逃した魚は大きいのですよ
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誤字脱字報告助かります!
お茶会での刃傷沙汰の直後、
気を失ってしまったわたしが次に目を覚ましたのは
ヴィンス様の寝台の上だった。
なぜ王妃宮にあるわたしの自室ではなくここ?
と思ったが、会場だったサンルームからは
王妃宮より第二王子宮の方が近かったからだと……
ってそうだっけ?
まぁ……いいけど、皆さんご迷惑をおかけして
申し訳ございません。
それにしても貧血とは……
そしてしばらく眠ってしまっていたとは……。
目を覚ましたのが次の日の朝だったなんて。
頑健な肉体だけが取り柄のわたしにしては珍しい。
このところ色々ありすぎて
自分が思ってる以上に疲れていたようだ。
でもね、目を覚ました時に隣でヴィンス様が
寝ていたというのはどういう事なのかしら?
いやここはヴィンス様の寝台であるからして、
その持ち主が眠るのは当然なのですが?
わたしを抱き抱えながら寝なくても
よろしいのでは?
これじゃあ
あの夜の事が思い出されて……
なんというかもう……恥ずかしいっ!
わたしは迷惑をかけた事を詫びた後、
厳重に抗議させていただいた。
なのにヴィンス様は終始笑顔で
とてもご機嫌なのだ。
何かいい事でもあったのかしら?
第二王子宮の侍女さんや侍従さん達に是非にと
薦められて、ヴィンス様と一緒に朝食を頂いた。
その後にお茶を飲みながら、
ヴィンス様は昨日の事件の顛末を教えてくれた。
ダニエル殿下を襲ったのは王太子妃付きの
既婚者の侍女で、
以前からダニエル殿下と深い関係にあったそうだ。
既婚者の侍女……
ああ!先日、温室で出歯亀…じゃない、
遭遇してしまったあの時の人妻侍女か!?
何やってんのよホントにまったく……。
わたしが温室で見てしまった逢瀬から
ぷっつりとダニエル殿下から連絡が途絶え、
不安に感じていたところにあのお茶会で
別の若い令嬢と連れ添っているのを目撃。
(人妻侍女も王太子妃オデット様の侍女として
会場に来ていたらしい)
更に婚約者候補のデイジーと歓談
(真実は別れ話だが)している様を見て、
自分は遊びだったのかと激高したのだそうだ。
そして我を忘れて突発的に側にあった
ケーキナイフで襲ったと……。
人妻侍女の方は遊びじゃなかったのね、
いやでもあなた既婚者でしょ!?
人妻侍女はもちろん身柄拘束の上、
牢獄送りとなり、公正な裁判を受けて罪を
償うらしい。まぁ当然ね。
ダニエル殿下とデイジーがその後どうなったかというのはヴィンス様も詳しく知らないらしい。
二人の問題だし、兄とはいえ立ち入る事は
出来ないですものね。
デイジーの実家の伯爵家からの辞退の申し出の事は、王太子殿下を経てヴィンス様の耳にも入っていたという。
陛下が怪我の療養中のため、
王太子であるジェイデン様が候補者辞退を
認められたらしいわ。
普段から弟の所業を見てれば、
受理せざるを得ないわよねぇ。
いくら王子とはいえあんな素行の悪い男に娘を
嫁がせたい上位貴族の家はないだろうから、
もうダニエル殿下は相応の結婚、
というのは難しいのではないかしら。
もう全て自業自得ね……。
お昼前にメレ姉さんが迎えに来てくれた、
と思ったら何故かわたしの荷物を携えていた。
メレ姉さんは何やらブツブツ言いながらわたしの
荷物をヴィンス様の自室に置いてゆく。
「非常に不本意ながら特別手当のためなら仕方ない」
とか言いながら……
え?なんで?
ちょっと待って、どうして王妃宮の部屋からヴィンス様部屋へ引っ越しみたいな事になってるの?
これじゃあまるで
これからはここで暮らすみたいに
なってるんですけど?
ただの候補者がまずいのでは……?
もう王妃宮にも仕事としては行かなくても
いいなんてどういう事?
ヴィンス様に訳を問い質そうとしたけど、
政務のために王宮へ行ってしまわれた後だった。
ぬぬぬ、戻って来られたら
きっちり説明していただかなくては……!
まぁ実は今日はちょっと体が怠くてしんどかったからお休み出来たのは有り難かったかも。
それにメレ姉さんは変わらずわたしの側にいてくれるようで嬉しい。
わたしが正直にそう伝えると
ぎゅっと抱きしめられて、あんな王子にゃ
勿体ないとかなんとか言っていた。
そんなやり取りをメレ姉さんとしている時に
第二王子宮の侍女さんが、デイジーの訪いを
知らせてくれた。
もちろん会うに決まってるじゃないですか!
侍女さんの提案で、テラスでデイジーと
お茶を飲みながら話をする事になった。
昨日、わたしが倒れてしまったので、
デイジーはお見舞いとして綺麗なお花を贈ってくれた。
そしてせっかくわたしがホスト役として頑張っていたお茶会を台無しにした事を謝罪してきた。
「ちょっと、やめて。デイジーは悪くないのだから、頭なんて下げないでよ。これは全部ダニエル殿下の
素行の悪さの所為よ」
わたしがそう言うと、
デイジーは少し困ったような顔で微笑んだ。
「でもダニエル殿下が投げやりな行動を取り始めたのは全て私の所為だから……」
「昨日もそんな事を言っていたわね、
理由を聞いてもいいのかしら?」
わたしがそう尋ねると
デイジーは静かに頷いた。
「聞いてください。今まで誰かに話すのがなんだか辛くて言えなかったけど、ハグリット様には聞いてほしい」
そう言ってデイジーはダニエル殿下との今までの事を全て話してくれた。
デイジーがダニエル殿下の婚約者候補に決まったのは、ダニエル殿下が第四王子から第三王子へと
繰り上がって(?)直ぐの事だったらしい。
本来なら第四王子として
かなり身軽だったダニエル殿下は、
将来は王位継承権を返上して市井で暮らすつもりだったらしい。
それはダニエル殿下にはデザイナーになりたいという夢があったからだそうだ。
そういえば確かにダニエル殿下はお洒落な方だ。
いつもセンスよい着こなしをされているように思う。
でも第四王子と第三王子とでは立場の重みが
変わってくる。
当然、王位継承権返上は認められないだろうし、
デザイナーという職を持つ事も許されない。
ましてや市井に下りるなど……。
貴族の娘を妻に娶れば尚更だ。
第三王子となり、デイジーという候補者を立てられた当時、ダニエル殿下はまだ12歳だった。
胸に抱いていた夢も、将来への展望も全て奪われたダニエル殿下は段々自暴自棄になって行かれたようだ。
それを一番間近で具に見ていたデイジー。
ダニエル殿下を支え、励まし、寄り添ってゆきたいと頑張っていたが、
ダニエル殿下がどんどん変わってゆく姿を見て、
いつしか彼を解放してあげたいという思いに変わっていったという。
でもなかなかデイジーの父親である伯爵が首を縦に振ってはくれず……。
結局はダニエル殿下の評判が地に落ちるまで
候補者辞退は認めてくれなかったそうだ。
皮肉な話だけど、
多分この刃傷沙汰でダニエル殿下の王位継承権は剥奪されるだろうと思う。
この事件だけならそんなに重くは捉えられなかっだろう。
でも殿下のこれまでの素行の悪さが、もはや
王族として相応しくない…という烙印を押される
結果を招いた。
もし、本当にもしもの話だが、
王太子殿下とヴィンス様が相次いで亡くなるような事があったとしても
ダニエル殿下に代わり、傍系の男子が王位を継ぐ事になるだろうな。
まぁ王太子ジェイデン殿下にはお世継ぎの王子が誕生されているので、
その時点でダニエル殿下の持つ王位継承権はあまり意味を成さないものになっているか……。
ダニエル殿下もまさかこんな形で
自分の望み通りになるなんて思いもしなかった
でしょうね。
でも、
長兄であった第一王子が亡くなられて、
何もかもが変わってしまったのはダニエル殿下だけではないわ。
王太子となられたジェイデン殿下だって、
そしてそう、ヴィンス様だって急激な変化を余儀なくされた。
それでもヴィンス様は逃げずに責任を
果たされている。
周囲の期待に応え、兄王子を支え、日々国政に携わっておられる。
ダニエル殿下だって自分の境遇を嘆く前に
出来る事があったはず。
それを周囲の所為にして逃げたのは殿下自身だ。
臣籍に降りられるのか
市井に下りられるのかはわからないけど、
せめてこれからは誠実に生きてほしい。
デイジーはとりあえず領地に戻るらしい。
まずは領地でゆっくり休んで、それから今後の事を考えてゆくのだそうだ。
デイジーならどこに行っても大丈夫だろう。
私と違って頭もいいし、とても優秀な人だから。
わたしがそう告げると、
デイジーは照れくさそうにはにかんだ。
その笑顔がなんだか可愛らしくて、
ダニエルの奴に逃した魚がどれほど大きかったのか
後で知らしめてやろうと心に誓った。
デイジーが帰った後、
なんだか無性にヴィンス様に会いたくなった。
ダニエル殿下の事で、
改めてヴィンス様がどれほどステキな方なのか
再確認したというか……
惚れ直しちゃったというか……
ここはヴィンス様が暮らす宮なのだから、
待っていればいずれ帰って来るとわかっていても
どうしても今すぐ会いたくてたまらない。
そうね、わたしは猪突猛進型だったわ。
迷ってるくらいなら突撃あるのみ!
わたしはメレ姉さんを伴って、
ヴィンス様の執務室へと向かった。
でも……
後から後悔しても遅いとはこの事よね。
やり慣れない事をするから
知りたくなかった、
聞きたくなかった事実を知る羽目になったのよ。
執務室に向かう途中で偶然耳にした、
「近年、急速に力を伸ばしている各派閥に対抗するために、王家は傍流であり、国内でも最も力を持つヤスミン公爵家と手を携えてゆく事になるだろう。そのために王太子妃に続き、妹君のパトリシア嬢が第二王子の妃になるだろう」と。
それが事実なのかどうか、
わたしにはわからない。
でもその後
偶然にも鉢合わせをしたパトリシア様によって、
わたしは
今、ヴィンス様が置かれている状況を知る事となった。
物語は終盤に入ります。
ダニエロとデイジーがどうなったかは
この後にも出てくる…かも?