………おそらく、貴方と同じ用件よ」


「!まさか………お気づきでしたか」


俺がそう言うや否や、

実に10年ぶりくらいに母上に頭を()たかれ、

そこから更に胸倉を掴みあげられた。


「は、母上……!?」


「ヴィィィンスっ……お前……

ハグに手を付けましたねぇぇ……!

お気づきでしたか?じゃねぇわぁぁっ!!」


「な、何故おわかりにっ……?」


俺がそう言うと母上は

空いてる方の手でまたまた俺の頭を()たいた。



(うなじ)にキスマーク付けといて

すっ惚けた事言ってるんじゃねぇですわよっ!!」


つ、付けたか!?


いや、昨日はもうハグの全身に口付けしたからわからない……って今、それを口にしたら間違いなく

母上に瞬殺されるな。


「そ、そうなったのには事情が

 あるのですっ……!」



俺は睨みだけで人を殺せそうな母上の視線に

ぶっ刺されながら昨日起きた事の顛末を語った。


俺の胸倉を掴み上げる母上の拳に青筋が立った。


「全部お前の油断が招いた事態じゃないのっ!!

なぜ術を掛けられた時点で王宮魔術師を呼ばなかったのよっ!!」


は、母上っ……

そんなに俺を締め上げないでくれっ……

く、苦しっ……ギブ、ギブっ……!


「は、母上もご存知でしょう……?

催淫魔法系は幾重にもトラップが掛けられている可能性が高いとっ……無事に解術するまでにかなりの時間を要し、俺はともかくハグの心身に異常を来たす恐れがあった事をっ……!」


「っ……ちっ!」


とても一国の王妃とは思えない見事な舌打ちを

されながら俺の胸倉を解放した。



「エバンスめぇ……頭の悪い奴だと思っていたけどここまでとはっ!娘を第二王子妃にするために既成事実を作り上げようだなんてっ…… 間違いなく、

オディールも承知の上での犯行ね。今日の様子を見てればわかるわ。一歩間違えれば廃人になっていたかもしれないなんて事、あのバカ親子は考えもしなかったのでしょうね……!」


「でしょうね。俺との面会はキャンセルになり、

指示した侍従見習いは姿を消した、向こうは

わけがわからずかなり焦っていると思いますよ」


「オディールはこれがかなりまずい状況だと

認識してないでしょう。ったく、アレでよく王子妃になれると思うものね」


母上は盛大なため息を吐きながら仰った。


「同感です」


「アホなくせに権力(チカラ)だけは持っている……タチが悪いわね。それで?捕らえた侍従見習いの身辺は調査済みなんでしょうね?」


「もちろんです」


俺は母上に

あの侍従見習いが孤児で、魔力量の高さを

買われてエバンス侯爵家お抱えの魔術師の

養子になった事、

本人はどんな魔法かも知らされずに

あの日あの時間に執務室にいた王子と令嬢に魔法を掛けるように指示されたと自白した事、

その後に軽い自白魔法を掛けても何も出て来なかった事を説明した。

あの侍従見習いはただの従順な子どもだった。

今は第二王子(俺専用)の暗部の元に身柄を置いている。


「……そう。そこまで把握しているなら今は

それでいいわ。それで?貴方の方の話とは?」



俺は母上に掴み上げられた胸元を正しながら言った。



「ハグの身辺を警護するために第二王子(俺専用)の暗部を

一人、母上の侍女として送り込みたいのです。

それから……しばらくハグの体調を気に掛けていただきたい」



「………………子種をたっぷり注いだから?」


「はい……少なくとも二回分…」


その言葉の続きは言わせて貰えなかった。


再び母上に胸倉を掴み上げられて

「よくも私のハグにぃぃ!」とか

「このケダモノ!そんな風に育てた覚えはありません!」とか

「結局はお前が得しただけだろうがっ!」

とか散々言われたが、

自覚はあるので甘んじて受けた。



しかしその後の母上の言葉に

俺の繊細なハートは抉られる。



「でもヴィンス、ハグの様子だと

なかった事にしたいみたいな感じよ?」


「うぐっ……

本人にも直接そう言われました……」


「言われたの?面と向かって?」


「………………………………はい」


「っぷっ!」


笑うな!!



ハグは(あの子)、借金の所為でもう結婚を諦めているようなのよ。ヴィンスの婚約者候補からも外れてると思い込んでるし、これはガッツリ見張っていないといけないわね。下手を打ったらいつの間にか身を引いて城から居なくなってそうだわ」


「そんな事は絶対にさせません」


「当たり前よ。貴方の嫁はあの子でないと

認めませんからね」


「もちろんです。では暗部から一人そちらに送る事に異論はありませんね?」


「ええ。むしろそうして頂戴」


「承知しました」



こうやってハグ(本人)の預かり知らぬ所で着々と

[ハグリット保管計画]は進められていった。



そんな事とは露とも知らぬハグリットは

王妃の隣の部屋でスヤスヤと寝息を立てて

眠っていたのだった……とさ。

(王族の自室の防音対策は完璧なのだ)







































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