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その日の事 ② ハグside

「……という次第により、当カロル家は殿下の

婚約者候補から外れる事と相成りました。

長い間、ヴィンセント殿下には良くしていただき、

感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました」



わたしが深々と頭を下げると、

ヴィンセント殿下の眉根が寄った。



()()()()()()殿()()……?

お前の口からそう呼ばれると、気持ち悪い」


カチン。

「なんなんですか、その言い草はっ。

せっかく最後くらいはきちんと礼を執って

挨拶しようと思ったのに」



「……最後?」


「幼馴染として、婚約者候補としての仲の“最後”。明日からは第二王子殿下と王妃様の側付きの女、

という関係になりますから」


「……カロル伯爵の借金は、お前に非があるわけじゃないだろう。何も婚約者候補を辞退しなくていいんじゃないのか?」


「何言ってるんですか、関係大アリです。

この国では親の借金は子の借金でもあるのです。

ご存知でしょ?借金を返すためには働かなくてはいけません、どこの世界に齷齪(あくせく)働く王子妃候補が

いるんですか」


「だから、借金の事は心配しなくていいと言っただろう。母上と俺でなんとかしとく」


「なんとかしとくとはなんですか?

権力を嵩に揉み消すんですか?

(そんな事しないってわかってるけど)」


「揉み消すわけなんかないだろう」


「それなら立て替えておくとでも?

一生、城で働かせて返済させるおつもりですか?」


「そんなわけあるか」


「とにかく、そんな事していただく謂れがございません。……幼馴染としての温情、そのお気持ちだけで充分です。借金の(かた)に50も歳の離れた資産家の後妻になるところを既に救って頂いてますもの。

王妃様直々の指名というおかげでその話が

帳消しになったのよ。もう十分助けて貰ったわ、

ありがとうございます」


「………」


そういえば、

こんなに長く二人きりで話すのは久しぶりなんじゃ

ないかしら?

最近はわたしは実家の事でバタバタしてたからなぁ。

殿下は政務などで忙しくされていたし、

何よりオディール様とリュシル様が殿下の両脇を

がっしり固めていらしたから近づけなかった

というのもあるけれど。


それにしても本当に落ち着いた雰囲気に

なられたな。

昔はわたしとあまり変わらないくらいによく喋って五月蝿いくらいだったのに。(不敬)


第二王子となられ、

教育係が一新されたのが大きな要因だ。

第三王子には必要とされなかった帝王学を

叩き込まれ、感情を一切表に出さないように教え込まれた。


今の殿下は昔の殿下とは別人だ。


でもそれも王族としては仕方のない事。


その立場に相応しい妃が必要なのも仕方のない事。


老兵は去るのみだ。

ん?わたしはまだ18だから老兵ではないわね。


その時、殿下が懐中時計をちらりと見た。


あ、そうね、そろそろオディール様が

来られるものね。


退散時だわ、……ふん。


「お時間を取らせて申し訳ありません。

この後大切なご用事があるんですよね、

それではわたしはこれで御前を失礼致します」


「あ、いや、ちょっと待て……」


殿下が何かを言おうとしたその時、

殿下の執務室のドアをノックする音が聞こえた。


「……入れ」


「失礼します!」


一瞬ぎょっとするほど元気な声をあげながら、

13歳くらいの年若い少年が入ってきた。


あ、この子知ってる

最近侍従見習いとして王宮に勤め出した子だわ。


「殿下、お茶をお持ちしました!」


侍従見習いはこれまた元気よく

応接ソファーの側に置いてある

ティーテーブルにお茶の用意を整えた。


「……あぁ、ご苦労」


なによ、その含みのある声。

心配しなくてもお茶なんか飲まずにさっさと

退散するわよ。


すると侍従見習いが(おもむろ)にわたしと殿下の両方を見つめる。


「王子殿下と、ご令嬢……よし、この二人で間違いないな、えっと確かこれを……」


侍従見習いは何やらゴニョゴニョ言いながら

ゴソゴソし出した。


わたしが「何?」と思った次の瞬間、


殿下が侍従見習いの腕を捻り上げていた。


「王族の目の前で不審な行動をするな」


「い、痛いっ痛いですっ」


そう言いながらも侍従見習いは

何やら呪文ようなものを詠唱した。


「「………!?」」


その途端にわたしと殿下の下に魔法陣が現れる。


「僕はこの魔法をこの部屋にいる男女に掛けるように指示されただけですっ…」


そう言って、殿下の手が緩んだ隙に逃げ出した。


「……っ!こらっ…待てっ……!」


殿下はその場に膝をついた。



こ、これは……何?


一体何の魔法を掛けられたの?


さっきから…急に体が熱くなった……。


胸が締め付けられるように苦しくなり、

上手く呼吸が出来ない。


胸の締め付けはやがて全身に広がっていった。


苦しい……何……?


見ると殿下も同じ症状のようだった。


頬に赤みが差し、額から汗が流れている。

苦しそうに何かに耐えているようだった。


ひょっとして毒?


「っ……殿下……わたし達、もしかして毒の作用のある魔法を…掛けられたのですか……」


わたしは上手く呼吸が整わないながらも殿下に

尋ねた。


殿下は何か言い辛そうにしておられる。


よっぽど恐ろしい毒魔法だったのだろうか。


そういえばさっきから

今まで体験したことのないような疼きを全身に

感じる。


その疼きを鎮めるために触れて欲しいような

そんな感覚。


「毒といえば毒だ…くそっ、毒や媚薬には耐性を付けられている俺でもこの状況とは…服薬ではなく

魔法で仕掛けてくるとは…一体何者がっ……くっ」


「……殿下っ!?大丈夫ですかっ……」


突然蹲った殿下の事が心配になり、

わたしは殿下の元へと駆け寄る。

駆け寄るというより躙り寄ったと言う方が

正しいのかもしれないけど。


殿下は一瞬、わたしを見て

そして辛そうに目を逸らす。


「……問題ない…から近づくな……

それよりお前は大丈夫、なのか……?」


「わたしも…先ほどから何やらとても苦しい…です…とにかく人を呼んで参ります、殿下は…どうかそのままで……」


わたしがふらつきながら

部屋の扉の方へ向かおうとすると、

ふいに殿下に手を掴まれた。


「待てっ……その状態で外に出るなっ、

というより…男に会うな………っくそっ」


殿下はそう言いながら

なんとか力を振り絞って、という感じで

執務室のデスクの上にある紙に何やら書き出した。


何を書いてるかはわからないが

一瞬、“チャーリー”という文字が見えた。

チャーリーといえば殿下の最側近のチャーリー

だろう。


そして書き終えたと思ったら、

殿下がふいにわたしの方を見た。


「………!」


殿下の眼差しにわたしは息を呑む。


その瞳には今まで見た事のないような

熱量を感じた。


あの瞳にわたしだけ映してほしい。


幼い頃から大好きだったその手でわたしに

触れてほしい。


わたしの名を呼んで、強く抱きしめてほしい。


そんなたまらない気持ちがわたしの中から溢れ出した。


気がつけばわたしは殿下の胸に飛び込んでいた。


そうしないと苦しすぎて死にそうだったから。


助けてほしくて思わず縋りついたと

言ってもいいかもしれない。


「……っハグッ……」


久しぶりに愛称で呼ばれた。


その喜びが余計にわたしを(さいな)む。


気がつけばわたしも殿下を昔のように呼んでいた。


「ヴィンスさまっ……」


次の瞬間には


わたしは殿下に口付けられていた。


初めてだというのにいきなり深く。


でも少しも嫌じゃなかった。


むしろもっと欲しいとさえ思った。


どうしてこんな感情が自分の中から

湧き上がるのかがわからない。


殿下にきつく抱き締められたその時、

体に浮遊感を感じた。


どこかに引っ張られたようなそんな感覚。


気が付けばそこは寝室だった。


殿下の転移魔法で飛んだようだ。


すぐに寝室だとわかったのは大きな寝台が

あったから。


そしてそこがヴィンセント殿下の寝室であると

すぐにわかったのは見覚えのある壁紙だったから。


幼い頃、隠れんぼをして入った事のある殿下の

寝室。


まさか数年後にこんな形で再び訪れようとは。


でも……とにかく今は

そんな事どうでもいいくらいに苦しい……。


体が熱くて、殿下に触れて欲しくて死にそうだった。


あまりの苦しさに寝台に手を突き耐えるわたしに、


殿下の絞り出すような声が聞こえた。



「俺たちが掛けられた魔法はおそらく

催淫魔法のひとつだ……」



サイイン魔法……

催淫魔法っ!?


「えっ……」


「これは薬と違って時間が経てば鎮静化

するものじゃない……」


「じゃあ……どうすれば……」


殿下もわたしも苦しくて息があがる。


互いに必死で距離を取っているが、

気を抜けばすぐに手を伸ばしてしまいそうだ。


「……体を重ねてひとつになれば解術される……」


「お、王宮魔術師に解術を……」


わたしが言うと殿下は首を横に振った。


「これは(いにしえ)の悪しき魔法だ。

無理やり解術すると、何が起こるかわからない。

これを仕掛けた犯人もそれが狙いだったのだろう。

つまり、心身共に五体満足で解術したいのであれば、体を繋げるしかない……」



なんて迷惑でハレンチな魔法なの!!


わたしは叫びたくなった。


でもとても声を出せる状態じゃない……



もはや意識が朦朧としてきた……


でもそれよりも何よりも

辛そうな殿下を見る方が嫌だった。


無理に解術して殿下の身に何かが起こる事が

怖かった。


でもそれはわたしの言い訳だろうか……


こうなる事は仕方ない事なんだと

自分への言い訳をしているのだろうか。


わからない、


でも………



気づけばわたしは殿下の方へと手を伸ばしていた。


「ヴィンスさま……っ」


殿下が伸ばしたわたしの手を掴み、

自身の方へと引き寄せた。


「ハグっ……!」


次の瞬間、


わたしの視界が一転した。


目の前に広がるのは寝室の天井。



そして熱を孕んだ眼差しでわたしを

見つめる殿下の顔。



なんて綺麗なの………



まるで天使だわ………



そんな事を朦朧とする意識の中で

考えるわたしの上に


天使がそっと降りてきた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




次回、脳内スパークリング男、現る。
















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