ステンレスと狼
「見た、あのステンレス」
ステンレス。マニュアル女。堅物、頑固。様々な言葉で呼ばれる彼女は、田中 梨夏子。所謂御局様というものだが、実際は部下のミスをしっかり指摘している女性なのだ。
ただし、部下が無能すぎてただの文句を言ってくるオバサンと成り果てているのは、彼女の運のなさなのか。
「見た見た。可哀想に、源さん」
「ね〜!」
特に用もないのに給湯室にて愚痴るのは、またステンレスこと梨夏子にバレでもすれば再びお叱りを食らうというのに、彼女らは理解が足りないようだ。
それを通りすがりで聞くのは、話の中心となっている新卒採用された源 美鈴である。
(馬鹿、ふたり)
梨夏子に渡された資料を片付けようと資料室に向かっている途中だった。梨夏子の愚痴を言う無能二人を横目に、廊下を歩いていく。
美鈴は梨夏子をちゃんと理解していた。厳しい言動こそあれど、部下をちゃんと見ているし、分からないところを聞けばちゃんと返答がくる。
給湯室の無能二人に聞いた時なんて、「山下クンにやらせとけば〜?」「わかんな〜い」の言葉が返ってきたのだ。
職務怠慢とはこういうことをいうのである、と身をもって理解した。
入りたてで不安ばかりの頃、美鈴は梨夏子に夕食を誘われた。怖い顔に厳しい上司。断ろうと思ったが、失礼と判断して一応了承した。
するとどうだろう。アルコールの入った梨夏子の可愛さときたら。今まで誰も誘いを受けてくれなかったことや、話を聞いてくれて嬉しい、などなど、出るわ出るわの可愛いエピソード。
そんなのを聞かされて美鈴が落ちない訳がなかった。もとより少し怖いが、彼女の《好みの顔》なのだ。
美鈴は、時間をかけてでも落とさねば。そう心に誓った。
梨夏子は可愛がっている部下が狼だったと言うのを、身をもって知らされることとなる。