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なかった事にいたしましょう  作者: キムラましゅろう


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15/18

大好きだからこそ

大好きだからこそ、


傍にはいられない。


大好きだからこそ、


お別れする。



その覚悟を決めてから

わたしはなんでもない顔をしながら

着々と城を出る支度をしていた。


ガッツリ荷造りしてしまうと

ここを出て行こうとしている事がバレてしまう。

かといってお父さまは船旅のため連絡がつきにくいから、しばらくは一人で生きて行かねばならない。

そのため無一文で出ていくのは無謀過ぎる。


わたしは小さなトランク一つに入る分だけ

持ち出す事にした。


あとは働きながら

買い揃えて行くしかないだろうな。


とりあえず王城(ここ)を出た後は

隣国にいる母方の叔母を頼ってみようと思っている。


そこで住み込みで働けるような仕事先を紹介して

貰って、自活してゆこうと計画中だ。


叔母様には既に手紙を書いて、

しばらく身を寄せさせて貰う事は了承済み。


あとは……


いつここを出るかよね。


いつまでもモタモタしていると

ヴィンス様とパトリシア様の縁談が進まない

だろうし、二人が婚約者同士として並び立つ姿も

見なくてはいけなくなる。


いつかいつかと考えるくらいなら

もう思い切って行っちゃおう。


確か明後日からヴィンス様は

地方に視察に行く事になっているので丁度いい。


ヴィンス様が出立したら

わたしもこっそり出て行こう。


という事は後片付けをするのは

今日と明日しかない。


最後に王妃様のお顔を見ておきたいし、


長く通った王城にお別れもしたい。


明日は1日、お別れの儀式と参りましょうか。


だから今日は早く寝てしまおう。

ヴィンス様は今夜も遅くなるから先に休んでいるようにと連絡があったし、近頃とにかく眠い。

昔からよく寝る子だと言われていたけど、

最近はとくにロングスリーパーになったようだ。


寝ている間だけは

嫌な事も考えずに済むしね。



というわけでおやすみなさい、

ヴィンス様……。




◇◇◇



翌日、わたしは朝食を食べ終えた後に

王妃様を訪ねて王妃宮へと足を運んだ。


事前に先触れを出していたので、

王妃様はお茶の用意をして待っていて下さった。


「お茶会以来ね、会いたかったわ。

ヴィンスったら貴女を独り占めにして、ズルいわ。

あの子が視察に行ってる間に王妃宮(こっち)に帰って来ちゃいなさいな」


王妃様が相変わらずチャーミングな笑顔で

迎えてくれる。


わたしはなんと答えたらよいのかわからず、

とりあえず笑顔を返しておいた。


王妃様とはヴィンス様より少しだけ長くお付き合いをさせていただいた。


母に連れられてよくこちらに来ていたから、

かれこれもう9年くらいになるかしら。

王妃様と母がお茶をしている時にひょっこりと

現れたヴィンス様と遭遇したのが出会いだった。


あれから8年。

色んな事があった。

ヴィンス様の婚約者候補となったり

母が亡くなったり……。


この城に淑女教育のために8年も通った。


ここひと月はとうとう城暮らしも経験してしまったわ。


なんだか感傷的になってしまう、

ダメよね、普段通りにしなくては。


お茶に始まり、結局は昼食も一緒にご馳走になった。

王妃様はわたしがこの頃

食欲がないのをご存知なのか、

あっさりとした食べやすいスープや果物などを用意して下さった。


さすがはわたしの心の母。


……わたしが心の中だけで勝手にそう呼ぶのは

許されるわよね?


ありがとうございます王妃様。


直接のお礼は今は言えないけど、

落ち着いたら必ず手紙を書きますね。


と心の中で呟いて、わたしは王妃様の御前を辞した。


王妃宮を出る直前に声をかけられる。


「ハグリット嬢」


聞き覚えのある声。

出来ればあんまり聞きたくない声。


「……ダニエル殿下」


先の騒動から謹慎していると聞いたけど、

どうしてこんな所をウロウロしているのかしら。


「そんな露骨に嫌な顔しなくても」


「あらいやだ、顔に出てました?おほほほ……」


ダニエル殿下は

少し不貞腐れながら「まぁいいや」

と言って話し出した。


「デイジー、領地に帰ったんだってね」


「ええ。もう王都には用はありませんからね」


「……そうか……」


その反応を目の当たりにして、

わたしは眉を顰めてダニエル殿下を見据えた。


「ひょっとして……

もしかのまさかでお聞きしますけども……

実はデイジーの事が好きだった、なんて仰います?」


「……!」


“……!”じゃないわ!

えぇ!?ホントに!?


「殿下……それならどうしてあんな不誠実な事をしてきたんですか……」


わたしはもう呆れてそれしか言えなかった。


「……自分でも驚いてる。あのお茶会の日、

別れを告げられた瞬間に気づいたんだ」


「……いつから、とお聞きしても?」


「多分、出会った時から……好きだったんだと思う」


「それならなぜ!」


「だってさ!あんな地味で生真面目で面白味もない女の子を僕が好きになったりすると思う!?そんなの

自分で気付かなくても仕方なくない!?」


「そんな酷い言い方して、よくデイジーの事が好きだって言えますね!?」


「……自分が一番驚いてる……」


ダニエル殿下は言った。

こんなどうしようもない自分を、

デイジーはいつも励ましてくれた、見守ってくれた、側にいてくれたと。

いつしかそれが当たり前になり過ぎて、

甘えてしまっていたと。

デイジーが自分を見捨てるわけがない、

そう高を括っていたと。



「気付くのが遅過ぎましたわね……」


「……ホントだね」


そう言ったダニエル殿下の泣きそうな顔が

わたしの瞼に焼き付いた。


大嫌いな奴なのに。


もうせめて、

これからはどんな時にでも誠実で真っ当な人になってほしい。


デイジーの友人として言えるのはそれだけだった。



“人の人生は数奇なるものなり”とはホントね。


少し前までは

ヴィンス様と一夜を共にするなんて事も、

自分がこの国を出て隣国へ行く事になるなんて事も、想像もつかなかった。


これからわたしはどんな人生を歩んでゆくのだろう。


思えばずっとヴィンス様の側で、

彼に守られて生きてきた。


その隣を離れる。

覚悟はしていてもこんなにも寂しくて不安だなんて。


でもきっと大丈夫。


それが大好きな人のためだと思えるから、

わたしはきっとがむしゃらに生きてゆくんだろう。





ヴィンス様と過ごす最後の夜になるけど、

今日も遅くまで政務に励まれるんだろうなぁと思っていたら、なんと一緒に夕食を食べられる時間に

帰って来てくれた。


嬉しい。


今日という日を絶対に忘れないでおこうと、

わたしは色んな事を噛みしめた。


もちろん物理的に食事は美味しく噛みしめたし、

食後のお茶を飲みながらの他愛もない会話も

噛みしめた。



そしてそれぞれ湯浴みを済ませて、

かなり滑稽な事だけど一緒のベッドで寝る。


でも今夜が最後だから許してもらおう。


ヴィンス様は必ずわたしを抱き寄せて眠る。


彼の香りに包まれると本当に心から安らげる。


わたしは今この瞬間も噛みしめねばと

じっとヴィンス様の顔を見つめた。


ヴィンス様と目が合う。


「?」

何かしら、

ヴィンス様が何か言いたそうな顔をしている。


パトリシア様との事かしら。


それならもうわかっているから、

せめて最後の夜にその事は告げないで欲しい。


わたしに謝る必要なんてないから。

わたしの事は心配要らないから。


だから今夜はこのまま眠らせて……


わたしはヴィンス様の胸に顔を埋め、

そのまま眠ってしまった。





あ、これは夢を見てるんだな、とすぐに思った。


だってわたしの手はとても小さくて、

正面に立つヴィンス様はまだ子どもだったから。


これはあの日の夢だ。


お母さまに連れられて王妃宮に来て、

ヴィンス様と

初めて会ったあの日。



あの頃のヴィンス様はまだ第三王子で、

無邪気で明るくてかなりお喋りで弾けた

性格の持ち主だった。



「うわっ!キミがハグリット?

母上が言っていた通りだ、可愛いね!なんだか仔犬みたいだ!」


「仔犬?」


「うん!俺は犬が大好きなんだ!でも動物アレルギーだから飼ってはダメだって主治医が言うんだ」


「じゃあ頭の中で好きな犬を飼ったらいいんじゃない?それならアレルギーも出ないし、どんな犬も好きなだけ飼えるわ!」


「ホントだな!キミ、すごいなっ!天才だな!

よーし、頭の中でいっぱい犬を飼うぞー!!

というか今日は俺は犬になる!ワンワン!!」


「あはは!わたしも!!」


そうして初対面なのにも関わらず、

ましてや相手は王族であるのにも関わらず、

わたしはヴィンス様とその日、

お母さま達に引き止められるまで犬ごっこをして

遊んだっけ……。


その後すぐに王妃様の勧めで

ヴィンス様の婚約者候補になったのよね。


わたしは夢の中で

かつての幸せだった頃の自分を見つめていた。




朝になり、

ヴィンス様は慌ただしく視察に出向かれた。


当然見送りに出たわたしは

ヴィンス様が馬車に乗り込む寸前、

ヴィンス様をぎゅっと抱きしめた。


「ハグ……」


ヴィンス様がわたしの名を呟く。


最後に愛称呼び、戴きました!

ありがとうございます。


わたしはとびっきりの笑顔を殿下に向けた。


これから先の彼の長い人生の中でわたしの事を

ふと思い出す時、

この笑顔のわたしを思い出して欲しいから。


最後に見たわたしの顔が笑顔だったと

思い出して欲しいから。



ヴィンス様が出立した後は

とりあえず普通に過ごした。


わたしの出発はメレ姉さんが帰った後だ。


本当ならメレ姉さんにはちゃんと今までのお礼と

お別れを告げたいけど、

ヴィンス様の部下であるメレ姉さんの立場を考えたら何も言わずに去る事にした。


王妃様同様、落ち着いたら手紙を書くつもりだ。


夕闇が迫り来る王城の

人気(ひとけ)のない通路を選んで歩いてゆく。


8年も通ったのだ。

どの時間帯のどの場所なら人目に付かずに城外へ

出られるか、把握しているつもりだ。


もうすぐ最大の関門である

城壁の門衛の所に差し掛かる…という所でふいに

声を掛けられた。


「ハグリット様……」


後ろを振り向くとパトリシア様がいた。


「え?パトリシア様!?ど、どうして?」


わたしが驚いていると、

パトリシア様は答えてくれた。


「だって、おそらく今日だろうなと思いましたの。

ヴィンセント様が視察で城を留守にされる今日、この日に出て行く事を選ばれるだろうなと」


「そうなんですね……

でもパトリシア様がどうしてここへ?」


「だって、誰にも見送られず人知れず一人ぼっちで

旅立たれるなんて寂し過ぎるではないですか!

せめて私くらい、お見送りして差し上げねばと思い、馳せ参じましたのよ……」


「ありがとうございます」


パトリシア様はわたしの手を取った。


「道中お気をつけて。そしてお体を大切にしてくださいませね。ヴィンセント様の事は何一つご心配は要りません。わたしが誠心誠意、ハグリット様の分までお支え致しますわっ……!」


「……よろしく、お願いします……」


なんでだろう。


純粋でいい子なんだけど素直に喜べないのは。


いやだわ、わたしったらひがみ根性丸出しね。


反省、反省。


「ではわたしはこれで失礼しますね」


わたしは軽く一礼をして、城門に向かう。


そのわたしをパトリシア様が引き止めた。


「お待ち下さいませ。ぜひ我が家の馬車にお乗りください。そうすればすんなり城外へ出られますし、

街までお送り出来ますわ」


それは有り難い申し出だわ。


「ありがとうございます、助かります」


わたしはそう礼を言ってパトリシア様と共に

ヤスミン公爵家の馬車へと向かった。


この馬車に乗って城を出れば本当に最後だ。


もうここに戻る事はないだろう。


……自分で決めた事でしょ!


猪突猛進、前へ進むのみ!



わたしは意を決して馬車に乗り込もうとした。

…………が、次の瞬間、自分の体がフワッと誰かに

抱き抱えられたのを感じた。



「!?」


トランクが地面に落ちる。



でもその時香った嗅ぎ慣れた香り。


それが誰のものなのか確認しなくてもわかる。


でもなぜ?


なぜ今ここに彼が?


わたしは横抱きに抱えられながら彼の事を見る。



「ヴィンセント様!?」


パトリシア様の驚愕された声が聞こえる。



わたしは只々、目を丸くして彼を見る事しか

出来なかった。


だって……



「ヴィ、ヴィンス様……?」



視察に行かれたはずのヴィンス様が

どういうわけかそこにいて、

わたしを抱き抱えているのだから。















































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