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215.共に歩もう

215.共に歩もう



~ルギ視点~



地獄アビスの中は、思ったよりも文字通りの地獄だった。


灼熱に焼かれ、そうかと思えば、極寒の冷気に骨の髄まで凍らされた。


そして、これが永遠に続く。


視界はまともに機能しない。


目の前には黒炎、そして亡者の呻きが呪いとなった呪詛の風が吹き荒れている。


すべてが塵芥に帰し、それでもなおかつ、悲鳴だけが途切れることはない。まさに地の底。


それが地獄アビスだった。


「だけど、僕にはここがお似合いだ」


諦観ではなく、これが絶望というものなのだろうと、僅かに残る理性がささやいていた。


多くの人を傷つけてしまった。


多くの恩人に不義理を働いてしまった。


彼女を結局守るどころか、危険な目にあわせてしまった。


「神となり、思考が通常のそれから外れてしまったとはいえ、神としての自分のあの暴挙は、間違いなく自分の中にあった意思が肥大化されたもの。つまり、自分自身(エゴ)に他ならならない」


父は邪神に殺され、泣き続ける母を元気づけたくてもどうしようもなかった。


次期、魔公候補として、人魔同盟学校とかいうよく分からない場所に、魔王様に送り込まれた。


今まで戦争していた人間たちと仲良くするなんて、できる訳がない。


そう思っていたけど……。


「キュールネー、ソラ、ピノ。それに……」


フィネ。


何ら屈託なく、敵対していたはずの自分に話しかけてくれた少女。


一流の冒険者になるんだと、息まいて、楽しそうに微笑む彼女。


「僕はそんな彼女を見ているだけでいいと思っていたはずなのに」


いつの間にか、自分が彼女の一番傍で守りたいと思っていた。誰にも傷つけられない場所で永遠に。


「でも、そんな資格は僕にはもうないですよね」


そう思って、目を閉じる。あとはこの地獄の中を揺蕩うだけの亡霊のような存在に成り果てて、永遠にさまようだけ……。


「そーんなこと、あたしが、許すわけないだろうパーンチイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!」


「ぐはあああああああああああああああああああああ!?!?!?」


僕は突然の衝撃に脳震盪を起こしそうになりながら吹き飛ばされる。


不思議とその一撃は、地獄(アビス)の業火よりも痛く、でもなぜか安心させるものだった。


なぜなら、


「フィ、フィネ!? どうしてここに」


僕は思わず、彼女の姿を見て瞠目どうもくした。


人間が生きていけるはずがない場所に、彼女は堂々と、腰に手を当てて立っていたからだ。


まるで、かつての教室で僕をしかりつけていたときのように。




「やっと見つけたぞ、ルギ! 赤い糸とか言われてたけど、この魔力の風の中じゃほとんど分かんなくて死にかけたんだぞ!」


彼女は文句を言ってから、にゃはははは! と快活に笑った。


その姿は、普段と変わりないように見える。


でも、そんなはずはない。ここは地獄。人間の生きていける場所ではないのだ。


「馬鹿! フィネ! 何をしているんですか!? こんなところにいたらっ……!」


死んでしまいますよ! そう叫ぼうとするが、うまく言葉が出ない。


しかし、彼女はなぜか微笑んで、


「うん。そうだな、死んじゃうな。先生のスキル総動員らしいけど、それも限界があるって言ってたぞ? まぁ、こうやって普通に生きてられるだけ凄いけどな。まじあの人化け物だよなぁ」


「何をのんきなことを! 早く現世に戻って! フィネ、あなたまで死んでしまう!」


僕は怒声を上げるが、


「なに言ってんのさ。これだから生真面目な男は融通がきなくて困る」


「え?」


彼女は近づいてくる。


僕はなぜか身動きが取れない。


そして、彼女にそのまま抱擁されてしまった。僕よりもずいぶん小さな体をした彼女だというのに、僕はまったく抵抗することができなかった。


「離れてください。僕は今、強力な呪いを受けた身。あなたまで呪いが移ってしまう!」


僕は叫ぶ。でも、


「まぁ、しょうがないね」


彼女はあっけらかんと言った。


「死ぬことくらいは覚悟してきたわけだしさ。ルギがこんな変な所で自殺したいっていうんなら、付き合ってあげるよ」


「死ぬ? フィネが?」


「そう。あんたがここで死ぬんなら、あたしも死んであげる。どう、それでも死にたい?」


彼女の体に、黒い線のようなものが走り始める。


呪詛が彼女の身体を犯しはじめているのだ。


「何であなたまで! 死ぬのは罪を犯した僕だけでいいんです! どうしてフィネまでっ……!」


「ルギ。一度しか言わないから、ちゃんと聞いててね?」


「え?」


ぽかんとする僕に、彼女はやはりニカッと笑いながら言った。


「あたしあんたのことが好きなんだ。だから命張るだけだよ。ね? 分かりやすいっしょ?」


「!」


僕は目を見開く。


「でもまさかこんな地獄のそこで告白させられるとは思ってなかったけどさ。まぁ、ルギらしいっちゃルギらしいよね」


「僕みたいな男のどこが……」


「それを言わせるか、女に……。まぁでも、そうだな。死ぬかもしれないし言っとくか。けほ」


彼女は苦しそうになりながらも言う。


「ルギ。あんたのまじめなところが好きだよ。別に貴族の息子とか関係ないからね。ただ純粋にあんたと喋ってたら面白いだけ。何せ、あたしとは全部違う性格だし、種族も違うし、立場も違うから」


だから、


「好きになったのかな? でも、後付けかもね。けほけほ」


彼女が更に苦しそうに顔を歪めた。


「まぁ心中は私は嫌だけど、ちょっと憧れないわけでも……」


「もう黙ってください、フィネ」


僕ははっきりとした調子で言った。


「ルギ?」


「黙ってください。でないと舌をかみます」


「あんた……」


僕は上を見上げる。地獄の出口は遠い。だけど、


「ワイズ神、この神核、お返しします」


僕の中から、神々しく光る何かが分離する。そして、それは一つの形を取り始めた。


『もう良いのか? お前の望む世界を実現せずとも?』


その問いかけに、


「はい。要りません。それに気づいたんです」


『何にだ?』


僕は、僕を抱擁したまま、意識を失いつつある女性を見ながら言った。


「もうここに望む未来があったことに、です」


その言葉に、ワイズ神様は、


『そうか。ならばそれをもって我が答え(星の未来)としよう。手間をかけさせたな、ありがとう、ルギ』


どこか優しい口調で礼の言葉を言う。


しかし次の瞬間には凛々しい口調に戻っていた。


『では、地獄の門までの道を切り拓く。ついて来い。その恋人も連れてな』


「い、いえ。まだ付き合ってるわけじゃ」


『なんだ、お前もあの大賢者と同じ口か? 面倒だな、貴様らヒトというのは』


ワイズ神様はそう言うと、剣を構え、


神域創造(ヘスペラス・ガーデン)


と言いながら、信じられないほどの威力の魔力放出を行ったのだった。


同時に、周囲に満ちていた業火や呪詛ごと、その魔力に呑み干されるように消失したのである。

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