奪取
兄が死んだ。もう半年も前のことになる。別段仲が悪かったという訳じゃないが、葬式の時も今も、微塵も悲しいという感情は無かった。
むしろ、死んでくれて良かったと思ったほどだ。
仲が悪い訳ではないとは言ったが、好きか嫌いかで言えば嫌いだったし、大嫌いだった。兄は私を好いてくれていたと思う。親切で、分からない勉強は教えてくれたし、色んなところに連れて行ってくれたし誕生日プレゼントも欠かさなかった。
だけどそれが嫌いだった。私がやり始めたことは一緒にやり出すし、兄は要領がいいから常に短い期間で私より上に行った。私の努力が足りないのだから仕方ないと、割り切っていたのに。
ある日兄は恋人だという人を連れてきた。ひと目見た瞬間私は怒りに満ちた。
私も一緒に仲良くしていた、兄の幼なじみ。優しくて可愛くて、私には到底叶うはずがない恋人という枠組み。
兄は私から何もかも奪っていく。
才能も努力も愛も。いっそ、死んでしまえばいいのにと、何度思ったことだろう。
兄が死んだのは、交通事故だった。飲酒運転の乗用車が歩道に乗り上げ、兄は死んだ。
幼なじみのあの人とは長く続き、去年籍を入れた。……私は、仕事がどうしても外せないと、その日は欠席した。
「お兄ちゃんが悲しむわよ」という母の言葉に怒りを感じ、「お嫁さん綺麗なのに」という父の言葉に涙が出そうになった。
「あ、知代ちゃん……」
兄の嫁――早苗さんは、家にある荷物を取りに定期的に自宅へ足を運んでいた。すぐに片付けないのは、両親も彼女の顔が見たいのと、兄との思い出が詰まったこの家をすぐ去るのが名残惜しいからだ。
私としては古傷を長きに渡り抉られるから、とっとと消えて欲しいんだけど。
「どうも」
休みの日でリフレッシュしたいと言うのに、早苗さんの顔を見るはめなってしまった。告白もしてないのに失恋してしまった私を、どれだけいじめれば気が済むのだろう。
「ま、まって!」
玄関でエンカウントし、そのままコンビニへにげやうとした私の腕を強く掴む。「痛い」と強引に振り解けば、まるで被害者みたいな顔をした早苗さんがいた。
ズキリ、と心が痛むが、幼い頃から受けてきた私の痛みに比べたら、この程度の乱暴は許して欲しいものだ。
「その……良かったら、一緒に――」
なんて返事したか覚えていない。だが、鴨がネギしょって来たのは確かであった。
なんの意図があるか分からないが、兄から初めて奪えたモノを、私が二度と手放すわけが無いのだ。