異世界転移
――それは誰もが当たり前のように過ごす日々の中、唐突に訪れた。――
「真!起きなさい!」
とある住宅街の一軒家でそんな大声が響く。
その声で目を覚まし、ぼーっとしつつもベッドから起き上がる少年。この家の一人息子常楽真である。
「まことー!」と再度呼ぶ声が聞こえ、支度をしてリビングに向かう。机の上には白飯に味噌汁、玉子焼きと朝食が並べられている。―常楽家では朝は和食と決まっている。―それを食べ終わると、後片付けをしていた母が弁当を持ってくる。「行ってらっしゃい」と微笑んで渡さたれた弁当を鞄に入れると「行ってきます」と返して玄関に向かう。いつも通りの風景。
家を出てしばらくすると、背後にズシッと重みを感じる。それと同時に「まこ、おはよー!」と聞き慣れた声。顔だけ少し振り向くと幼馴染の少女、御守優花が抱きついていた。これもよくある事なのだが「暑いから離れろ」と優花を引き剥がす。唇を尖らせつつも離れ、上機嫌そうに前を歩く優花。そんな彼女の揺れるポニーテールをなんとなく眺めていると、不意にこちらを振り返り話しかけてきた。
「まこ、明日から夏休みだけど何か予定ある?」
「いや、いつも通り祖父母んち行くだけ」
どうやらどこかに誘おうとしているらしい様子の優花に内心めんどくさいなぁ、と思う。
「家でのんびりしたいし、どこか行くのはめんどくさいなぁ」
「………」
慌てて口を塞ぐも時すでに遅し。思うだけならまだしもばっちり、完全に言ってしまった。ニコニコと笑った顔のまま固まっている優花だったが、進行方向に身体を向け直すと…「まだ何も言ってないし…」と呟く。いつも誘いを断る俺にせめて長期休みに一日だけでも外で遊ぼう!とルールが出来たのはいつからだったか…。
「あの頃はまだあいつも…」
ふと顔を曇らせ言う俺に、振り向いた優花もハッとして同じく顔を曇らせる。
「勝手に殺すな!」
二人して顔を曇らせていると、背後から頭にチョップされた。振り返るとそこには件の彼…明渡満が立っていた。ちなみに足はちゃんとついている。優花と満は幼稚園からの幼馴染だ。
「ったく、毎度よく殺されるな俺」
満の言う通り、このやり取りもよくやることだ。背後から満が歩いてくる気配を感じとった俺がお決まりの台詞を言い、振り返った優花は俺の背後に満がいることに気付きそのネタにのる。
文句を言いつつも俺の横に並ぶ満に優花が近づき夏休みの予定を聞き出す。それに「特になし!真に宿題手伝ってもらうくらいだな」とさも当前のように言う満。「自分でやれよ…」と呆れつつ言うが、結局今年も手伝わされることになるんだろう。優花は満の返答を聞いて先程のことを愚痴り始める。
「聞いてよ満!真に予定聞いたらどこも行きたくないって言うのよ!私聞いただけでまだ何も言ってなかったのに〜!」
荒れている優花を宥めつつ、ジトッとこちらを見る満。
「分かってるって。言っただけだろ、ちゃんと行くよ」
満からの無言の圧力に負けため息をつきつつそう言うと、パァっと顔を輝かせた優花が鞄から封筒を取り出す。そしてその封筒から出てきたものは…三枚の遊園地のチケットだった。
「最近は真に合わせた場所だったからたまにはいいでしょ?」
そう言ってふふっと笑う優花。満もノリノリのようだし、既にチケットもあることから何も言わず従う。
そんな他愛もない話をしながら登校していると道に同じ学校の生徒が増えてきた。それまでは俺のペースに二人が合わせて歩く感じだったが、他の生徒がいるのなら話は別で集団のペースに合わせる。そのまま学校まで着くと三人揃って教室へ向かう。
小中でもそうだったが、俺達三人は同じクラスになる確率がとても高い。誰かが裏で操っているのではないのかと思うくらいに。――実際はマイペースな真を扱いやすくするために固められているということは秘密だ――
そうして教室に着くとすぐにSHRの時間だということですぐに席につく。ちなみに真と優花は隣の席で、満は少し離れている。既に席についている者も、ギリギリに登校して慌てて席につく者もいたが、皆時間に間に合ったようだ。……ただ一人を除いて。
「また遅沢先生遅刻か?」
誰かがポツリと言った言葉に皆からため息がこぼれる。遅沢風助、このクラスの担任でよく遅刻する先生。正直よくクビにならないなと思う。というか終業式の日くらい遅刻しないでほしい。
代わりの先生が来るのを待ちつつお喋りを始める生徒達。その皆がピタッと会話を辞め床を見る。全員が同時に下を向くという異様な光景だったが、そこに異様さを増幅させるものがあった。床に浮かび上がる白く光る点。それがいくつか現れると何かをなぞるように線を描いていく。そして瞬く間に一つの魔法陣を完成させると…カッと光って生徒達の視界を白く埋めつくした。
一人の教師が乱れた服のまま廊下を走り、一つの教室にたどり着く。「ごめんごめん、また寝坊しちゃった、よ……?」笑いながらその教室に足を踏み入れたその教師は、誰一人としていない教室に立ちつくす。
ぎりぎりで学校に到着し、教頭に少しの間叱られてから急いで向かってきた。自分がいることは他の教員も知っているから誰もこのクラスには来ていないはずだ。では生徒達は一体どこに…?
しばらく呆然と立ちつくす教師だったが、ハッと意識を戻すと今来た道を戻る。何かが起きている。直感的に感じたその教師は内心焦りながらも自分がやらなければいけないことを冷静に考え行動に移すのだった。