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1話 委員長

また書けたら順次2話とか投稿します。気が向いたときに

【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】


 ピコン


 中性的な声が聞こえた。


「ん? 今なんか言ったか?」


 何かの聞き間違いかと思い周囲に尋ねてみるが誰もが首を振る。


「演劇部が発声練習しているからな。それが聞こえたんじゃねえの?」

「もしくは野球部の連中だな。あいつらとにかく声を張るからな」

「いや……そんなものじゃなさそうでな……」


 もっと耳に直接届くというか、脳裏に響いたというか……


【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】


「ほらまた聞こえた。誰か言ったか? セーブがどうとか」

「えー、言ってないし。あ、隅の方にいるオタク君達があーる……ぴーじ?みたいなのやってるのが聞こえたんじゃね? ゲームってセーブするんでしょ」

「久美子よくセーブって言葉の意味知ってたね。英語10点なのに」

「うっせ、死ね! 日本にいるうちは日本語しか使わねえんだよアタシは。てかお前は国語3点じゃねえか」

「うっ……ま、まあ漢字なんか機械が勝手に変換してくれますから? 作者の気持ちなんか知ったところでノープロブレムですから!」

「ノープロブレムってそこで使う言葉だっけ?」

「香菜……日本語も英語も10点未満の悲しい子……」


 いつものメンツでは日常の範疇を越えた会話は生まれてこない。

 俺が、そういう奴らを選んだから。

 あえて、こんな奴らとの友情を求めたから。

 だから、会話はすぐに別の方向へと逸れてしまう。


 今、教室の中に残っているのは俺と、同じグループの男女4人、ゲームしている男3人、残って何やらノートに書きこんでいる女1人、か。

 ……放課後になってまで教室に残ろうとするのは俺達が自分を学生であると意識づけているからだろうか。

 さっさと帰るなり、そこらのファミレスで生産性のない会話をするなりで時間をつぶせばいいものを、わざわざ教室を選んで話している。……単に金が無いだけかもしれないが。


【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】


「んんんん……幻聴なのか……?」

「どんなん聞こえるの?」

「セーブしますかって、ずっとイエスかノーで聞かれてる」

「そんじゃあとりま答えておけば? それで聞こえなくなるならおっけっしょ」


 この現象に対する解答ではなく、現象に対しての解答か。

 ……深く悩むよりはいいかもしれない。

 

「……残り回数、か」


 5回、と幻聴は言っている。

 回数制限……制限があるということは今回限りの話ではないのかもしれない。


「とりあえずノーで」


 勿体ない精神というか、様子見というか。

 何だかよく分からないものは最後に取っておいた方がいいと相場が決まっている。

 重要アイテムを序盤で使わせるゲームはよくある。しかも初心者騙しが多く、たいていはそのアイテムが無くても乗り切れるという。


 ……これならば隅の方でゲームに明け暮れている集団に尋ねた方がまともな回答が返ってきたかもしれないな。


【今回はセーブ無し ※残り回数5】


「なんか変わった?」

「いや……セーブ無しって返ってきた」

「ふうん……。それだけ?」

「それだけ」


 話のネタになるだろうと乗ってきた連中も、なんだと興味を無くし始める。

 俺としてもこれ以上別に話題を広げようとする気もスキルも無い。

 話題に乗りはするが中心人物にはなりたくない。

 それは別の奴に押し付けてある。

 所詮は、教室内でもそこそこの顔をしているからと呼ばれただけに過ぎない俺だ。

 他に自慢できることも無い。


「あ、じゃあさ。これから占いでも行ってみない?」

「占いって、急にどうしたさ」

「いや敦が幻聴聞こえるって言うからさ。だったら占いで何か分かるかもって」

「それなら耳鼻科か精神科に行かせた方がいいんじゃね?」

「医者ってあんま信用できなくね?」

「だったら久美子は風邪の時とか何見て治しているのさ」

「家庭の医学」

「それも医者が書いたやつだべ」


 グループ内で笑いが起きる。

 周囲の、オタク3人と女生徒が何事かとこちらを見やる。

 が、すぐに俺達が原因だと知ると顔を背けた。

 内心で五月蠅くしてすまないと思いつつも、お前らも早く帰ろと自分のことを棚に上げながら思う。

 俺達もそうだが、別に学校に残ってやることじゃないだろそれ。


「んでさ、どうするべ敦。久美子の言う通り、占いに行くか?」

「んー、いくらくらい?」

「ええと確か……千円だったはず」


 財布には……大丈夫。それくらいの余裕はあったはず。

 今月買う予定だった漫画を2冊諦めよう。


「ま、せっかく久美子が提案してくれたんだ。付き合うとしよう」

「そもそもで敦にアタシらが付いていくんですけどー」

「久美子が言い出さなかったらこのまま帰るとこだったんですけどー」

「そんなら予定をつくってあげたアタシに感謝してほしいんですけどー」

「ありがとー」


 昨日も、先週もあったかもしれない会話。

 多分、明日になれば忘れてしまうかもしれない会話。

 日常に流されていく会話に何の意味も無い。

 適当に放り投げられる言葉に俺も適当に放り返していく。

 

 俺と久美子、香菜、信二、圭の5人が鞄を持ち席を立った時であった。


「あ、あの……近藤君!」

「ん?」


 独りきり、残っていた女生徒であった。

 俺へと近づいてくる。


「ええと……どうしたの委員長?」

「お、いいですなぁ敦クン。委員長の小笠原サンに話しかけてもらえて」

「うっせし」


 ニヤニヤと笑う信二の腹を肘で軽くつつく。

 信二も分かっているようで、痛みを抑える素振りをして大げさに蹲る。


「だ、大丈夫……?」


 委員長は心配そうに信二を見る。


「優しいな委員長は。大丈夫、コイツいつもこんなんだから」

「そうそう。いつもお腹痛いってトイレ行ってんの」

「久美子お下品。もっと女子力アップして」

「女子力というかお淑やかにな」


 あちらはあちらで騒いでいるうちに、


「で、どうしたの委員長。俺に何か用?」

「う、うん……ちょっと時間いいかな……?」


 ヒューウ、と背後から聞こえる。

 ……信二か。


「あ、じゃあ俺達外にいるから」

「ちょっ」

「大丈夫。一時間は戻ってこないからゆっくり」

「一時間も何やるし」

「そりゃナニよ」

「香菜、お前もそういうところだよ……久美子のこと言えねえじゃん」


 笑いながら出ていく久美子達。

 オタク3人もこれから何が行われるのか気配で察したらしくそそくさと教室から出ていく。

 去り際に一人がこちらへサムズアップしたのは少し苛ついた。良い顔していたのも更に苛つきが増した。


「……えと、皆いい人たちだね。優しい」

「……そうかな」


 教室の前のドアの隙間からは久美子達、後方のドアからはオタク達が覗き見をしているが。

 委員長は気が付かないのだろうか。出ていくという言葉を正面通りに受け取って本当に人払い出来たのだと信じているのかもしれない。


「それで、俺に何の用だったんだっけ」

「あ……その……」


 まあ、アレだろう。

 放課後の教室。男女2人きり。

 廊下の連中を除けば、シチュエーションとしてはこれ以上なく整っている。

 ……告白か。


「ずっと前から……近藤君のこと……」


 小笠原さんは小動物のような可愛さを持っている。

 委員長という立場ではあるが、それは押し付けられたものに近く、しかし彼女はそれに弱音を吐かず一人で頑張っている。

 守ってあげたくなる見た目と中身を兼ね備えており、学年でも人気は高い。

 

 そんな彼女からの告白か……。

 良い子だし可愛い。

 だからこそ、付き合ってみると息がもたないことになりそうだ。

 どこでフラグを立ててしまったか分からない。が、あまり話したことのない彼女といきなり付き合ったとして、果たしてうまくいくのだろうか。

 ここはまずはお友達から……うん、そう答えよう。


「私と付き合ってください!」


 よし来た。

 ここまで考えて、もし勘違いだったらどうしようかと思っていたけど、問題なかった。香菜風に言えばノープロブレムだ。

 

「……近藤君のお返事を聞かせてもらえますか?」


【告白に応えますか? YES/NO】


 出たな幻聴。

 悪いが構っている暇は……こたえる、か。

 不思議と答えるではなく応えると幻聴は言っているのだと理解出来ていた。

 それに対する俺の返事は……


「嬉しい……けれどごめん」


 告白ははっきりと断った方がいいと誰かが言ってた。

 正直、委員長の悲しむ顔は見たくはないけれど、もし仮にこの勢いで付き合おうものならもっと悲しむ顔を見そうだ。

 委員長の告白に答えることは出来ても応えられず。

 幻聴に対しての返事はノーであった。


「あ、そうだよね……えへへ……」

「あ、ち、違くて……そのまだよく知りもしないし、友達からと言うのは……どうでしょうか」


 ぱちくりと、委員長は瞬きをする。

 

「お友達……?」

「そうお友達」


 廊下から何やら圧が放たれている気がする。

 というか、体がドアから滲み出していた。


「敦、コラ! 何だその返事は。乙女の返事じゃないんだぞ」

「そうだそうだ。高校生男子らしくもっとがっつけよ。彼女なんて出来るうちはどんどんつくっとけ」

「……いやなんだよその怒り方は」


 父親母親かよと、突っ込みを入れたくなってしまう。

 

「近藤君……それで私は……振られたのかな」

「え、えーと……どうなのでしょう」


 振った。断った。

 現段階で言えばそうなのかもしれない。


「友達になって、委員長の魅力を教えて欲しいな。その時また、俺から返事させてもらえると助かる」


 何ともクズ男のような返事の仕方だ。

 キープさせてくださいと言っているようなものだろうに。


「友達から……うん。分かりました、分かった。私と近藤君はお友達。覚悟しててね。明日から毎日話しかけるからね」

「そ、それは怖いな……」


 とまあ、一件落着とばかりに話を締めようとしていた。


 委員長は久美子と香菜に掴まりそうになっている。

 どうも俺に関する話を聞きたいようだ。

 委員長はそれをうまくすり抜け、


「……はあ。緊張してたから熱くなってきちゃった」


 と、教室の窓を開けた。

 外からの風が入ってくる。

 確かにこれしか人数がいないとはいえ、空気が籠っていたようだ。

 風が少し涼しい。

 外ではまだ野球部が練習しているのか、窓を開けたことで怒声がひと際大きくなる。

 あの声は国語の山田か? お前がまずやらなくてはいけないのは野球部のコーチではなく香菜の勉強を見ることだ。


「私ね、この学校好きなんだ」


 委員長が窓の外を眺める。


「結構色んな人がいるでしょ? 色んな人たちがいて、それでもこうして纏まっている。私も、委員長としてクラスくらいは纏めてみたいんだよ」

「……偉いのな」

「ううん。私は真似事なの。近藤君の真似事」

「……?」


 委員長はこちらを振り向き笑う。

 西日が委員長の後ろから差し、委員長の姿が暗く映る。

 来い来いと俺に手招きをしてくる。

 俺が近づくと、委員長は俺にしか聞こえない声で、


「近藤君達のグループ。なんだかんだ言って近藤君がバラバラにならないように繋ぎとめているよね。縁の下の力持ちって言うのかな。目立たないように、でも聞こえるように。皆のことを立てながら喧嘩しないように上手く立ち回っているでしょ」

「……」


 俺が呆然としていると、悪戯が成功した子供のように、ニシシと笑う委員長。

 俺はその笑顔に……見惚れていた。


「だから近藤君は私の目標でもあるの。自信のない私でもクラスを上手く纏められるようにって」


 安っぽい男かもしれないが、今なら彼女と付き合えるのではないかと思ってしまった。

 少し知っただけで委員長の……小笠原さんの魅力を知ってしまった。

 もっと知りたい。

 恋人になりたい。

 今の言葉だけでそう思わされてしまった。


「あの――」


 カキン、と音が鳴った。

 カラスがカーと鳴いた。

 西日がぎらついていた。

 ゴツンと音がした。


 微笑む小笠原さんに今の気持ちを伝えようとした瞬間であった。

 彼女が真正面、俺の方へと倒れて来た。


「……へ?」


 遅れて教室の床に落ちる白い球体。

 一瞬、それが何か分からなかった。

 よく見れば野球のボールだと分かったのだろう。

 だが、それよりも小笠原さんが倒れた。そちらが何よりも重要だった。


「……小笠原さん?」


 ……返事はない。

 体をびくつかせ、そしてやがて動かなくなる。


【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】


「ちょ、何があったし!」


 背後から久美子の声が聞こえる。

 分からない。

 分からない。

 何が起きたのか。

 どうしてこうなったのか。

 何をすれば……


【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】


「きゅ、救急車! ……って、何番だっけ」

「おま……こういう時に。119だよ」

 

 ああ、そうだ……救急車を呼ばなくては……。


「おいこれ……ボールが頭に当たったんじゃねえのか?」


 信二が白い球体を拾い上げる。


「けっこう硬いぞ……硬式かよ!」


 そりゃあ痛いよな。

 カキンという音は誰かがボールを打った音だったのか。


「委員長! しっかりして」


 頭を揺すってはいけないんだったか。

 香菜が委員長に呼びかけている。

 だが、揺すろうが揺するまいがもうどちらでもいいような気がしてきた。

 徐々に彼女から体温が奪われていくような。軽くなっていくような。

 おかしい。脱力していると人間の体は重くなるはずなのに。

 まるで、何かが抜けていっているかのような……。


【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】

【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】

【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】

【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】


 ピコン。ピコン。ピコン。ピコン。

 壊れた蓄音機のようにそれはずっと俺の頭の中で響いていた。



 翌日、委員長のお通夜が行われた。

 死因は打撲による外傷性クモ膜下出血。ほとんど即死に近かったらしい。


【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】

【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】

【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】

【セーブしますか? YES/NO ※残り回数5】


ピコン。ピコン。ピコン。ピコン。

俺の頭の中はまだそれに満ちていた。


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