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arrëthyese(短編集)

その一


 部屋に入ると君が座っていたはずのテーブルにゴリラが乗っていた。

 ゴリラは右腕を伸ばしながら人語を発した。

「右手にございますのが」

 腕が伸びる方向の壁を視認すると同時に、ゴリラは言った。


「五臓六腑です」




◇◇◇




その二


 いつの間にやら眠ってしまっていたようだ。

 灯りの消えた部屋を、テーブルの上のノートパソコンの画面がぼんやりと照らしている。

 画面に、見覚えのないページが表示されていた。古紙のようなテクスチャで敷き詰められた背景の中央に、赤黒い色の筆文字が大書されている。何かの映画のタイトルのようなのだが、草書で書かれているのか、字が崩れていて読むことが出来ない。

 画面上部にボタンが並んだメニューのような表示もあるのだが、どのボタンもミミズがのたくった跡のような筆文字で少しも理解できなかった。

 その内の一つを適当に選んでクリックしてみると、動画サイトの埋め込み動画が全画面で立ち上がった。どうやらこの映画の予告編のようだ。ホラー映画のようだった。

 動画は、何の説明もなく夜の竹林に雨が降り続けている映像が一分ほど続いた。そのあと、恐怖を煽るような耳鳴り風の効果音とともに、泣き喚く赤子の顔が、ぼんやりと画面いっぱいに浮かび上がる。

 少し不気味だとは思ったが、よくある雰囲気だけの映像だと、正直飽きてしまった。それに赤子の泣き声が何分も続くだけなので、見続けていたいものではない。

 動画を停止しようとマウスを操作するも、マウスカーソルが表示されなくなった。

「バグったか……」

 そう呟いて、電源ボタンを長押しした。もう寝たかった。それでも赤子は泣き止まない。

 電源ボタンが効かないというのも、別にありえなくはない。なんとかして強制終了しなければ。

 画面を畳んでみても赤子は泣き止まない。コンセントを引っこ抜いてみたが、そうか、バッテリーが尽きるまでは消えてくれないのだ。

 ここで絶望しかけたのだが、いい案を思いついた。イヤホンジャックだ。イヤホンジャックにイヤホンを挿し、画面を畳んだまま寝てしまえばいい。そのうちバッテリーが尽き、電源が落ちるという算段だ。

 早速、イヤホンを挿してみた。赤子の泣き声はスピーカーからではなくイヤホンで流れるようになる……はずだった。

 イヤホンから、何も音がしない。

 それならそれでいいのだが、イヤホンが壊れているのか気になってイヤホンをジャックから抜いてみる。それでも何も音はしなかった。

 時間差でパソコンの強制終了操作が効いたのかもしれない。

 そう思って画面を開いてみると、真っ暗な画面いっぱいに満面の笑みをした赤子の顔が表示されていた。今度ははっきりと。

 そして破裂音とともに画面が白く光って、パソコンが二度と起動しなくなった。




◇◇◇




その三


 夜に寝る前に毎回パチンパチンと音が鳴るので、何だろうと前から気になっていたんですが、特に意味はないんですよね。パチンパチンという音はただ、パチンパチンという音であって、なんの意図も含蓄もない。他にも、テレビを消したときに、壁とか天井とかから静電気みたいなプツプツ変な気配がして、電気が一瞬消えるんです。

 その気配は、伸びていって、玄関まで言って、鍵を一度開けてから閉めてるみたいなんですよね。何をしているのかは、分かりませんけど、たぶん、これだって意味なんかないんですよね。

 ドアの向こう側と、窓の外にいつもパチンパチンとその■■が居て、毎日休まず居て、でも、カーテンを開けたり、ドアの鍵を開けるとすぐ居なくなるんです。ほんとにすぐです。

 一度駐車場の車に隠れて、どこにいるのか調べてやろうと思ったことがあるんですけど、10分もしないうちに息が苦しくなって、汗が出てきて、窓に写る自分の顔が真っ白になってきたんです。地面が少しずつ溶けていって、頭を虹色のラップで縛り上げられるような感覚のことを知っていますか。

 それで、どこからか、家から一番近い山のある方からなんですけど、パチンパチン音が聞こえてきて、

世界中が鳴らす風のおとが段々低くなっていくので、もう気絶しそうになって、結局諦めて、その日は家の中に入りました。

 家の中に入って、玄関の鍵を閉めたんですけど、

驚いたことに、鍵をしめた瞬間に風呂場からすぐにパキーン!と音が響いたんですね。何か居るなと思いました。もちろん、息を潜めて動かないように気をつけました。

 それから数分間たっても、何も音はしなかったんですけど、気がつくと、玄関の鍵が開いてましたね。もしかして、風呂場から出てきて玄関の隙間から出て行ったのかなと思って、ごめんなさいと言ったんです。邪魔だったかもしれないので。そしたら、今度は部屋の方からパキーンと音が鳴って分かったんです。

 だからまだ、出て行ってなかったんですね。返事してくれたのかもしれません。

 いきなりゴロゴロ雷がなって、部屋が一気に暗くなりました。コンセントのあたりからプツプツと音が鳴って、頭が痛くなって、部屋のどこかに■■が居ることがわかって、それも沢山居て、そこらじゅうからプツプツ鳴り出して、もう嫌になって、今日はもう全部無視して寝ていようと思いました。

 そしたら、ピンポーンと。

 インターホンがなりました。

 出ると三人組の中年の男女が居て、おばさんが顔を異様なほどカメラに近づけてきて、何の前置きもなく、神妙な顔で、■野■子という方をご存知でないですか? とたずねてきました。こちらとしても呆気にとられてしまって、何ですか? そう言うと、おばさんが何か言ったのですが、脳の中で地鳴りのように低いしわがれた声が響いて、聞こえませんでした。その声は、聞き取りづらかったのですが、しらないふりをしてください。と繰り返し言っていたので、そもそも知らなかったのですが、■野■子なんて人は知りませんね。と言いました。それで良かったのか、キーンと耳鳴りがして、しわがれ声は消えました。頭痛も少し治まりました。おばさんは、毎月、■野■子さんから手紙が届くのだけど、私は■野■子さんなんて知らないもんだから、隣のあなたあてなんじゃないかと思って、訊きに来たんです。といって、不思議そうな顔をしていました。

 どんな手紙ですか? と訊くとおばさんは、じゃあ、毎月届いたら、貴方にコピーをあげますね。毎月送りますね。というと、要らないと断らせるヒマも作らず、駐車場へ走って行きました。それは逃げるようでした。あわてて他の県のナンバーの車に乗って走り去りました。それからおばさんは、二度と帰ってきませんでした。それは本当に逃げるようでした。

 あのおばさんは、どこへ行ってしまったのでしょうか。

 それにしても、■野■子さんとは何者なのでしょうか。だれがこんな人を知っているのでしょうか。あなたは知っていますか?

 それから毎月、■野■子さんから『電話してね』と電話番号だけ書かれた葉書が届くようになりました。

 電話をする気はありません。

 電話番号は毎回同じでした。検索してみましたが、それは迷惑電話の番号一覧に載っていて、どこかの不動産屋の番号らしいです。そんなところに、どうして電話してほしいんでしょうね。

 しばらくしたら、留守電にその番号が記録されるようになりました。

 電話がその番号からかかってくるようになりました。しつこく、毎週のように、思い出したように規則性がないタイミングで、電話をかけてくるのです。

 恐ろしくて恐ろしくて出ることは出来ません。でも、気付きました。

 最近は部屋のパチンパチンという音がしなくなっていたのです。プツプツという気配も。ドアの向こうと窓の向こうの気配も。

 そう。きっと、電話は、■野■子さんだったのです。晴れて■野■子さんは、電話を手に入れていたのでした。引っ越したのでしょう。

 隣のあなたあてなんじゃないかと思って。おばさんの考えは合っていました。知らないうちに私は、■野■子さんとお知り合いになっていたのです。■野■子さんは目が四つある女の人です。そして、■野■子さんは決してしゃべりません。彼女はゆっくり動き、素早く動きます。顔を見ると危険です。私は見てしまいました。■野■子さんは贅沢な悪い女の人です。■野■子さんは目が四つもある贅沢な女の人です。■野■子さんは■■■■■■■にいます。今は道路に座っています。

 たとえ見えなくても、調べる方法を教えてあげます。

 頭が痛かったり、寝る前にパチンと気配がしたりしたなら、あなたの部屋の壁か天井に、■野■子さんが染み渡っています。

 気をつけてください。

 プツプツと音がするかもしれませんが、すべて無視してください。染み渡った■野■子さんがもしたれてきても、

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホラーの緩急と正気・狂気のバランスが絶妙。 [気になる点] その2のラスト。 パソコン"は"二度と起動しなくなった の方が落ち着くかなと。 [一言] 3編目の狂った感じは、文章表現で行われ…
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