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12/18

お茶会にて

今日は母上主催のお茶会の日だ。


母上は社交シーズン外にも一度だけ

王都に残る者を招いてのささやかな

お茶会を開かれる。


肌寒くなり始めたので

庭園ではなく、王宮で一番広いサンルームを

会場としたようだ。


各テーブルには王宮のシェフやパティシエが

腕を振るった軽食やスイーツが並べられ、

それに彩どりの花々が華やかさを添える。


今回のテーブルセッティングは

ハグリットが担当したそうだ。


なんというか……さすがだなっ!!



派手すぎず地味すぎず、

主張しすぎず、控えめすぎず。


まるでハグの人柄そのものではないか!!


もう各テーブルごと全てこのまま永久保存したい!

(意味不明)


今回は母上の補佐としてホスト役をしている

ハグリット。


あちらこちらを気配りして、小鳥のように

飛び交う姿は、さながら花の蜜を吸うために

花から花へと飛び回るハチドリのようではないか!

(さらに意味不明)


俺が贈ったティードレスも恐ろしいくらいに

似合ってる。


愛しい存在が

自分が選んだものを身に纏ってる……


これはなんというか唆るな!!


世の男どもがせっせと妻や婚約者や恋人に

ドレスや装飾品を贈るのがよくわかる。


これはとてつもなく“この女は俺のもの感”が

満たされる!


そしてその贈ったドレスを脱がすのも

自分だけだというこの喜び……!


これは沼るな。


これは仕方ない。


世の男たちよ、これからも懸命に働こう!


あぁ……もうこのまま

あそこで飛び回ってる俺のハチドリを

抱き抱えて連れ去りたい……!


それが無理ならせめてずっと後ろを付いて

歩き回りたい……!


なのにそうはさせて貰えない……


それは今日も今日とて俺の両脇をガッツリと

パトリシア嬢とリュシル嬢が固めて離れないからだ。


候補者であるうちは無下にも出来ない。


それぞれの派閥の関係者が多く集うこのような

場所では尚更だ。


「はいヴィンセント殿下、このケーキ、

とっても美味しいですわよぉ。

リュシルが食べさせてあげますぅ、あーん」


ちょっ…こらリュシル嬢、

勝手に口にケーキを突っ込むな。



「あら!こちらのムースの方が美味しいですわ!

はいヴィンセント様、どうぞ召し上がれ!」


おいパトリシア嬢、

反対側から勝手に突っ込むな。



はぁぁ……勘弁してくれ……。


ただハグの勇姿を見に来ただけなのに。



あ、ハグと目が合った!



………あの極上の笑顔は怒ってるな……


違うんだハグ!


俺はこんな事をしに来たわけじゃないんだ!!


“ホスト役ハグリット”を

俺の脳内美術館に仲間入りさせようと

記憶の焼き付けに来ただけなのに……!


きゅ、きゅうぅぅんっ!!




◇◇◇



ん?今、犬の泣き声が聞こえなかった?



まぁいいわ。


わたし、今日はとっても忙しいもの!


王妃様主催のお茶会でのホスト役。

ちゃんと務め上げねば!


たとえ目の前でヴィンス様が

パトリシア様やリュシル様とイチャコラしてても

気にしない!


とっておきの笑顔で頑張るわよ!


お茶のおかわりは滞ってないか、


各テーブルの食べ物は不足していないか、


体調が悪くなられたり、客同士で険悪なムードに

なってないか、目を見張らす事が多々ある。


王妃様付き侍女さんたちにも手伝って貰いながら、

わたしは鈍臭いながらも頑張っていた。

(と思う)



先ほどデイジーが着座した。


わたしは王妃様の元へ行き、

こっそりと耳打ちした。


「王妃様、わたしそろそろ……」


「そうね、デイジーの側にいてあげて頂戴」


王妃様が頷きながら仰った。


「ありがとうございます」


わたしは王妃様に軽く会釈をして

デイジーのいるテーブルへと向かった。



「デイジー、久しぶりね」


「ハグリット様!」


大人しく席に着いていたデイジーがわたしの姿を

見るとパッと花が綻んだような笑顔を向けた。


ライトブラウンの髪に黒い瞳。

落ち着いた印象の可愛らしい子だ。


友達だけどわたしの方が年上なので

何度言っても敬称は外してくれないけど。

そんな真面目さもデイジーの美点なのだ。


「どう?お茶もお菓子も足りてる?」


「はい、とても美味しく頂いてます。

このセッティングはハグリット様でしょう?

さすがです」


「王妃様付きの侍女さん達に相談しながらね」


「すごいなぁ……」


「多分、来年はデイジーがホスト役に

なるんじゃない?」


「えっ、私がですか?」


「ええ。ダニエル様の婚約者として、ね……」


「…………」


デイジーの笑顔が曇った。


あぁ!わたしのバカっ!!

あんな奴の名前なんか出しちゃって!


今日も本来なら婚約者候補として

デイジーを会場までエスコートするのが

当たり前なのに!


「デ、デイジー、ほらこのクッキー、

ジンジャー入りでとっても美味しいのよ!」


なんとかデイジーを浮上させようと

わたしは美味しいお菓子を薦めてみた。


やっぱり美味しい食べ物は世界平和には

不可欠だもの。


でもその時、

会場内が俄にざわついた。


「「………!」」


入り口の方を見やると

どこぞの令嬢を連れたダニエル殿下が涼しい顔で

入って来ているところだった。


あんの野郎。

絶対わざとだ。


今日、デイジーが来るとわかっていて、

わざと

他の令嬢を伴って現れたんだ。


わたしは隣に座っているデイジーの方を見る。


でも彼女は狼狽える事もなく

取り乱す事もなく

ただ冷静な眼差しをダニエル殿下に向けていた。


デイジーの心は不思議と凪いでいるようだった。


「デイジー……?」


「不思議ですね、ハグリット様。

以前はあの方に想われない事が悲しくて惨めで、

心が千々に乱れていたのですが、()()()()()()()()もうそれも遠い過去のような気がします」


どういう事かしら……。


なんだかいつものデイジーと違うような……。


ふいにダニエル殿下が王妃様の所へ向かうのが見えた。

母親とはいえ主催者への挨拶をするくらいの常識は

あるらしい。


「ごめんなさいデイジー、少し席を外すわね」


そう言いながらわたしは王妃様の元へと駆け戻った。


王妃様が扇子をバチンと閉じた音が響いた。


かなりご立腹なご様子だ。

当然よね。


「何しに来たのですダニエル。

貴方を招いた覚えはありませんよ」


「母上、なんて冷たい事を仰るんですか、僕だって

母上の子ですよ。別に構わないではありませんか」


王妃様は扇子をビシッとダニエル殿下に向けて

突き出された。


「貴方の隣にいるのが婚約者候補の令嬢であるならば何も文句は言いませんよ。

貴方はいつまでもチャラチャラしてっ……

この歩く不誠実男っ!」


「実の息子を捕まえて、不誠実男とは酷いな~。

いいですよ、じゃあデイジーに挨拶してから

退散します」


「ダメです、デイジーには近づかないでください」


わたしはダニエル殿下の前に立った。


当たり前でしょ、

これ見よがしに他の女を連れたこんな奴と

デイジーを接触させたくないわ。


「これはこれは、ハグリット嬢。

素敵なティードレスですね。あはは!まんま

兄上カラーじゃないか!独占欲の具現化ドレスだ!」


「おほほほ!それが何か?」


「そこを退いてくれるかな?

我が愛しの候補者殿に挨拶がしたいんだ」


こいつ……!

何が我が愛しの候補者殿よっ……!


わたしが思いつく限りの悪態を吐いてやろうと

思ったその時、デイジーがわたしの名を呼んだ。


「ハグリット様」


見ると、デイジーは既にダニエル殿下と対峙する

わたしの側まで来ていた。



「デイジー……」


「べつに構いません。わたしなら大丈夫です、

ありがとうございますハグリット様」



そう言うとデイジーはダニエル殿下の前に

歩み出た。


「お久しぶりですダニエル様、

ご挨拶申し上げます。

お変わりなくお過ごしでしたか?」


「はっ、相変わらずの堅物っぷりだね。

ホントつまんない女。このご令嬢の方がよっぽど

僕に愛情をもって接してくれるよ」


ダニエル殿下はそう言いながら

隣に立つどこぞのご令嬢の肩を抱き寄せた。


……わたしが今ここでコイツを殴っちゃ

マズイかしら?


マズイわよね……。


でもデイジーは穏やかな笑みを浮かべていた。


まるでもう何も感じていないかのような、

もう何とも思っていないような。


そんなデイジーの表情にダニエル殿下も

気付いたようだ。


「……なんだよ、なんとか言えよ」



「私が今日、このお茶会に伺いましたのは、

こちらに来ればダニエル様にお会い出来ると

思ったからですわ」



「へぇ、可愛い事も言えるんじゃないか、

いつもそんな感じだったら僕ももう少し…」

「最後にきちんとお顔を見てお別れを告げたかったから……」


ダニエル殿下の言葉を遮るように、

デイジーが言った。


えっ……?


今、お別れって言った……?



「は?」


ダニエル殿下が訝しげな顔をする。


デイジーは優しい声色で告げる。


「昨日付けでダニエル殿()()の候補者辞退の申し出が受理されました。

ですので今日は今までのお礼を申し上げに参りました」


「え?は?辞退?受理?どういう事?」


ダニエル殿下が珍しく狼狽えている。


よっぽど思いがけない言葉だったんだろう。


わたしだってそうだ。


でも、ようやくデイジーのお父さまも理解して

下さったのか。

このままダニエル殿下と結婚しても、

デイジーは幸せにはなれないと。



「ダニエル殿下、幼い頃より、私のような者とお付き合いくださりありがとうございました。もうお会いする事はないと存じますが、いつも貴方様のご多幸をお祈りしております」


デイジーは深々と頭を下げた。


胸に手を当てて。


カーテシーではなく、臣下の礼を執り、

ダニエル殿下への決別の言葉を述べた。


それを見た殿下が息を呑む。



「ちょっ……冗談でしょ?」


「いいえ、冗談ではありません。

ようやく貴方を解放して差し上げられます。今まで

私のような者がお側にいて申し訳ありませんでした」


そう言ったデイジーの表情は

どこかほっとしたようだった。


ようやく悪夢から覚めた、そんな感じ。


「どうして急に……」


「急ではありません、本当はもっと早く貴方を自由にして差し上げたかった。我が家が第三王子妃の座に

執着したために、貴方は夢を諦めざるを得なかったから……」


夢?


ダニエル殿下の夢?

え、何それ。



思わずデイジーに訊ねようとしたわたし。

でも視界の端にキラッとした光を捉えた。


なんだろうと確認しようと思った次の瞬間、

わたしは大きな体に包まれた。


わたしを抱え込み、身を翻してその場から引き離す。


その大きな体が誰なのか、

わたしは見なくてもわかる。


「ヴィっ……!」


一瞬、わたしは何がなんだか理解出来ず、

わたしを包み込む肩越しに向こうを呆然と見ていた。



その肩越しに見えたのは……


何かを喚き散らしながら


ダニエル殿下へ刃物を振りかざす女と、


その殿下を守ろうと身を挺して庇う

デイジーの姿。



「いや……ダメ、やめて……!」


全てが緩やかな緩慢な動きに見えた。


鈍い光を放つ刃物は吸い込まれるように


デイジーの背中へと………は、刺さらなかった。



メレ姉さんが女が振り下ろした刃物を女の腕ごと

蹴り上げたのが見えた。


嫌な音と共に女の腕は本来なら

曲がらない方向に曲がっていた。



全てが一瞬の出来事で、

何が起きたのかわからない。


わたしは怖くて震え出す。


そのわたしを包み込んでくれる大きな体。


温かい手でわたしの背を撫でてくれた。


「ヴィンス様……」


「大丈夫かハグ、間に合って良かった‥‥

肝が冷えたよ……」



どうやら異変にいち早く気付いたヴィンス様と

メレ姉さんのおかげで大惨事にはならなくて

済んだようだ。



でもわたしはショックが大きかったのか、


急に唇が冷たくなったのを感じたのを最後に


そのまま意識を失ってしまった……。



























































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[気になる点] お話はいいのに文末の空白が長すぎてちょっと…。
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